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第5章:後退は撤退にあらず
第2話:戦略的後退
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「戦略的『後退』? 何を言っているだべ?」
「司令官殿はとち狂ってしまっただべか?」
アキヅキ=シュレインの宣言を受けて、兵士たちはお互いの顔を見合って、ひそひそと話し合っている。いまいち、ぴんとこないのだ。兵士たちには。そんなとまどう兵士たちに向かって、アキヅキは吼える。
「生き延びるぞと言っているのだっ! 今は恥を晒すことになるかもしれぬが、次に勝てば良いんだっ! わたしと共に、皆には生きてほしいんだっ!!」
アキヅキは喉が枯れんばかりの大声を張り上げる。アキヅキは自分の想いを言葉に乗せて、全身全霊で、皆に訴えかけたのである。そのアキヅキの魂の叫びを聞いた兵士たちは、足腰に力を入れてゆっくりと立ち上がる。
そして、再び、その手に武器を持ち、エイエイオー! エイエイオー! と雄叫びを上げるのであった。
ニコラスはそんな皆を見て、男ながらにも眼尻に涙を貯めていた。零れ落ちそうになる涙を頭を強く左右にブンブンと降り、貯まった涙をどこかに飛ばしてしまう。
(カゲツ=シュレインさま。お嬢様は立派に育ちましたぜ。もう俺は彼女のお守役を卒業して良いみたいですぜ?)
「では、これより30分後には戦略的後退を開始する! 重傷者は荷馬車に担ぎ込め! 軽傷者はなるべく走れっ! 傷口が開いて、走れなくなったら荷馬車に飛び込めっ! 以上だっ!!」
アキヅキ=シュレインの号令の下、皆は慌ただしく動き始める。戦略的後退と言葉を濁しているが、これは戦場からの逃亡である。そんなことは皆、わかっている。だが、その言葉の響きが気持ちよい。
『自分たちは完全に敗けたわけでは無い。これは一時的に退くだけだ。そして、次こそは勝つ』
このアキヅキの一連の言葉は、再び、ゼーガン砦の兵士たちの心に火を着けるには十分であった。皆は協力しあって、次々と荷馬車に負傷者を運んでいく。ここから西にあるサーノ砦の道中までの必要最低限の食糧、武器だけを各々が持てるだけ持つ。
兵士たちのほとんどは鎧を脱ぎ捨てていた。戦略的後退は時間との勝負だ。出来る限り、身軽にならなければ、半虎半人からは逃れられない。
半虎半人たちの速力は騎馬兵よりも少し遅い程度で、通常の歩兵たちと比べれば、途方も無く速い。そんな彼らから逃げ延びるのには、鎧は邪魔になると判断して、兵士たちは丈夫な鎧下の服だけの恰好になったのである。
そして、もし追いつかれた時は、先に行っている兵士たちを逃すために、少しでも時間稼ぎをしようと思っていた。だからこそ、彼らは武器だけはしっかりと腰に佩いたのであった。
アキヅキ=シュレインが後退準備を言い出してから、ちょうど30分が経とうとしていた。ゼーガン砦の東側の石壁の上で、ショウド国軍の動きを注視していた兵士が早鐘をガンガンガーンと3度、大きく叩く。
「ショウド国軍が動き出しましただべっ! なんともえらい数なんだべっ! どこにあれほどの兵力を隠し持っていたのかと驚くほどなんだべっ!!」
砦外を注視していた兵士が石段を文字通りに転がるように降りてきて、アキヅキの眼の前で腹ばいで地面に伏せてしまう。だが、その兵士はすぐさま、顔だけをアキヅキの方に向けて
「キッシー砦、ワーダン砦の両砦から土煙を上げて、ここ、ゼーガン砦へ向かってきているだべっ! あれは総勢2000はくだらないんだべっ!」
「そう……。思ったよりも遅かったわね。もう少し早く動いても良さそうだったのだけれど」
