薔薇の令嬢と守護騎士の福音歌(ゴスペル)

ももちく

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第1章:オベール家の娘

11:憎悪

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――ポメラニア帝国歴256年 9月7日 水の国:アクエリーズにて――

 この日、収穫前の祭りを1週間後に控える水の国:アクエリーズにとんでもない大事件が起きる。

 なんと、オベール家の屋敷が物々しい薄汚れた碧玉へきぎょく色をした金属製の防具に包まれた兵士により、取り囲まれたのである。帝国鎮守軍に所属する50名の兵が、突如、宮殿から派遣されて、下界へとやってきたのだ。

「オベール家の当主:カルドリア=オベールに水の国:アクエリーズ全体の会計操作、そして侯爵家:オレンジ=フォゲット卿に対する収賄罪の疑いが浮上したのである! 今やその話は宮中でも知らぬものなどいないっ! 速やかにカルドリア=オベールを引き渡せっ! もし、反抗するのであれば、男爵位と言えども、宰相:ツナ=ヨッシーさまの命により、この屋敷に火をかけるぞっ!」

 派遣されてきた帝国鎮守軍の代表であろう偉丈夫な騎士が大きな声を張り上げて、オベール家の門前にて、屋敷に住まう者たちに威圧を開始する。当然、カルドリア=オベールにとっては寝耳に水の事態であった。

 オベール家の侍女筆頭であるチワ=ワコールがその偉丈夫な騎士と対峙し、誰からの指示かと詰め寄る。だが、偉丈夫な騎士は、ただ罪状が書かれた巻物スクロールをチワ=ワコールに提示し、当主:カルドリア=オベールを引き渡せと言ってくるのみだ。

「わかりました……。不本意でありますが、ここで騒ぎを起こされても、領民たちが不安になります。貴殿と我が家の当主であるカルドリア=オベールとの面会を取り付けてきますので、屋敷の敷地並びに周辺の町や村を荒らさぬように、あなたの部下たちに厳命をお願いします」

 これではらちが明かぬと判断したチワ=ワコールは、その偉丈夫な騎士だけを屋敷内に招き入れることとする。そして、引き連れてきた兵士たちに、屋敷やオベール家の領地に住まうの者たちへの乱暴をせぬようにと確約をさせるのである。

「ふんっ。言われずとも、そんなことを帝国鎮守軍の兵士たちはするはずがないわっ! 失礼な物言いを止めるんだなっ!」

 偉丈夫な騎士が鼻をフンッ! と鳴らし、チワ=ワコールに対して高圧的な態度を取る。チワ=ワコールは、その偉丈夫な騎士に聞こえぬような小さな声で、『ちっ』と舌打ちをするのであった。

 かくして、チワ=ワコールは一度、屋敷内に戻り、当主であるカルドリア=オベールに屋敷を取り囲む帝国鎮守軍の代表者と話し合いの場を作る案を提示したのであった。

 カルドリア=オベールは苦虫を噛み潰したような表情になる。罪状が書かれた巻物スクロールを速読したチワ=ワコールの報告で、その巻物スクロールには宰相:ツナ=ヨッシーの署名と捺印がされていることがわかった。そして、チワ=ワコールはその署名と捺印が多分、本物であろうと予測を立てる。

「ううむ……。ボサツ家に直接、手を出せないからと、搦め手で攻めてきたというところか……。チワ=ワコールくん。あとのことを頼む……。妻と娘、そして娘の想い人であるクロードくんを特に守ってほしい……」

 事、ここに至り、オベール家の当主であるカルドリア=オベールに出来ることはなかった。平時において、『男爵』から『子爵』に位階ランクが上がるということは、それだけ政敵が増えるということなのだ。

 ボサツ家のご厚意が、逆にオベール家を貶めることになったのだ。ボサツ家の政敵であるヨッシー家が、ボサツ家の忠実なる子飼いへと生まれ変わろうとしていたオベール家を悪意の矛先にした。

 宮中の事情など、自分に関係ないと考えてきたのが、カルドリア=オベールの失敗とも言えたのだった。カルドリア=オベールは偉丈夫な騎士と面会を果たした後、宮中にて弁明をさせてもらうと宣言する。

 偉丈夫な騎士は口の端を歪ませる。そして、カルドリア=オベールを捕らえた後、彼はカルドリア=オベールと共に一緒に大神殿を経由し浮島へと昇るのであった。しかしだ。残された帝国鎮守軍は、そのままオベール家の屋敷を取り囲むことになったのである。

