薔薇の令嬢と守護騎士の福音歌(ゴスペル)

ももちく

文字の大きさ
3 / 81
第1章:オベール家の娘

2:窮鳥入懐

しおりを挟む
 宮中の様々な思惑を織り交ぜながら、第1皇女:チクマリーン=フランダールと四大貴族の一家の次男坊:ナギッサ=ボサツの婚約を祝う酒宴は1週間ほど続くことになるのであった。

 この宴には男爵といった中級貴族の面々も呼ばれることになる。その家々の代表者たちがシヴァ帝に祝いの言葉を送るために宮中に参上するのであった。

 水の国:アクエリーズの実質的支配者である侯爵:ボサツ家の3階級下に位置する男爵:オベール家の家長であるカルドリア=オベールは、自分の妻であるオルタンシア=オベールを連れて、参内するのであった。

 そして、その2人に連れ添うように参内するのは、これまた水の国:アクエリーズの男爵:コーゾ家の次男坊ヨン=コーゾである。

「ううむ。ヨンくん。お父上のツバキ=コーゾくんや跡取り息子のワン=コーゾくんは、これなかったのかね?」

「ほんますんまへんのやで? 第1皇女とボサツ家がめでたいことになっているのに、わいの兄貴が町娘を孕ませてしもうたんや。婚約も交わさぬうちに、婦女を孕ますとはどういこっちゃいやと、お父ちゃんがカンカンで、相手さんの親御さん、親戚一同に土下座参りすることになってしもうたんや……」

 ヨン=コーゾが、さも申し訳ないといった顔つきで、ペコペコと米つきバッタのようにカルドリア=オベールに頭を下げる。ヨン=コーゾはカルドリア=オベールの一人娘であるローズマリー=オベールとは許嫁フィアンセの間柄である。

 いくら自分の兄がしでかしたこととはいえ、婚約前の男女が性交し、あまつさえ妊娠するような事態になれば、いくら貴族といえども、みかどやその周辺貴族たちから叱責を受けるのは間違いない。

 叱責だけなら、まだましなほうであろう。ポメラニア帝国では、相手の女性を孕ませた場合はきっちりと責任をとらなければならないという法が存在する。ワン=コーゾはコーゾ家の跡取り息子であるが、もし、孕ませた相手の女性がその家の一人娘であれば、婿入りして責任を取らなければならなくなる。

 そうなれば、半ば自動的に次男坊であるヨン=コーゾはコーゾ家の跡取り息子へと昇格することになる。それがどういう事態を招くかと言えば

「あらあら。ワンさんがもし婿養子に行って、ヨンくんがコーゾ家の跡取り息子になれば、うちは一人娘なので、ヨンさんとロージーとの許嫁フィアンセは解消せざるをえなくなりまわね?」

 カルドリア=オベールの奥方であるオルタンシアがまるで傷口に塩を塗り込むような言葉をヨン=コーゾに向けて発するのであった。ヨン=コーゾはほとほとに困ったという顔つきになり、儀礼用スーツのズボンの右ポケットからハンカーチを取り出し、額を伝う冷や汗を懸命にふき取るのであった。

 そのヨン=コーゾの困っている姿がさぞ面白いのか、オルタンシア=オベールは口に手を当てて、くすくすと可笑しそうに笑うのであった。

 対して、カルドリア=オベールの方は、やれやれといった顔つきだ。妻は年頃の若い男が困っている姿を見るのが好きだ。別に自らそういう風になるように仕向けるわけではないのだ。恋に悩む年頃の男を応援しつつ、その男が困惑してしまうような一言を突き付けるのが好きなだけだ。

 妻のオルタンシアのこれは年上の女性が若い男性におこなう、からかいの一種であるため、カルドリア=オベールとしても注意をしづらい。実際に注意したところで、「あら? 可愛い男の子をいじるのは、年上の女性の特権なのよ?」とかわされるのがオチなのである。

 どうして、こう女性というのは、男をからかうのが上手いのかと思ってしまうカルドリア=オベールである。自分も若い時分には、貴族の奥方さまたちからだけでなく、その奥方の周りの侍女たちにも散々にからかわれたものだ。

 その経験から、カルドリア=オベールは女性はそういう生き物だと、無理やり納得することにした。しかし、渦中に巻き込まれているヨン=コーゾにとっては、針のむしろに座らされている気分であろう。

 コーゾ家の一大事だというのに、ヨンだけが、コーゾ家の体面を取り繕うためだけに宮中に派遣されてきたのだから。酒宴の席では、噂好きの奥方たちだけならまだ知らず、その旦那連中からも憶測を交えた中傷を受けることになるだろう。

 はっきり言って、ヨン=コーゾは噂好きの宮中に放り込まれた餌なのだ。当主のツバキ=コーゾは、相手の両親に弁明とこれからについての話し合いをしなければならないのは当然であるものの、みかどの娘と自分が属する派閥の筆頭にあたるボサツ家の婚約祝いの席に出ない理由にはならない。

 苦渋の選択の末、ツバキ=コーゾは自分が叱責や嘲笑の的になるよりは、オベール家へ婿養子に行ってしまう予定の次男坊に宮中で起きることの全てを任せたのである。カルドリア=オベールにとっても迷惑この上無い話なのだが、自分の愛娘とヨン=コーゾは『婚約』を交わして無いモノの、一応『許嫁フィアンセ』なのだ。自分が宮中でヨン=コーゾの面倒を見ることになるのは火を見るより明らかであった。

「ううむ。まあ、ヨンくんは、これから大変な目に会うことになると思うが、ペコペコと米つきバッタのように頭を下げるように勤めるようにお願いする……。何かカチンとくるようなことを言われても、変に弁明しないほうが身のためですぞ?」

 酒宴の席に向かうというのに、カルドリア=オベールまでもが暗い表情になる。オベール家とコーゾ家の両家は侯爵:ボサツ家の派閥に属し、そして爵位も同じ男爵家だ。両家が自然と仲良くなるのは致し方なかったとも言える。

 だからこそ、カルドリア=オベールとツバキ=コーゾは、それぞれの一人娘と次男坊の『許嫁フィアンセ』を約束しあったのだ。しかし、事態の推移によっては、それも白紙に戻るかもしれない可能性があった。

「あなた? そんなに暗い顔をして、どうしたのかしら? ヨンくんが何か奥方さまたちに言われるようでした、私が対処しますわよ? だから、必要以上に気を揉むことはありませんわ?」

 オルタンシアめ。わかって言ってるな? と、思わず口から自分の妻を責める言葉が出そうになるカルドリア=オベールである。

 そもそもとして、コーゾ家の跡取り息子が見知らぬ女性を孕ましたから、その余波を喰らったヨンくんと娘のロージーの『許嫁フィアンセ』が破棄される可能性があることが問題ではないのだ。

 我が娘のロージーが、実は既に他の男と恋仲にあることが大問題なのだ。それをコーゾ家に告げて、相談せねばならぬというのに、コーゾ家自身が別の問題にあたっているために、ついに告げることが出来なかった。

 さらに間の悪いことに当事者であるヨンが、自分の懐に飛び込んできたのである。これで暗い顔をするなと妻のオルタンシアが言っても、正直、無理がありすぎる。

 まあ、宴の最中にヨンくんがショックを受けないようなタイミングを見張らかって、それとなく告げることにするか……と、カルドリア=オベールは考えるのであった。

 オベール家とコーゾ家の両家は、こちらはこちらで波乱含みの宴への参加だったのであった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

処理中です...