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第15章:転落

第6話:大浴場

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 エーリカはそこまで聞くと、ホランド将軍に頭を下げる。そうした後、ホランド将軍から自分が見えない位置までやってくる。そこで足を止めて、自分に同行しているある人物に話しかける。その人物はうやうやしく、エーリカに対して、頭を下げつつ、拱手きょうしゅする。

「あなたも同意見なのね? カキン=シギョウ」

「はい。間違いなく、ロリョウの町長はそれをやる男です。エーリカ殿はよくよく気をつけることですな」

「向こうがそう来るのであれば、こちらも万全の体勢を整えるわよ。カキン、コッサンと共にあちらが用意してくれている席に出なさい」

「タケル殿だと、うっかりやらかしかねませんからな。自分の甥のコッサンなら上手く立ち回ってくれるでしょう」

 カキンは改めて、エーリカに頭を下げ、拱手きょうしゅする。そうした後、コッサンと打ち合わせしてくると言い、エーリカの前から消える。エーリカはやることが決まったが、1時間ほど時間を空けてから、ホランド将軍に連絡することにした。

 エーリカは夏の暑さによる汗といくさの汚れを洗い落としに行く。砦内にある大浴場では、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員たちが押し合いへし合いをしている真っ最中であった。そんな団員たちもエーリカを見るや、混雑を解消するためにも、身体を洗い終えた者たちが、急ぎ足で大浴場を後にする。

 エーリカは大浴場の中の開いた道をどんどんと奥へと進む。歩きながらブーツの紐を解き、解いた先から、ブーツをぞんざいに投げ捨てる。ついで、ズボンを脱ぎすて、鎧下のシャツを遥か彼方へとぶん投げる。ブラとショーツのみの姿になったエーリカは、それらを剥ぎ取る前にキョーコ=モトカードと出くわすことになる。

「おお、ようやくきたのかぃ。ほれ、さっさと真っ裸になれぃ」

「そう言われちゃうと、脱ぎにくくなるわね。思わず、われに返っちゃった」

 軍隊において、女も男もへったくれもない。同じ釜の飯を喰い、同じ風呂に入るなど、日常茶飯事になるからだ。しかしながら、筋肉の鎧という肉体美をまざまざと見せつけてくる拳王:キョーコ=モトカードを前にすることで、素に戻ってしまうエーリカだった。

 エーリカはしおらしく、ゆっくりとブラとショーツを脱ぐ。待ってましたとばかりにキョーコがエーリカの頭のてっぺんへと、大きすぎる桶から大量のお湯をスコールのように降り注ぐ。エーリカは一瞬でずぶ濡れになる。べったりと頭に張り付いた髪の毛から水気を取るために、犬がそうするように身体全体を振るわせる。

 犬そのものの仕草をするエーリカを見て、キョーコはガハハッ! 大笑いするのであった。そんなキョーコの脇をすり抜けてきたのが、アイス=キノレであった。アイスはヤレヤレといった表情であった。しかし、次の瞬間にはエーリカに微笑みかける、

「背中を洗ってやるぞい。こちらに可愛い尻を向けるのじゃ」

「言い方がおっさんみたいよ、アイス師匠」

「ばぁかもん! 妙齢の女性をつかまえて言う言葉じゃぁないわい。こんなおっさん臭い、わしゃでも、ここでは少しだけ恥ずかしさを持っておる」

「アイス師匠なら、慣れっこだと思い込んでた。意外すぎる」

 アイス師匠が親指でクイクイと自分たちの後ろで距離を取っている年頃の男子たちを指差してみせる。エーリカはそちらに視線を向けるや否や、男子たちは股間を両手で隠し、照れくさそうに向こうを向き始めた。

 エーリカは苦笑する他無かった。普段はさほど意識することは無いのだが、自分たちは命からがら、あの死線から生き延びて帰ってきたのだ。魂が解放感を覚えれば、身体も解放感を覚えて当然なのである。