アキヅキはそう言ったあと、自分の眼の前で腹ばいになっている兵士の手を取り、彼を起こすのであった。起こされた若い彼は顔を真っ赤に染めて、ぺこぺこと頭を下げて、どこかに退散するのであった。
そんなに慌てなくても良いのにと思うアキヅキであるが、彼も彼で必死なのだろうとそう思うことにしたのであった。
かくいう彼は元アキヅキ隊の生き残りであった。彼は『アキヅキ=シュレイン女神の会』の会員ナンバー119番である。彼は自分にとって女神である彼女と手を握れたことに嬉しくなって、舞い上がってしまったのだ。彼は一生、握ってもらえた右手を洗わないでおこうと硬く誓うのであった。
さて、そんな彼の事情などはどうでもよく、ゼーガン砦内に緊張が走る。アキヅキはまずは重傷者を乗せた荷馬車を西の門から出発させたのであった。そして、次に彼女が取った行動は砦に残る皆を驚かせることであった。
「東西南北全ての門扉を開け放って! シャクマがこうすれば少しだけかもしれないけれど、時間を稼ぐことが出来るって言っていたからっ!」
戸惑う兵士たちであったが、あの伝説の鎧武者のシャクマ=ノブモリさまがそう言うのであれば、何か策があるのだろうと、不可思議に思うが、ゼーガン砦の東西南北全ての鉄製の扉を大きく開くのであった。
そして、砦に火はつけるのか? という質問が兵士たちからあったが、それもしなくて良いとの話でますます兵士たちは疑問に思ってしまうのである。
重傷者を乗せた荷馬車が西の後詰の砦に向かってから数分後、いよいよ、本隊も後退と相成る。サクヤ=ニィキューとフラン=パーンが先頭。隊の中ほどにアキヅキ=シュレインが。そして、本隊の最後方に怪我が治ったばかりのアイス=ムラマサと、鎧武者のシャクマ=ノブモリが位置することになる。
皆は走りに走る。ゼーガン砦から後詰のサノー砦までは、直線で15キロメートルほどの距離であった。負傷者を連れた戦略的後退だと、途上の森にある狭路を通っても4時間くらいの道程であろうと皆は予測していた。
しかしだ。半虎半人なら、この森すら直線で抜けてきてもおかしくはない。元々、ショウド国の多くは森深き土地が多い。そこを住処としているような半虎半人たちにとって、よその国の土地の森でも、さほど進軍速度を落とさなくても良いはずだと、アキヅキたちはそう思うのであった。
そして、砦を出発してから1時間が過ぎた頃であった。いよいよ、本隊はその森の入り口に足を踏み入れたのであった。森に作られている道は狭く、本隊はいやがおうにも、隊列が伸びることになる。
「くっ。大昔の帝国民は、たぶん、ゼーガン砦が抜かれた時用にわざと狭い道しか敷設してこなかったんだろうけど、これでは進軍速度が思っていた以上に遅くなりそうだわ……」
「司令官殿はとち狂ってしまっただべか?」
アキヅキ=シュレインの宣言を受けて、兵士たちはお互いの顔を見合って、ひそひそと話し合っている。いまいち、ぴんとこないのだ。兵士たちには。そんなとまどう兵士たちに向かって、アキヅキは吼える。
「生き延びるぞと言っているのだっ! 今は恥を晒すことになるかもしれぬが、次に勝てば良いんだっ! わたしと共に、皆には生きてほしいんだっ!!」
アキヅキは喉が枯れんばかりの大声を張り上げる。アキヅキは自分の想いを言葉に乗せて、全身全霊で、皆に訴えかけたのである。そのアキヅキの魂の叫びを聞いた兵士たちは、足腰に力を入れてゆっくりと立ち上がる。
そして、再び、その手に武器を持ち、エイエイオー! エイエイオー! と雄叫びを上げるのであった。
ニコラスはそんな皆を見て、男ながらにも眼尻に涙を貯めていた。零れ落ちそうになる涙を頭を強く左右にブンブンと降り、貯まった涙をどこかに飛ばしてしまう。
(カゲツ=シュレインさま。お嬢様は立派に育ちましたぜ。もう俺は彼女のお守役を卒業して良いみたいですぜ?)
