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第2章:東の果ての囚人
第8話:無駄な時間
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ロック=イートが独房に入れられてから、早1週間が経とうとしていた。その間、ロック=イートはその狭い独房の中で見えぬ何かと格闘し続けた。最初は正拳突きだけであったが、裏拳、掌底、フック、アッパーを繰り出す反復練習を毎日欠かさず行っていた。
看守がロック=イートのために鉄扉の下側に取り付けられた小窓からトレーに乗せたメシを渡すのだが、日に日に、その小窓から流れ出てくる汗臭い匂いが濃くなっていくのを感じる。一体、こいつは何のために、そんなことをしているのかがまったくもって理解できないのであった。その看守は無関心を決め込んでいたのだが、昼食時に小窓から食事を乗せたトレーを突っ込む際に、ぼそりと言葉を零してしまう。『なんで無駄だとわかっているのにそんなことが出来るんだべ……』と。その言葉が耳に届いたロック=イートは
「人生に無駄なんて時間は1秒たりとて無い。これは俺の師匠である拳聖:キョーコ=モトカードの言葉だ。俺はお師匠様の言葉が真実であることを知っている」
看守は独房の中からまともな返事が返ってきたことに、思わずひっくり返りそうになる。今まで看守と独房の中にいる囚人と交わされる言葉は、食事を乗せたトレーを中に差し入れる時に『ありがとう』。空になったトレーを中から外へ渡された時に『ごちそうさま』。その二言だけだったのだ。
だが、今日は違った。囚人は自分の信条を言葉に乗せて発したのである。その信条を看守らしく打ち砕くべく、何かを言おうしたが、彼の口からは言葉が出ない。人生における努力が無駄になるのはしょっちゅうあることだ。囚人より一回りも歳を取っている看守はそれを痛いほど、心と身体に沁みている。だが、それでも囚人の言葉を否定できない自分が居た。
そうこうしている内に空になったトレーが中から外へ出され、そして『ごちそうさま』という言葉が続く。看守はなんだか自分自身が情けない存在に思えて仕方がなかった。囚人は何も諦めていない。その意思をくじこうとしている自分が心底嫌いになりそうであった。
さらに1週間が経ち、ついにロック=イートが独房から出されることとなる。彼は身体中からムワッとする汗の匂いを漂わせながら、独房の外に出る。そして、今まで自分の世話をしてくれた看守に向かって、ペコリと頭を下げる。
「もう来るんじゃねえ……。俺は俺自身を情けなく思ってしかたないんだべ……」
独房から出されたロック=イートは、シャワーを浴びることも許されずに他の囚人たちがいる牢屋へと移送される。そして、8人が収容できる牢屋に入るや否や、ロック=イートの眼には顔を包帯で巻いて、鼻を固定しているあの半虎半人が映ったのであった。ロック=イートが気まずい気分になるのは致し方なかったと言えよう。しかしながら、気まずいのは向こうのほうでもあり、なかなかにどちらからも言葉を送ることは出来なかった。
「独房でのお勤め、ご苦労様ですぜ。ロックさん、少しばかり痩せたんじゃないですかい?」
その牢屋で最初に声をかけて、彼の下に近づいてきたのはセイ=レ・カンコーであった。彼は努めて朗らかな表情でロック=イートを出迎える。そして、言葉を交わし合わないロック=イートと半虎半人の男との仲介役となる。
「あーーー。俺様の名前はシュージュ=ボウラー。この収容所:東の果てで、第3班に属する囚人たちのリーダーをやっている者だ。2週間ほど前にやってきたばかりの新入りに教育を施そうと思っていたら、このざまってわけだっ!」
「あ、ああ……。こちらもあの時は鼻の骨を砕くつもりはなかったんだ。鉄格子をぶっ叩くだけのつもりだったんだけどな?」
囚人のリーダー格であるシュージュ=ボウラーは、ロック=イートの言葉を受けて、思わず両目を大きく剥いてしまう。アレは渾身の力で殴ったわけではなく、ただの威嚇行動であったことを匂わせるには十分の発言だったのだ。だからこそ、シュージュ=ボウラーは両手を頭の位置まで上げて、降参の意思を示すこととなる。