「まあ、大浴場で大欲情したら、鞭打ち30発の刑ってルールがあるし、それを制定したクロウリーがいなくても、皆わかってるでしょ」

「そうじゃな。しかし、こんなおばさんの身体で反応しなくてもいいだがのぉ。あたしゃでも眼のやり場に困るわい」

 エーリカは苦笑してしまう。どこがおばさんの肉付きなのかと。アイス師匠は40代半ばというのに、現役顔負けに引き締まった身体である。時間がある時には、その肉体をさらに引き締めるために、拳王:キョーコ=モトカードと一緒に修行をしている。

 ここ最近、政務とクロウリーのお菓子漬けになっていたエーリカのほうがよっぽどプロポーションに気をつけなければならない。そう思いながらも、エーリカは風呂椅子に可愛らしいお尻を乗せて、アイス師匠に背中を洗ってもらう。エーリカが気持ち良さそうに背中を洗ってもらっていると、その隣に身体の前を長いタオルで隠した女性がやってくる、

「あれ? あれれ? セツラお姉ちゃんじゃない。どうしたの? 男子たちの節操の無いおちんこさんを見にきたの??」

「あの……。色々と誤解を生むので、やめてくれませんこと? わたくしもさすがにいくさで疲れましたので、我先とばかりに汚れと疲れを洗い流したくなっただけですわ」

 エーリカはそれでも珍しいこともあるものだと思ってしまう。女を捨てまくっている自分とキョーコ、さらにはアイス師匠は除外するとしてもだ。セツラが獣の巣に自分から裸で飛び込んでくるなど、滅多に無いことであった。大浴場内も血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団で唯一といって良い清純枠のセツラ様が裸で登場したことで、空気が一変していた。

「ちょっと……。視線がきついですわね……。いつもこうなのかしら?」

「ううん。いつもは無視されるわよ。あたしっていう絶対無二の美少女が一緒のお風呂場にいるってのに、まったくもって見向きもされないわ」

「それはエーリカさんの立場的なモノが関係しているのでは?」

 セツラが念のため、エーリカにそう確認する。だが、エーリカはぶんぶんと普通に頭を左右に振る。セツラは首を傾げてしまう。そんな初心うぶすぎるセツラに、エーリカはニヤニヤした顔つきになってしまう。エーリカがセツラの左耳にこそばゆいくらいの声量で、何故、自分たちが男子の注目を浴びているかという理由を説明する。

「あの……。その……。殿方は仕方ない部分があると言われてますけど、今まさにその状況なのですね?」

「うん。注目されているのはあたしやセツラお姉ちゃんだけじゃないわよ。なんと、拳王様やアイス師匠もその対象よ」

 セツラは出来る限りの力で身体の正面を隠しているタオルを固定していた。それでも恥ずかしさが取れないのか、風呂椅子に座った状態で背中を丸めていく。そんな姿勢になればなるほど、男子たちのオカズにもってこいだというのに、セツラは気付きもしなかった。

 エーリカはそんなオカズ感たっぷりの姿勢になってしまっているセツラお姉ちゃんにせめてもの情けをかけようと思い、アイス師匠にウインクする。アイス師匠はやれやれと思いながら、風呂椅子の位置を変え、セツラの背中とお尻が男子たちに見えないようにする。

「どおれ。久しぶりにわしゃが背中を洗ってやろう。しっかし、えらぁぁぁく女らしい身体になったもんだ。おばさんもその若さを取り戻したいなあ」

「あの……。アイス様がいつも以上におっさんなのですが……。エーリカ。アイス師匠って、こんなキャラでした??」

 大浴場に集う男子たちはどうにかして、アイスのお尻ではなく、セツラのうなじから背中、背中から腰を経て尻のラインをその眼に焼き付けようとした。隠そうとすればするほど、男子たちの好奇心は、股間で膨らむおちんこさんのようになってしまう。エーリカはこんなことになるなら、気を利かせるんじゃなかったわと思うのであった。
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