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第12章:アデレート王国

第3話:カキン=シギョウ

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 エーリカたちは賊徒を殲滅した後、ゴコウの町に戻る。クロウリーは先に入った兵士たちから人夫を見繕い、賊徒たちを埋葬させる。その人夫からの話では、賊徒たちの亡骸を馬が護っていたと。エーリカたちはその話を聞いて、感動すら覚えてしまいそうになる。

「人馬一体って言葉を聞いたことがあるけど、まさに馬と共にした人生だったのね。なら、相方に対して、もっと気遣ってやりなさいよって話」

「付き添うなら地獄の果てまでって言葉があるように、いくら非道な乗り手であったとしても、馬さんたちも彼らを見限るわけにはいかなかったのでしょう。先生たちが賊徒を埋葬したことに感謝しているのか、人夫たちの後をついてきたそうですよ」

「賊徒相手でも馬には情があるってことね。可愛いじゃないの。クロウリー、馬の扱いは任せるわ。賊徒たちに代わって、あたしたちで良いことに使ってあげましょ」

「はい、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団では、騎乗の訓練も積まなければなりませんでしたし、これぞ渡りに船ですね」

 クロウリーは人夫からの報告をまとめ、エーリカに奏上する。エーリカは椅子に座りながら、水が張ってある桶に両足をつっこんで、クロウリーからの報告に対して返答する。このエーリカが取っている行動は、アデレート王国ならではの風習でもあった。郷に入れば郷に従えという言葉通り、エーリカは貴人らしく振舞う。

 そんなエーリカの下に客人がやってきているぞと、報告にきた人物が居た。それはブルース=イーリンであった。ブルースはエーリカの前に通すかどうか問うてきていた。エーリカは何かの予感を感じ、水が張ってある桶をしまうようにと、自分の従者役に伝える。

 エーリカは乾いたタオルで足を拭いた後、ブーツをしっかりと履く。そうした後、ブルースに客人を自分の前へ案内してほしいと伝える。ブルースはこくりと頷き、一度、エーリカがいる居室から外に出る。ブルースがとある人物と共にエーリカの前へとやってくる。

「本人から聞く限りは、自分は本の虫だと言っているのでござる。名はカキン。姓はシギョウだそうだ」

「ご紹介に預かりましたカキンです。エーリカ様の賊徒への慈愛、誠に感動いたしました……」

 カキン=シギョウは拱手きょうしゅしながら、エーリカのおこないを褒め讃える。エーリカはご満悦といった表情で、続くカキンの話を聞く。カキンという男の話では、自分は名士の家系の出であり、エーリカ様が大志を抱いて、ホバート王国からアデレート王国にやってきたという話を小耳に挟んだと言う。

「本来ならカイケイのみやこまで出向いて、エーリカ様にご挨拶しなければなりませんでした。しかしながら、エーリカ様もご存じの通り、アデレート王国は戦乱だけでなく、賊徒も徘徊する土地となっております」

「ええ。あたしもびっくりしたわ。堂々と血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団と並走する賊徒とか、ホバート王国じゃお目にかかれないわね」

「それほどまでに奴らは厄介なのです。力の無い私たちでは石壁のこちら側に引きこもるしか、対策がありません」

 エーリカはうんうんと頷きながら、カキンの話を聞いていた。カキンはよく口が回る人物であった。しかしながら、クロウリーが動きを見せないため、エーリカは努めて朗らかにカキンの話を聞き続けた。場が温まったと感じたカキンはようやく本題に入る。

「ところで、エーリカ様。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団では人員を募集していますかな?」

「そうね。人員はいつでも募集中よ。でも、うちの軍師が一角ひとかどの将レベルじゃないと、採用したがらないの。あたしとしてはもう少し緩ませても良いと言ってるんだけど」

「それはエーリカ様の大志がゆえでしょう。能力の劣る者を側につけるは、エーリカ様にとっての一大事。クロウリー様はエーリカ様のためを思ってのことです」

「そうね、その通りだと思う。んで? そんなあたしたちに売り込みに来た以上、カキン殿はそれに見合う才能があるのよね? 舌が滑らかなだけなら間に合っているわ」

 カキンはククッ……と口の端を歪めてみせる。あるじに据えるなら、これくれいの女傑でなければ務まらないと自負していたのだ。そして、カキンは今までのエーリカとのやり取りで、エーリカという人物像を推しはかった。それだけではなく、さらには器の大きさを試す。

「私は役人だった親の手伝いをしていたため、政務や行政に関して明るいという自負を持っています。しかし、それよりも私以上に売り込みたい人物がおりまして……。その者を屋敷の外に待たせているため、連れてきてよろしいか?」

「うん。面白い話ね。自分だけでなく、他の者も同時に、あたしに面会させようとする、その図太さ。気に入ったわ。その者をあたしの前に通してちょうだい」

 カキンは感謝の念を拱手きょうしゅで示す。そう言った後、一度、エーリカの前から下がり、とある男をエーリカの前へと連れて戻ってくる。その男は見るからに偉丈夫であった。クロウリーですら、ほぅ……と興味深そうな息を吐く。

「こちらは私の甥のコッサン=シギョウです。今のアデレート王家に仕えさせるにはもったいないと思い、英傑の登場を待たせていました」

「ご紹介に預かりましたコッサンです。今年で24。一族の間じゃ、穀潰しと言われていたが、ようやく自分が仕えるべきあるじに巡り合えたと思います」

「二人とも、口が上手いわね。クロウリー、貴方の目から見て、どうなの?」

 エーリカはクロウリーの方に顔だけ向ける。クロウリーはそんなエーリカに対して、頭を下げる。発言の許可を与えられたクロウリーはコッサンの人物像を言い表すのであった。

「まず言えることは、目が非常に良いってところですね。もし、年頃の女性が血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に居るのであれば、コッサン殿の嫁として紹介して差し上げたいくらいです」

「クロウリーにしてはべた褒めじゃないの。目の光は大事よね。カキン殿の甥とは思えないくらい、良い目をしてるわ」

 カキンは苦笑してしまう。自分でも死んだ魚のような腐った目をしていると思う時があるが、それは口には決して出せないようないかがわしい考えで頭が埋まっている時のことだ。その人物のひととなりを推しはかるには、まず相手の目を見ろという言葉がある。目は口ほどにものを言うとさえ、言われている。

 当初の目的である自分たちを眼の前の女傑に売り込むことは成功しつつあると感じるカキンであった。さらにもう一押しするべく、甥のコッサンの自慢を開始する。

「ふ~~~ん。頼んでもないのに青年団のまとめ役にされちゃうくらいに人望があるわけね」

「ええ。町で厄介ごとがあれば、私よりもコッサンの方が呼ばれるくらいですよ。私はどうしても胡散臭い雰囲気を消し切れません。しかし、甥は自然とヒトを集め、ヒトの上に立つという産まれながらにしての将器を持っている男です」
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