「あいつら、何なのよっ! パパを捕らえていっただけじゃ飽き足らずに、軍の維持には食料が必要だとぬかして、周辺の町や村で食料を徴収しているらしいわよっ!」

 オベール家の屋敷で軟禁状態のローズマリー=オベールが憤慨して、侍女筆頭であるチワ=ワコールに食いかかる。屋敷を取り囲む帝国鎮守軍の兵士と直接やり取りをおこなっているのはチワ=ワコールであったからだ。

 兵士たちはやれ腹が減っただとか、やれ酒を飲みたいとか、しまいには女を抱きたいと言い出す始末なのである。そんなやからの対処をオルタンシア=オベールやローズマリー=オベールには任せられない。

 そして、ローズマリーの相方であるクロード=サインもまた、彼女の隣にて怒りの表情を顔に浮かべていた。

「俺があいつらをしばき倒してきます! たった50人なんでしょ? 俺ならなんとかなります!」

「クロード……。その50人に傷を負わせれば、いったい、その責は誰が被ると思うのですか? 軽挙妄動は控えるように……」

 当然、屋敷の外の兵士に危害が加われば、同時に、宮中にあがっているオベール家の当主の罪が重くなるのであった。クロードは歯がみし、さらに血がにじみ出るほど、両の拳を握りしめる。

 オベール家に仕える従者や侍女。そして、当主の婦人、ならびに娘とその護衛役は一刻も早く、カルドリア=オベールの釈放を願っていた……。

 しかし、オベール家の当主を連行した偉丈夫な騎士が一週間も経たずに戻ってきて、オベール家に所属する面々に非情なる通達をおこなったのであった。その内容は、あまりにもむごいモノであった。

「国政を揺るがすほどの会計操作ならびに収賄の罪により、カルドリア=オベールは死罪と相成った! ちっ……、運が良かったな。罪人に連なるモノたちよ、喜ぶが良い! みかどの第1皇女とボサツ家の次男坊との結婚式が控えているために、減刑になった! それゆえ、最終的にはカルドリア=オベールは刑期未定の冷凍睡眠刑となる手はずとなっている!」

 宰相:ツナ=ヨッシーから派遣された偉丈夫の騎士が、経過報告をまとめた巻物スクロールを、オルタンシア=オベールに突き付ける。さらに追加で偉丈夫の騎士はもう1本の巻物スクロールをオルタンシア=オベールに渡す。

「そこに書いてあるとおり、オベール家の『男爵位』は剥奪となった! 速やかに、この屋敷から出ることだ!」

 あまりにも用意周到過ぎる事態の進行である。オベール家に属する者たちから見れば、宰相:ツナ=ヨッシーの姦計にオベール家の当主がはめられたことが容易に判断できるほどの手際の良さなのである。

「ふざけないでよっ! パパが汚職や収賄に手を貸すわけがないじゃないのっ!」

 ローズマリー=オベールがまるで眼の前の偉丈夫の騎士をのろい殺さんとばかりに睨みつける。

 だが、偉丈夫な騎士は口の端を邪悪に歪ませて、ローズマリーの顎を右手でグイっと掴む。

「ふんっ。お嬢さん。これまた運が良かったな? お前は身分を剥がされて、今やただの庶民だが、ボサツ家からは、危害を加えるなとお達しが出ているんだ。俺たち帝国鎮守軍の気が変わらぬうちに、この屋敷から出て行くことをお勧めするぜ?」

 きーひひっ! と騎士とは思えぬほどの卑下た不気味な声で笑い、さらにはローズマリーが悪寒を覚えるような目つきでその騎士はローズマリーの身体を舐めまわすかのようにジロジロと服の上から身体を凝視するのであった。

(ちっ……。エヌル=ボサツめ。夫人やその娘に手を出すのであれば、どうなるかわかっているな? と念を押しやがって。まあ、良い。俺も貧相な身体の小娘を抱く趣味は持ち合わせていないからな……)

 偉丈夫な騎士はローズマリーの顎から右手を離す。そして外套マントをひるがえし、オルタンシア=オベールたちが集まる執務室を後にするのであった。彼の背中には恨みつらみが籠った数々の視線が送られるが、彼は意にも介せず、屋敷の敷地内から出て行く。

「許さないっ……。パパを陥れた宰相:ツナ=ヨッシーもだけど、あの薄気味悪く笑うあのモル=アキスって騎士には必ず報復してやるっ……」

 ローズマリーはこの時、産まれて初めて、ニンゲンを心の底から憎むことを経験したのであった……。
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