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第16章:逃避行

第9話:切り捨てる覚悟

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「セツラ様、ケンキ様、そしてキョーコ様が合流地点に到着! しかしながら……、女性陣は汚れに汚れて……」

「報告ありがとう。ってか、水浴びをしようにも、飲み水すら無いってのに……。こんな緊急事態に、皆、お盛んすぎるわねっ!」

 エーリカは怒りを通り越して、呆れ果てるばかりであった。報告にあがった団員がまったくもって言いづらそうにしているのもわかってしまう。キョーコは散々に暴れまくったせいで、敵兵の血を浴びすぎている。合流地点のギョウシュの港町の住人たちがキョーコの登場で、一気にざわつくことになった。

 ギョウシュの港町の空気が一変したことは、エーリカも肌で感じていた。それはエーリカがただいま絶賛、素っ裸であることを抜いてでもだ。エーリカはどうしたものかと考える。ほぼ全てを捨てて、ここまで逃走してきた。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団で所持していたお金は全て、舟を手に入れるためにボンス=カレーが使いまくっている最中だ。

 これでは水を買うことすらも出来ない。エーリカは散々な状況になってしまっている女性陣の身体を洗い清めたい気持ちはあった。黄色く変色しているドードー河の水では無く、飲料用の清らかな水で、女性陣の身体を洗い清めたくなってしまっている。

「ほんとっ! コッサンもコッサンだし、ミンミンもミンミンよっ! あいつらには絶対に責任を取らせるからねっ! セツラお姉ちゃんのお尻から背中にかけて真っ白! ケンキ様に至っては、おしっこが止まらない状態! もうっ、ほんと、うちのバカ共はっ!」

 エーリカは頭を抱えて、その場でうずくまりたくなってしまう。コッサンはまだ男として致し方ない状況になっていたために、男のとんでもない猛りをセツラのお尻に全部ぶっかけるのは致し方無かったと言えよう。

 むしろ、裸の男女が身体を密着させ、さらには馬を駆けさせたのだ。いくら、エーリカを可愛い妹だと断言しまくるタケルお兄ちゃんであったとしても、同じシチュエーションなら、そのタケルお兄ちゃんですら、可愛い妹のお尻どころか、頭の後ろまでを真っ白に染め上げていたに違いないだろうと思ってしまう、エーリカであった。

「コッサンは同情の余地があるとして、とりあえず不問にするわ……。でも、ミンミンは付きっ切りでケンキの介護ね……。あと、キョーコはどうしよう? さすがにこの夏の日差しの下下で血まみれのままにしておけないし」

 エーリカは悩みに悩んだが、それ以上、考えるのはやめた。報告にあがった団員に、とりあえず、布でも使って、身体を清めておいてね? と伝えるように頼む。団員は承知しましたと言い、その場から立ち去る。エーリカは次の報告を待った。何人目かの報告にあがった者たちの後に、エーリカが待ち望んでいた報告がのぼってくることになる。

「お待たせしたんだウキィー! 2千人を一度に運ぶだけの舟を確保してきたんだウキィー!」

「コタロー! その報告を喉から手が出そうなほどに待っていたわっ! ご褒美は何がいい? バナナ??」

「ウキキ……。いくら猿顔のあっしでも、バナナはご褒美じゃなくて、お菓子だよぉ。でも、今はバナナでも、それを腹いっぱい食べたいなぁ!」

「あれ? コタローのことだから、時間があるうちに娼館に行かせてほしいというかと思ったわ。意外ね?」

「そりゃあ、出来るならそうしたいけど、今は少しでも体力を残しておかなければならないだウッキー。んじゃ、想像の中でバナナをたらふく食べさせてもらウッキー!」

 コタローの気遣いに涙が出そうになってしまうエーリカであった。エーリカは褒賞にせめてバナナを進呈したかったが、そんなことが出来るはずもない。捨てれるものは全部捨ててきたのだ。そして、有り金をはたいて、ボンスとコタローが舟を手に入れてくれた。無い袖は振れない状況にあったのだ、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は。

 コタローはエーリカの瞳から涙が零れ落ちる前に、エーリカの前から消えていこうとする。こんな時にエーリカを慰める男は決まっているからだ。だが、コタローはその男が今、どうしているかなど、知らなかったのだ。

 コタローと入れ替わるように、報告にあがる者がいた。その少年はエーリカにとある男の所在について報告する。エーリカは零れ落ちそうになっている涙を無理やりに止めて、顔をあげる。

「全軍に通達してちょうだいっ! タケルお兄ちゃんを無理に救出することはしないっ! それよりも、ボンスとコタローが舟を手に入れたから、それに飛び乗って、ドードー河を渡りなさいとっ!」

 コタローは足を止め、エーリカの方へと顔を向ける。エーリカは感情を押し殺し、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員と流民たちを生かす方策を打ち出していた。コタローはエーリカに何か言いたげな表情になるが、それをグッと堪える。

 コタローはエーリカの前から下がると、オニタ=モンドとジゴロー=パーセンと合流する。オニタたちはコタローの様子がおかしいことをいち早く察するのであった。

「エーリカの姐さんのおかげで、おいらたちはここまで生き延びてきたんだウッキー。そんな、エーリカの姐さんのために出来ることをしたいと思うのは、おいらのわがままか?」

「コタロー兄ぃ! そんな回りくどいことを言いなさんなっ! おれらの命を好きなように使ってくれやぁ!」

「んだんだ。エーリカの姐さんには世話になりっぱなしだ。エーリカの姐さんは怒るかもしれんが、ここはエーリカの姐さんの飛びっきりの笑顔を見たいんだぜ!」

「お前ら……。おっし! おいらたちだけで、タケル救出作戦を敢行するんだウッキー!」

 コタロー=モンキー、オニタ=モンド、ジゴロー=パーセンの元賊徒3人組は、エーリカの姐さんへの日頃の感謝を込めてのせめてもの贈り物を手に入れるために、自分の命を質に入れることを決定する。コタローたちの行動は早かった。ギョウシュの港町に到着した今となって、馬など何に使うんだ? という顔をしているブルースたちにあの手この手で、その馬を使わせてほしいと願い出る。

「何に使うかはわからぬが、まあ、コタローたちの好きに使うでござる。馬は10頭か。エーリカには一応、報告させてもらうでござるよ。使わぬ馬と言えども、金には換金できるゆえにな」

「ウッキー! 馬10頭分でもお釣りがくるくらいの買い物をしてきますぜっ! 今からでもエーリカの姐さんが驚く顔が目に浮かぶようだ!」

 ブルースたちは何だったのだろう? と思うが、コタローたちのことよりも優先すべきことがあった。エーリカがタケルを見捨てるという大きすぎる決断をしたのだ。エーリカの想いを無駄にしないためにも、ブルースたちは陣頭指揮を執り、次々と血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員たちと流民たちを舟に乗せていく。

 アベルたちもブルースたちと合流し、バケツリレーのように皆をドードー河の向こうへと舟で送り出していく。そして、ついに自分たちの番になり、エーリカと共に舟へと乗り込もうとする。だが、エーリカは所用を思い出したと言い、どこかへと素っ裸のまま走っていく。ブルースとアベルたちはヤレヤレ……と嘆息する他無かった。
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