「では、これより30分後には戦略的後退を開始する! 重傷者は荷馬車に担ぎ込め! 軽傷者はなるべく走れっ! 傷口が開いて、走れなくなったら荷馬車に飛び込めっ! 以上だっ!!」
アキヅキ=シュレインの号令の下、皆は慌ただしく動き始める。戦略的後退と言葉を濁しているが、これは戦場からの逃亡である。そんなことは皆、わかっている。だが、その言葉の響きが気持ちよい。
『自分たちは完全に敗けたわけでは無い。これは一時的に退くだけだ。そして、次こそは勝つ』
このアキヅキの一連の言葉は、再び、ゼーガン砦の兵士たちの心に火を着けるには十分であった。皆は協力しあって、次々と荷馬車に負傷者を運んでいく。ここから西にあるサーノ砦の道中までの必要最低限の食糧、武器だけを各々が持てるだけ持つ。
兵士たちのほとんどは鎧を脱ぎ捨てていた。戦略的後退は時間との勝負だ。出来る限り、身軽にならなければ、半虎半人からは逃れられない。
半虎半人たちの速力は騎馬兵よりも少し遅い程度で、通常の歩兵たちと比べれば、途方も無く速い。そんな彼らから逃げ延びるのには、鎧は邪魔になると判断して、兵士たちは丈夫な鎧下の服だけの恰好になったのである。
そして、もし追いつかれた時は、先に行っている兵士たちを逃すために、少しでも時間稼ぎをしようと思っていた。だからこそ、彼らは武器だけはしっかりと腰に佩いたのであった。
アキヅキ=シュレインが後退準備を言い出してから、ちょうど30分が経とうとしていた。ゼーガン砦の東側の石壁の上で、ショウド国軍の動きを注視していた兵士が早鐘をガンガンガーンと3度、大きく叩く。
「ショウド国軍が動き出しましただべっ! なんともえらい数なんだべっ! どこにあれほどの兵力を隠し持っていたのかと驚くほどなんだべっ!!」
砦外を注視していた兵士が石段を文字通りに転がるように降りてきて、アキヅキの眼の前で腹ばいで地面に伏せてしまう。だが、その兵士はすぐさま、顔だけをアキヅキの方に向けて
「キッシー砦、ワーダン砦の両砦から土煙を上げて、ここ、ゼーガン砦へ向かってきているだべっ! あれは総勢2000はくだらないんだべっ!」
「そう……。思ったよりも遅かったわね。もう少し早く動いても良さそうだったのだけれど」
アキヅキはそう言ったあと、自分の眼の前で腹ばいになっている兵士の手を取り、彼を起こすのであった。起こされた若い彼は顔を真っ赤に染めて、ぺこぺこと頭を下げて、どこかに退散するのであった。
そんなに慌てなくても良いのにと思うアキヅキであるが、彼も彼で必死なのだろうとそう思うことにしたのであった。
かくいう彼は元アキヅキ隊の生き残りであった。彼は『アキヅキ=シュレイン女神の会』の会員ナンバー119番である。彼は自分にとって女神である彼女と手を握れたことに嬉しくなって、舞い上がってしまったのだ。彼は一生、握ってもらえた右手を洗わないでおこうと硬く誓うのであった。
さて、そんな彼の事情などはどうでもよく、ゼーガン砦内に緊張が走る。アキヅキはまずは重傷者を乗せた荷馬車を西の門から出発させたのであった。そして、次に彼女が取った行動は砦に残る皆を驚かせることであった。
「東西南北全ての門扉を開け放って! シャクマがこうすれば少しだけかもしれないけれど、時間を稼ぐことが出来るって言っていたからっ!」
戸惑う兵士たちであったが、あの伝説の鎧武者のシャクマ=ノブモリさまがそう言うのであれば、何か策があるのだろうと、不可思議に思うが、ゼーガン砦の東西南北全ての鉄製の扉を大きく開くのであった。
そして、砦に火はつけるのか? という質問が兵士たちからあったが、それもしなくて良いとの話でますます兵士たちは疑問に思ってしまうのである。
重傷者を乗せた荷馬車が西の後詰の砦に向かってから数分後、いよいよ、本隊も後退と相成る。サクヤ=ニィキューとフラン=パーンが先頭。隊の中ほどにアキヅキ=シュレインが。そして、本隊の最後方に怪我が治ったばかりのアイス=ムラマサと、鎧武者のシャクマ=ノブモリが位置することになる。
皆は走りに走る。ゼーガン砦から後詰のサノー砦までは、直線で15キロメートルほどの距離であった。負傷者を連れた戦略的後退だと、途上の森にある狭路を通っても4時間くらいの道程であろうと皆は予測していた。
しかしだ。半虎半人なら、この森すら直線で抜けてきてもおかしくはない。元々、ショウド国の多くは森深き土地が多い。そこを住処としているような半虎半人たちにとって、よその国の土地の森でも、さほど進軍速度を落とさなくても良いはずだと、アキヅキたちはそう思うのであった。
そして、砦を出発してから1時間が過ぎた頃であった。いよいよ、本隊はその森の入り口に足を踏み入れたのであった。森に作られている道は狭く、本隊はいやがおうにも、隊列が伸びることになる。
「くっ。大昔の帝国民は、たぶん、ゼーガン砦が抜かれた時用にわざと狭い道しか敷設してこなかったんだろうけど、これでは進軍速度が思っていた以上に遅くなりそうだわ……」
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