「まいった、まいった。俺様はお前が独房から出てきたら、とことん、囚人としてのルールを叩き込んでやろうかと思っていた。だが、要らぬことをしないほうが自分の身のためだってことを嫌なほどに思い知らされたわ」
半虎半人のシュージュ=ボウラーが、ふうううと思いっ切り嘆息するのを間近で見せつけられたロック=イートは右手の人差し指でこりこりと顎を掻く他無かった。半虎半人は上下の関係に厳しい種族である。だからこそ、力こそ正義の収容所において、自分の力がロック=イートより数段劣ることを知って、素直に降参の意を示したのであった。
シュージュ=ボウラーは隠語である『かわいがり』を一切行わずに、ロック=イートに収容所での仕事を叩きこむことになる。そもそもとして、この収容所は魔結晶の精製所として建てられたモノであった。しかし、長い時を経て、いつの間にやら、犯罪者と呼ばれる者たちを強制的に労働をさせるための場所へと変遷していったのである。
この収容所に送られてくる犯罪者にはある特色があった。強盗、強姦、殺人者といったニンゲンがニンゲンに危害を加えた者はごく少数であり、それよりも、アンゴルモア大王が執り行う政治に異を唱えた、所謂『政治・思想犯』たちのほうが圧倒的に数を占めていたのである。だからこそ、シュージュ=ボウラーも、ロック=イートはそういう罪を犯し、この収容所に送られてきたのだろうとそう考えていた。そのロック=イートと共にこの収容所に連行されていたセイ=レ・カンコーからも話を聞き、そう結論づけていたのである。
「魔結晶鉱石ってのをこの高熱炉で溶かして、不純物を取り除いて、純度の高い魔結晶を精製するわけだ。んで、炉に入りきらないデカい鉱物はこの大槌で叩き割って、細かくするってわけだ。ほれ、やってみろ」
収容所の作業場に移動したシュージュ=ボウラーは、ロック=イートの膂力がどれほど
あるかを確かめようとした。そのため、わざと大人3人がかりでも手こずるような高さ約2メートルの大岩ほどの大きさもある鉱石を割ってみろと、ロック=イートに大人が抱えるにも一苦労しそうなほどの大きな金属製の大槌を手渡す。
そして、それを手渡されたロック=イートはその柄を両手でしっかりと握りしめ、大きく振りかぶる。彼は呼吸を整え、フッ! と息を吐きだし、気合一閃、魔結晶鉱石の表面に振り下ろす。
「ふぅ……。キレイに真っ二つに割ってしまったけど、もしかして、粉々にする方向で力を入れるべきだったか?」
看守がロック=イートのために鉄扉の下側に取り付けられた小窓からトレーに乗せたメシを渡すのだが、日に日に、その小窓から流れ出てくる汗臭い匂いが濃くなっていくのを感じる。一体、こいつは何のために、そんなことをしているのかがまったくもって理解できないのであった。その看守は無関心を決め込んでいたのだが、昼食時に小窓から食事を乗せたトレーを突っ込む際に、ぼそりと言葉を零してしまう。『なんで無駄だとわかっているのにそんなことが出来るんだべ……』と。その言葉が耳に届いたロック=イートは
「人生に無駄なんて時間は1秒たりとて無い。これは俺の師匠である拳聖:キョーコ=モトカードの言葉だ。俺はお師匠様の言葉が真実であることを知っている」
看守は独房の中からまともな返事が返ってきたことに、思わずひっくり返りそうになる。今まで看守と独房の中にいる囚人と交わされる言葉は、食事を乗せたトレーを中に差し入れる時に『ありがとう』。空になったトレーを中から外へ渡された時に『ごちそうさま』。その二言だけだったのだ。
だが、今日は違った。囚人は自分の信条を言葉に乗せて発したのである。その信条を看守らしく打ち砕くべく、何かを言おうしたが、彼の口からは言葉が出ない。人生における努力が無駄になるのはしょっちゅうあることだ。囚人より一回りも歳を取っている看守はそれを痛いほど、心と身体に沁みている。だが、それでも囚人の言葉を否定できない自分が居た。
そうこうしている内に空になったトレーが中から外へ出され、そして『ごちそうさま』という言葉が続く。看守はなんだか自分自身が情けない存在に思えて仕方がなかった。囚人は何も諦めていない。その意思をくじこうとしている自分が心底嫌いになりそうであった。
