上 下
169 / 197
第17章:ヨン=ウェンリー

第4話:水と食料

しおりを挟む
「恵みの雨でござる! 毛布を広げ、出来るだけの飲み水を集めるでござる!」

「うひょぉ! 恵みの雨ってか、こりゃスコールじゃねぇかっ! 生き返るぅぅぅ!」

「ケージさん。浮かれるのも良いですけどぉ。飲み水の確保は必須なのですぅ!!」

 南ケアンズ王族領の南端を毛布1枚のみを羽織った状態で移動しようとしていた血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団と流民たちであった。今の彼らにとって1番に手に入れなければならないのはまさに飲み水であった。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員と流民たちは喉が渇いていたが、近くに流れる小川の水には一切、手をつけないでいたからだ。

 それもそうだろう。夏場と言えども素っ裸に毛布1枚しか纏っていない状況下、生水に当たれば、それはそのまま死に直結してしまう。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの首魁であるエーリカは団員と流民に絶対に生水を口に入れないようにと厳命していた。

 しかしながら、飢えはともかく、渇きは非常に厄介なシロモノだ。ケアンズ王国は南のアデレート王国に比べれば、夏でもかなり過ごしやすい気候であった。それでも、夏は夏だ。進軍を続けるエーリカたちは夏の太陽に身体を焼かれ、体内にある水分をどんどん削られていく有様であった。

 血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちは焦りを感じ始めていた。このまま飲み水を確保できない状態が続くようであれば、泥水すらすすらざるをえないと。しかしながら、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団はまさに天から恵みを与えられることになる。

 大空から大いなる恵みが降り注ぐ10分ほど前のことであった。隠形術を使わず、省エネモード真っ最中のコッシロー=ネヅがエーリカの頭の上で、鼻をクンクンとさせたのだ。そうした後、エーリカの頭を前足で叩き、エーリカに大空を見ろと告げる。エーリカは最初、コッシローが何を言いたいのかわからなかった。

 だが、エーリカが大空を見上げた瞬間、どこからともなく真っ黒な雷雲が大空の一角に現れたのだ。その不自然すぎる空模様をエーリカは訝しむことになる。しかしながら、コッシローが続けて喚き散らしていたので、エーリカは半信半疑になりながらも、これから大雨があたしたちの身体を散々に打つから、準備はしっかりと、と血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員と流民たちに告げる。

 エーリカからの指示を受けて、皆が毛布の端を持ち合い、真っ黒な雷雲から雨が降り注ぐことを待った。雷雲からゴロゴロ……と重低音が鳴り響いてく。皆はゴクリ……と喉を鳴らして、その瞬間を待ちわびていた……。

「生き返るぅぅぅ……。あたし、今、この瞬間、生きているって感じちゃうぅぅぅ!」

「おい、エーリカ」

「ん? タケルお兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、何でもない」

 エーリカとタケルは自分たちの身体に羽織っていた毛布の両端を持ち合い、大空かの恵みを受け取れるだけ受け取っていた。天から降り注ぐ大量の雨が、大逃走劇によって汚れ切っていた身体を洗ってくれている。皆が清浄化していくなか、タケルだけはやましい気持ちになってしまう。

(くっ……。エーリカが雨に濡れる天女様に見えるぜ……。静まれ、俺のおちんこさんっ!!)

 タケルの運の良いところは、いくら夏と言えども、バケツをひっくり返したかのような大量の雨水を頭からかぶったことで、頭と身体の芯が冷えていったことであろう。ふくらみかけていたタケルのおちんこさんと子宝袋は、雨によって無理やりに冷やされる。スコールとも言うべき大雨が通り過ぎる頃には、タケルは平常心に戻っていった。

 エーリカたちはボンス=カレーがこのために用意していたという空の樽に次々と雨水を貯蔵していく。これにて、しばらく飲み水には困ることはなくなった。だが、喉の渇きが癒されたことと、胃の中に水を流し込んだことで、エーリカたちは空腹感を一気に覚えることになる。

「こんな湿地帯に現れるのって、カエルかドジョウくらいね」

「出来るなら、野の獣でも現れてくれればいいんだけどなぁ……。ただでさえ湿地帯だってのに、こちらはこんな大所帯。好き好んで野の獣がこんにちわ! してくれるとは思えねえ」

 南ケアンズ王族領の問題点は南西側に湿地帯が大きく広がっていたことであろう。作物もまともに育たないだけでなく、この地を好き好む動物も居ない。まさに誰もが見向きもしない土地であった。しかしながら、ケアンズ王国に不法侵入してしまっているエーリカたちにとっては今は都合の良い場所であった。

 アデレート王家軍から逃げて、ケアンズ王国に踏み入ったエーリカたちの問題はいくらでもあった。だが、その中でも1番の問題は、自分たちに向かって、ケアンズ王国が兵を動かすかもしれないという点である。ホバート王国にエーリカが居た頃、エーリカとクロウリーは南ケアンズ王族領の王族たちとコンタクトを取ろうとしていた。

 だが、結局はエーリカたちはアデレート王家と交渉することを選んだ。それゆえに南ケアンズの王族たちとはまともに交渉していないのである。だが、それでも藁にもすがる気持ちで、エーリカたちはこの地に足を踏み入れた。下手をしなくても、不法侵入者であるエーリカたちはケアンズ王国から排除される対象であった。

 しかしながら、そんな危惧を抱きつつも、エーリカたちは今現在の問題点に着手しなければいけなかった。飲み水は確保した。次は食料である。湿地帯でありながらも、エーリカたちは空腹を満たせるものを探した。

「カエル、カエル、カエル……」

「うん、見事にカエルだらけだなっ! しっかし、これまたでかいカエルだなぁ。コッシローのほうが丸のみされるんじゃねえかってくらいのさ」

「下手をすれば、うちでも丸のみされそうなくらいのでけえカエルがいるなぁ! エーリカの嬢ちゃん。あいつはどうするんだぃ?」

 エーリカたちはカエルの群生地へと足を踏み入れた。そこはまさにカエル天国であった。耳が痛くなるほどのカエルの大合唱である。大小さまざまなカエルが呑気にエーリカたちの前でゲコゲコ! と気持ち良さそうに夏空に向かって、鳴き声を張り上げていた。

 そんなカエルの親分とも言えるような、でかすぎるサイズのカエルの主が居た。一瞬、緑色の熊か……? と勘違いするほどの大きさである。肝っ玉の据わったエーリカであったとしても、ゾゾゾ……と悪寒が走ってしまう。だが、カエルの主の被害を被ることになったのはエーリカでなく、セツラであった。

「なんかむかつく! そりゃ、拳王のキョーコに挑めば、一瞬で肉塊にされるのはわかるわよ!? でも、キョーコの方には向かわずに、あたしの方へと来たと思ったら、あたしをすり抜けて、後方にいるセツラお姉ちゃんを狙ったわっ!」

「まあ、なんというか……。うちの女性陣で襲いやすそうなのって、セツラだからなぁ……。あのスケベカエル相手なら、素手のレイヨンでもボコれそうだし」

「アーハハッ! 獣らしいっちゃあ、獣らしい行動だぁ! どうするぅ? セツラがお嫁にいけない身体にされる前に、セツラをカエルの口の中から救出するかぃ?」
しおりを挟む

処理中です...