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第9章:スタート地点

第4話:嫉妬

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「うん。納得なんてものにこだわっちゃダメなのはわかってる。もし、あたしが女々しいことを言っている時は、クロウリー、貴方があたしを叱ってね。頼りにしてるわ」

「はい、もちろんです。ただまあ……。タケル殿については、あまり期待しないでくださいね?」

「ん? タケルお兄ちゃん?? なんでタケルお兄ちゃんの名前がここで出てくるの? タケルお兄ちゃんは頼る相手ってよりも、あたしに頼ってくる方でしょ??」

 エーリカの言うことはもっともであった。タケルはいつまで経ってもタケルのままである。良い意味を含めてだ。だが、何か嫌な予感を感じてしまうのだ、クロウリーは。コッシローに聞いても、その辺りについては考え過ぎでッチュウと一蹴されてしまっている。それでも、クロウリーはちくりと小さな棘が心臓に刺さっている感覚を覚えてしまう。

「エーリカ殿がそうおっしゃるなら、先生の考えすぎなのでしょう」

「そうよ。てか、タケルお兄ちゃんの名前で思い出したけど、王城に行くなら、お土産を頼むって言ってたわね。若い女官とでも知り合ってこいって意味かしら?」

「さあ? でも、それは説教物ですね。セツラ殿にちくってやりましょう」

「まーたセツラお姉ちゃんの機嫌が悪くなるわ。でも、それはそれで面白いから、あたしもセツラお姉ちゃんと一緒にタケルお兄ちゃんを説教してやろっと!」

 エーリカの足取りは明らかに軽やかなものになっていた。タケルとハサミは使いようですねとつくづく思ってしまうクロウリーであった。そんなクロウリーがふと、春の晴れ空を見上げる。散った桜の花びらが風に運ばれていく。テクロ大陸本土には桜は無い。この感慨深い桜の花火びらが舞う姿を、しばらく見れないと思うと、少しだけ寂しい気分になってしまう。

{エーリカ殿は乱世の風に乗り、どこまで高く飛べるのでしょうか? 先生が思っている以上の高さにまで飛んで行ってほしいものです)

 空を見上げていたクロウリーは、エーリカに何してるの? 置いてくわよと言われてしまう。クロウリーはこれは感傷だと思い、頭の向きを直して、エーリカの後を追う。エーリカたちは借りている屋敷に戻ると、さっそくセツラを探す。セツラは屋敷の庭で花壇に水やりをおこなっていた。

 そのセツラにでっち上げを報告し、セツラは面白くないという顔になる。エーリカは作り憤怒の顔でセツラを誘導している。その姿が滑稽すぎて、クロウリーはクスクスと笑みを零してしまう。

「笑いごとではありませんっ! タケルお兄さんは女性に色目を進んで使いませんが、街中を歩けば、ちょっとだけ注目されているんですっ!」

「ちょっとだけなら良いじゃないですか。何をそんなにイラついているんです?」

「うっ! そ、それは……。冬から春先にかけて、カップル成立が目を見るように増えてるから……。もしかしたら、タケルお兄さんに間違って近づいてくる人物がいるかもと……」

 セツラの声は段々と尻すぼみになっていく。自分が嫉妬でそう言ってしまっていることは自覚しているようだ。だが、セツラは非常に奥手であり、自分からタケルにそういったアピールは一切出来ないでいた。だからこそ、イジリ甲斐がある。エーリカはタケルお兄ちゃんに悪い虫がつかないように、しっかり教育しましょ? と言い、次はタケルを探す旅へと出る。

 クロウリーもヒトが悪いと言って良かった。タケルが正座させられ、さらには説教される姿を拝んでやろうと、エーリカたちと同行するのであった。10数分ほど、タケルを探してみると、レイヨン=シルバニアに熱心に指導しているアベルカーナ=モッチンとミンミン=ダベサを見つけることになる。

「ん? タケル殿か? 先ほどまで、ここで一緒にレイを指導してくれていたのだが。ミン、何か知らないか?」

「ん? そう言えば、いきなり、やべえ! とか変なことを言い出して、逃げるようにどこかに行ったんだべさ」

「しまったわね。セツラお姉ちゃんの怒りのオーラを感じとったのかも」

「わ、私が悪いんです? エーリカさんも大概でしたわよ??」

 ブルースたちに聞き込みをおこなった感じ、方法はわからぬが、どうやらタケルは怒れるエーリカたちの雰囲気を感じ取り、この場から逃げてしまったと考えられた。クロウリーはやりますねえ……と思いつつ、タケルがどこに逃げたのかを推理する。

 タケルが逃げる先として1番可能性の高い場所は、窮地のタケルを救ってくれる人物のところであった。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員で、タケルを庇ってくれる人物となれば、ひとりしか思いつかない。

 その人物が居るであろう場所に向かえば、自然とタケルにも出会えることになる。クロウリーはそうエーリカに進言し、あたしもそう考えていたところだと答えをもらう。エーリカたちが次に向かった場所は屋敷近くにある練兵場であった。

「おいおい。お前はいったい何歳になったと思っておる。いつまでエーリカの尻に敷かれておるつもりじゃ」

「そうは言ってもよ、アイスさん。あいつの説教は理不尽なんだよっ。下手すりゃ、俺が呼吸してるだけで説教してくる!」

「あたしはそこまで外道じゃないわよ」

「うおっ!? エーリカ!! なんで俺がここにいるってわかったんだ!?」

 タケルはびっくり仰天という表情になっていた。そんな情けない姿を見て、エーリカは思いっ切りため息をついてしまう。なんで、セツラお姉ちゃんはこんな情けない男に気をかけているのだろうかと、本気でわからなくなってしまう。

 エーリカの怒りは演技ということもあり、今回はタケルへの怒りはこれっぽちもなかった。それゆえに冷めた心でタケルの慌てふためく姿をじっくりと観察できた。セツラがコメカミに青筋を立てながら、タケルを正座させる。タケルは黙って、お仕置きされるのを待っていた。

「タケルお兄ちゃん、それにセツラお姉ちゃん。そこまでにしてあげて? タケルお兄ちゃんは本当は、お土産に女官と仲良くなってきて、さらには自分に紹介してほしいなんて言ってないわ。あれはセツラお姉ちゃんを慌てさせようとしただけだから」

「え? ええ? えええ? じゃあ、タケルお兄さんが悪いんじゃなくて、エーリカさんたちの嘘に騙された私がマヌケなだけでしたの!?」

「はい。先生からも謝ります。セツラさんの反応を楽しみたいと思ったまでです」

 セツラはいっぱい喰わされたことに気づき、耳まで真っ赤にしてしまう。エーリカたちに騙されたことに憤慨する前に、自分の都合でタケルお兄さんをこてんぱんにしてしまいそうになったのを恥ずかしく思ってしまう。セツラはこの場に居られなくなり、タケルの前から走って逃げていくことになる。

「結局、あたしは今回もキューピッドにはなれなかったみたい」

「そのようですね。では、タケル殿に感づかれる前に、先生たちもこの場から逃げましょう。そして、セツラさんに土下座しましょうね」

「はーーーい。セツラお姉ちゃん、ああ見えて、根に持つタイプだから。クロウリーの甘くて美味しいお菓子でなんとかごまかすわよ」

 エーリカはそう言うと、クロウリーと共にセツラを探す旅に出る。タケルは何だったんだ?? と思いながら、去っていくエーリカたちの背中を見ることしか出来ないのでいた。
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