さらに1週間が経ち、ついにロック=イートが独房から出されることとなる。彼は身体中からムワッとする汗の匂いを漂わせながら、独房の外に出る。そして、今まで自分の世話をしてくれた看守に向かって、ペコリと頭を下げる。
「もう来るんじゃねえ……。俺は俺自身を情けなく思ってしかたないんだべ……」
独房から出されたロック=イートは、シャワーを浴びることも許されずに他の囚人たちがいる牢屋へと移送される。そして、8人が収容できる牢屋に入るや否や、ロック=イートの眼には顔を包帯で巻いて、鼻を固定しているあの半虎半人が映ったのであった。ロック=イートが気まずい気分になるのは致し方なかったと言えよう。しかしながら、気まずいのは向こうのほうでもあり、なかなかにどちらからも言葉を送ることは出来なかった。
「独房でのお勤め、ご苦労様ですぜ。ロックさん、少しばかり痩せたんじゃないですかい?」
その牢屋で最初に声をかけて、彼の下に近づいてきたのはセイ=レ・カンコーであった。彼は努めて朗らかな表情でロック=イートを出迎える。そして、言葉を交わし合わないロック=イートと半虎半人の男との仲介役となる。
「あーーー。俺様の名前はシュージュ=ボウラー。この収容所:東の果てで、第3班に属する囚人たちのリーダーをやっている者だ。2週間ほど前にやってきたばかりの新入りに教育を施そうと思っていたら、このざまってわけだっ!」
「あ、ああ……。こちらもあの時は鼻の骨を砕くつもりはなかったんだ。鉄格子をぶっ叩くだけのつもりだったんだけどな?」
囚人のリーダー格であるシュージュ=ボウラーは、ロック=イートの言葉を受けて、思わず両目を大きく剥いてしまう。アレは渾身の力で殴ったわけではなく、ただの威嚇行動であったことを匂わせるには十分の発言だったのだ。だからこそ、シュージュ=ボウラーは両手を頭の位置まで上げて、降参の意思を示すこととなる。
「まいった、まいった。俺様はお前が独房から出てきたら、とことん、囚人としてのルールを叩き込んでやろうかと思っていた。だが、要らぬことをしないほうが自分の身のためだってことを嫌なほどに思い知らされたわ」
半虎半人のシュージュ=ボウラーが、ふうううと思いっ切り嘆息するのを間近で見せつけられたロック=イートは右手の人差し指でこりこりと顎を掻く他無かった。半虎半人は上下の関係に厳しい種族である。だからこそ、力こそ正義の収容所において、自分の力がロック=イートより数段劣ることを知って、素直に降参の意を示したのであった。
シュージュ=ボウラーは隠語である『かわいがり』を一切行わずに、ロック=イートに収容所での仕事を叩きこむことになる。そもそもとして、この収容所は魔結晶の精製所として建てられたモノであった。しかし、長い時を経て、いつの間にやら、犯罪者と呼ばれる者たちを強制的に労働をさせるための場所へと変遷していったのである。
この収容所に送られてくる犯罪者にはある特色があった。強盗、強姦、殺人者といったニンゲンがニンゲンに危害を加えた者はごく少数であり、それよりも、アンゴルモア大王が執り行う政治に異を唱えた、所謂『政治・思想犯』たちのほうが圧倒的に数を占めていたのである。だからこそ、シュージュ=ボウラーも、ロック=イートはそういう罪を犯し、この収容所に送られてきたのだろうとそう考えていた。そのロック=イートと共にこの収容所に連行されていたセイ=レ・カンコーからも話を聞き、そう結論づけていたのである。
「魔結晶鉱石ってのをこの高熱炉で溶かして、不純物を取り除いて、純度の高い魔結晶を精製するわけだ。んで、炉に入りきらないデカい鉱物はこの大槌で叩き割って、細かくするってわけだ。ほれ、やってみろ」
収容所の作業場に移動したシュージュ=ボウラーは、ロック=イートの膂力がどれほど
あるかを確かめようとした。そのため、わざと大人3人がかりでも手こずるような高さ約2メートルの大岩ほどの大きさもある鉱石を割ってみろと、ロック=イートに大人が抱えるにも一苦労しそうなほどの大きな金属製の大槌を手渡す。
そして、それを手渡されたロック=イートはその柄を両手でしっかりと握りしめ、大きく振りかぶる。彼は呼吸を整え、フッ! と息を吐きだし、気合一閃、魔結晶鉱石の表面に振り下ろす。
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