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第7章:エーリカの双璧

第4話:マーベル女傑

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「いっぅぅぅぅ!」

「痛いのはこちらでござる! いきなり殴ってきたのは、そちらでござるよっ!」

「うっせえ! あたいの胸にいやらしく顔を押し付けてきた野郎が言う言葉じゃねえだろっ!」

「ケージさん。どっちが悪いと思いますぅ?」

「そりゃ白昼堂々、女傑といえども、胸を堂々といじるブルース隊長のほうが悪い!」

「ケージ! 後で説教でござるっ!」

 街の皆は喧嘩が始まったことで、ブルースたちを取り囲む輪となる。喧嘩と祭りはキヤマクラの華と呼ばれていることだけはあり、皆はやっちまえ! とブルースたちを囃し立てる。しかも、ブルースと睨み合っているのはは噂相手の女傑本人だ。キヤマクラの住人は痴話喧嘩も大好物だ。ダメ男をのしてやれとマーベル=ザクセン女傑を煽り倒してみせる。

 マーベルはフゥフゥと右こぶしに息を吹きかけた後、もう一度、ブルースの顔面に叩きこもうとする。ブルースは聞き耳持たぬマーベルにチッ! と舌打ちし、次の一撃も先ほどと同様に額で受けきってみせる。

「相変わらずの石頭だなっ! そんなに女に素直に殴られるの嫌なのかい!?」

「マーベル殿も変わっておらぬでござるなっ! そんなに女に尻尾を振る男が嫌いでござるか!?」

「ああ、大嫌いだっ! あんたんとこの大将とは気が合うことは認めるさ。だがな? 何故だかしらんがブルース。あんただけは許せねぇ! 大人しくノックアウトされろや!」

 マーベル=ザクセン女傑とブルース=イーリンは先の大戦おおいくさで顔見知りの仲になっていた。マーベルの言う通り、マーベル自身は血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の首魁のことをおおいに褒め称えている。そして、エーリカ自身もマーベルの豪快さを好んでいた。

 それでもだ。マーベルがエーリカに対して、気に入らないと思っていることがひとつだけある。エーリカの両脇を固めている血濡れの女王ブラッディ・エーリカの双璧の騎士たちのことだ。マーベルがエーリカたちと邂逅した時、ズカズカと彼女たちの間に割り込んで、無理やりに彼女の注目を浴びようとした。だが、その時、特にキャンキャン、犬のように吼えたのが、このブルース=イーリンという男であった。

 その態度はまるで自分の女に手を出すなとでも言わん態度であった。そのすぐ後にエーリカ本人が前に出て、ブルースを諫めたが、その時に出来た心のしこりが未だに取れずにいた。

 そして、大戦おおいくさも終わり、王都に戻ってきてから3カ月したとある日のことであった。自分の所属する隊員から、いきなりこう振られたのだ。

「聞きましたぜ、姉御。名が売れ始め、今が買い時とばかりに噂になっている血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員と恋仲に落ちたって」

「はぁぁぁ!? なんで、そんな話が出てやがる??」

「そ、そんなにすごまないでくだせえや。あっしも嘘だと思っているですぜ。しかもお相手があのブルース=イーリンだとか。あっしの目から見ても、あの男だけは無いと断言させてもらいましょうや」

 血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の名前が街の人々の間にのぼる時、決まって出てくる名前は首魁のエーリカである。その次が拳王。さらに各隊長の名前が細々と囁かれている。だが、その中にブルースの名前はとんと出てこない。女に尻尾を振っている男なぞ、所詮、そんなもんだと留飲を下げていたマーベルであった。

 だが、彼の名前を隊員から聞かされ、さらにはどういう状況に今、自分が置かれていると説明された時には、口から鉄砲水が噴き出るほどに飲んでいた麦酒ビールを外へと噴き出してしまった。

「なんであたいがブルースなんぞに指先ひとつでダウンされてんだよっ!」

「あっしのほうが聞きたいほうです……ぜ。息ができやせんぜ……」

 マーベルはとんでもない噂を持ち込んできた隊員の襟元を掴み、前後にブンブン振り回してみせる。隊員は息が出来ないとマーベルに訴えかける。マーベルはチッ! と盛大に舌打ちし、隊員の襟元から両手を放す。そして、酔いが覚めたと言い、その晩はそのまま宿舎に戻る。

 だが、これ以上の侮辱は無いとばかりに憤慨するマーベルは一睡も出来ぬままに朝を迎える。朝日が寝室の窓を通り抜け、マーベルは朝の訪れを知ることになる。マーベルは憤慨しつつも悩み続けた。朝の早くから血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に押しかけ、責任者であるエーリカを問い詰めるのが正しいのかもしれないが、それはそれで間違っている気がしたのだ。

 マーベルはまず落ち着こうとした。エーリカに責があるわけではない。悪いのは火の無いところに煙を立てた人物である。マーベルは噂の出どころを隊員たちに調べるようにと言う。そして、噂の根本が『マグナ家の暴れん棒』と称された男であることを突き止める。

 そして、その男は今やとある男の補佐の任についていることも掴んだマーベルであった。全てが繋がったと確信したマーベルはその男を見つけ次第、ぶん殴って落とし前をつけさせようとした。そして、その男があろうことか、街のど真ん中で、自分の胸に顔を押し付けてくるという、まさに破廉恥極まる行為に打って出てきたのだ。

 マーベルは自分の腕力で拳の骨を砕けてしまいかねないほどの膂力で、右手を握り込んだ。そして、殺すつもりで問題の男の頭を粉砕してやろうとした。しかし、その想いはそいつの石頭で防がれてしまっている。

「ああ。憎い。あたいが拳王様なら、とっくにこの不埒な男をこの世からオサラバさせれてるのになぁぁぁ!!」

 マーベルは自分の肉体が軟弱であることを憎んだ。憎々しいと思っている男の頭を1撃目どころか、2撃目ですら粉砕させれていない。それでもマーベルは怒りが充満しすぎた表情のまま、この日、3撃目をブルースの顔面に叩きこむ。

「いい加減、しつこいでござるっ!」

「じゃあ、さっさとあの世に旅立ってくれやっ!!」

 ブルースはまだ殴ってくる気なのかと、苦々しい表情でマーベル女傑を睨んでいた。マーベル女傑が怒りでわれを忘れているのは、立派な理由があってからだということはブルースも知っている。しかし、いくらマーベル相手でも、顔面にまともに良いのをもらって、この囃し立てる観衆の前でぶざまに失神など出来ない。

 ブルースは今、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの看板を背負っていた。マーベルの名誉のためにも、火の無いところから煙を立たせた自分の補佐たちの責任を取り、マーベルに素直にぶん殴れる道。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の名を穢さぬために、双璧の騎士として振る舞う道。

 眼の前の怒り顔で今でもその浮き立った血管から鮮血が噴き出そうになっているマーベル女傑から、選択肢の好きな方を選べと言わんばかりのトドメの渾身の右ストレートがぶち込まれることになる。
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