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第10章:里帰り

第7話:オダーニの村長

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 エーリカたちは村にある神社の前へとやってくる。エーリカはここで足を止め、ゆっくりと深呼吸をおこなう。オダーニの村での挨拶回りをだいたい終えたエーリカはいよいよ、オダーニの村のボスに面会することにした。さらに気合いを入れるためにも、エーリカはほっぺたを両手でパンパンと叩く。

 神社の敷地にある屋敷の入り口にとエーリカたちは移動する。そこで、エーリカは大声で家主に自分が訪問してきたことを告げるのであった。すると、屋敷の入り口の戸を横にずらして、中へ入ってくださいという人物が居た。それはこの神社の神主の娘であるセツラ=キュウジョウであった。

 セツラは王都で着ていた改造巫女装束では無く、この神社の正式な巫女装束を着ていた。セツラの身体からは清楚さだけでなく、威厳も溢れ出していた。そんなセツラに対して、エーリカは神妙な顔でセツラと一言二言、言葉を交わす。セツラはエーリカを屋敷内に招き入れ、神主の前へと誘うのであった。

「1年近く、顔を見せないで、申し訳ありませんでした」

「良い良い。元気そうな顔を見れて、安心している。どうだ? 王都の水には慣れたか?」

「はい。おかげさまで。でも、近いうちに今度はテクロ大陸本土の水に慣れなければなりませんが……」

 神主のカネサダ=キュウジョウがふかふかの座布団の上にあぐらで座っていた。それに対して、エーリカは座布団には乗らずに、直に畳の上で正座をし、さらには頭を下げて、カネサダに挨拶をしていた。挨拶が終わった後、カネサダはエーリカに座布団に座るようにと促す。

「ふっ。立派になったもんだ。これもクロウリー様の徹底指導のおかげかな?」

「エーリカさん。ひと払いはしていますので、もう楽にしていいですわ」

「ほんと、ふたりとも意地悪よ。あんな厳かな雰囲気を出されたら、嫌でも畏まらなきゃならなくなるわっ!」

 屋敷の奥座敷に案内され、さらにはそこで待っていたカネサダと村の重鎮たちずらりと並び、さらには物を言わせぬという雰囲気をバリバリと出していた。張りつめている空気を感じて、エーリカはそれに相応しい態度を取る。しかしながら、これはカネサダと村の重鎮たちがエーリカを驚かせようとして、ひと芝居うったのだ。

 いくらホバート王国の将軍職に就いたエーリカだとしても、神主兼村長のカネサダだ。エーリカはカネサダに対して、礼を尽くさねばならない相手である。カネサダはエーリカがそれが出来るかどうかの試験をおこなっただけだ。ここまでの一連の流れを見て、エーリカは立派に育ったものだと感心する。

「いやぁ。あのエーリカがねぇ。あとは恋を知るくらいかい?」

「ここでも言われるんですね、あたしって……。村の挨拶回りで耳にタコが出来るくらいに言われてきました……」

「それは済まない。だが、皆、エーリカの活躍ぶりに驚いてると同時に、エーリカのことを誇らしく思っているんだ。そこは仕方が無いと割り切って、皆のおもちゃにされてくれたまえ」

 カネサダはハーハハッ! と気持ち良さそうに笑う。エーリカとしては納得し難いことであった。だが、村の皆が自分のことを認めてくれれていると思うと、それだけで誇らしくなってしまう。オダーニの村と王都とは物理的な距離がかなりある。だが、それでも村の皆が自分のことを続けて支援してくれていたことに感謝しかなかった。

「あたしがお返し出来ることなんて、それほど無いのに。皆の変わらぬ支援にどれだけ助けられたことか。頭が下がりっぱなしです」

「良い良い。ホバート王国内の争乱を鎮めてくれただけで、十分にお釣りが来る。税のことだけでも、この村では死活問題だからな。エーリカはよくやってくれている」

「それを聞けると、ホッとします。あんな悪ガキ代表だったあたしでも、村の役に立ててるって思うと……」

 エーリカは心底からホッと安堵してしまったのか、身体から力が抜けていく。張っていた肩からも力が抜け落ち、その場で崩れ落ちてしまいそうになる。そんなエーリカに対して、微笑みを送るのがカネサダであった。カネサダは娘とアイコンタクトを取り、娘は奥座敷から一度、外に出る。

「今、セツラにお茶の準備をさせに行かせた。でだ……。娘が居ない内に聞くが、娘に言い寄ってくる男はいたのか!?」

「カネサダ様の心配しているような状況にはなっていません。王都に行ったは良いけど、王都の男はヘタレが多くて。あたしがセツラお姉ちゃんの横に立って、キツイ視線を飛ばしているだけで、尻尾を巻いて逃げていきましたよ?」

「それはいかんな……。セツラも今年で19歳。来年には節目の20歳だ。そろそろ将来の婿殿のことを考えてやらねばならない年頃だ」

 カネサダはちょっとだけ困り顔でそう言った後、ちらりとエーリカの隣に座っている男に視線を向ける。その男は、ん? と不思議そうに首を傾げる。その所作を見たカネサダは大きく嘆息し、つられてエーリカが苦笑してしまう。

「あれ? なんだこの空気?」

「タケルお兄ちゃんは気にしなくていいわよ。そういうことろが、タケルお兄ちゃんのダメなところで、良いところでもあるから」

「そう……なのか?」

「うん、きっとそう。カネサダ様、セツラお姉ちゃんのことに関して、進展があったら、その都度、手紙などでご報告させてもらいます」

「俺もセツラさんに良い男が見つかるように努力するぜ。カネサダさんは大船に乗っている気分で待っていてほしい」

 お前のそういうところだよっ! と、カネサダとエーリカは大声でツッコミを入れ、さらには張り倒してしまいたくなる衝動に襲われる。だが、衝動が身体の外側に出る前に、お茶の準備を終えたセツラが戻ってくる。セツラはどうかしました? と皆に聞くが、皆はセツラと視線が合わないようにと努めるのであった。

「手紙で報されてはいるが、あと2,3カ月後には、エーリカたちはテクロ大陸本土に渡ってしまうのだったな。王都:キヤマクラの西、スンプの港町から出発し、ホバート王国の台所であるザカタイを経由。そしてハガラタの港町を越えれば、いよいよアデレート王国か」

「はい。経路の関係上、オダーニの村を経由できないのは非常に残念です。オダーニの村の皆に血濡れの女王ブラッディ・エーリカの真の門出を祝ってほしかったのですが」

「そこは仕方なかろう。だが、それでは寂しすぎるがゆえに、村からの代表者を見繕って、ザカタイで見送りをさせようと思う。エーリカたちが迷惑で無ければな」

「迷惑だなんて、とんでもない! むしろ、大歓迎です! 皆も喜ぶと思います!」

「村総出で見送りをしたいのが本音だがなっ! しかし、さすがに村全体でザカタイに向かうわけには行かぬ。人選はこちらに任せてくれたまえ」

 カネサダの提案に頭が下がりっぱなしのエーリカであった。エーリカはつくづく、この村で産まれ、育ってこれたことに感謝しか無かった。今のエーリカがあるのは、オダーニの村あってこそだと心の底から思うのであった。

「次にこの村に戻る時は、あたしが一国のあるじになってからです!」

「いや、その前に子供が出来たらで頼む。特にうちの娘のなっ! 名前は私がつけてやりたいのだっ!」
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