薔薇の令嬢と守護騎士の福音歌(ゴスペル)

ももちく

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第2章:オベール家の窮地

9:感謝

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――ポメラニア帝国歴257年 6月6日 火の国:イズモにて――

 この日は梅雨時の火の国:イズモにしては珍しいほどに晴れ渡った日であった。クロード=サインたちを載せた幌付き馬車はようやくオベール家の面々が集う一軒家と到着することになる。

「クロっ! クローーー!」

「待たせてごめんなっ、ロージー! ハジュンさまとは話をつけてきたからっ! オルタンシアさまのことならなんとかなるからっ!」

 ローズマリーは母親の心配よりもクロードが無事に戻ってきてくれたことのほうが嬉しかった。ローズマリーは蒼穹の双眸から大粒の涙をボロボロと流しながら必死にクロードにしがみつく。その姿は二度と自分を置いていってはいけないと言っているかのようにも見えた。

「あァ。ローズマリー=オベール殿。感動の再会は良いんだけどォ。あんたさんの母親の体調が良くないって聞いてさァ? やることをやったあとにいちゃついてくれたほうが良くないかなァ?」

「ガハハッ! セイ=ゲンドーよ。せめてローズマリー殿の涙がひっこむまで待ってやるのでもうす。ヤオヨロズ=ゴッドも気を利かせてくれるのでもうすよ?」

 セイ=ゲンドーはやれやれと思いながら、頭を右手でポリポリと掻く。まあ、若い男女の邪魔をすれば、馬に蹴られるとも言われているし、こちらはこちらで自分の出来ることをやっておきますかァとばかりに、付いてきた兵士たちに荷馬車の荷台に藁で簡易的な寝台を作るように指示を飛ばすのであった。

 セイ=ゲンドーたちが作業をしている間に、ロージーと同じく、一軒家から外に出て来ていたチワ=ワコールにクロードは大神殿がある街で起きた出来事を報告するのであった。

「なるほど……。直接はハジュンさまのお屋敷でオルタンシアさまをかくまうことは難しいので、ハジュンさまの部下にあたるセイ=ゲンドーさまの屋敷で養生するわけですね?」

「そうだよォ? チワ殿は飲み込むが早くて助かるねェ? おじさん、下っ端も下っ端だから、もし宰相が何かハジュンさまに嫌疑をかけてきても、おじさんならいつでもトカゲのしっぽ切りのように切り捨てできるからねェ?」

 セイ=ゲンドーが朗らかに笑いながら、そう言いのける。ローズマリーは、そんなのセイさまに迷惑がかかるじゃないですかっ! と言うが、セイ=ゲンドーは、まあまあ、良いじゃないのォ。おじさん、人助けは大好きだからァと実に簡単に言い切るのであった。

 ローズマリーはそんなセイ=ゲンドーに何度も頭を下げて、ママを頼みますと言うのであった。

「いやあ、若い女性に感謝されるだけで、おじさん、役得だよォ。おじさんのいちもつがビキビキッてなりそうなんだよォ」

 あくまでも朗らかにセイ=ゲンドーは言うのだが、ローズマリーは、はあ!? という訝し気な顔つきになり、このひとに任せて良いのかと不安になる。

「ガハハッ! ローズマリー殿。あまり、こいつの言うことは気にしないほうが良いのでもうす。こいつなりの気遣いなのでもうす。まあ、下ネタを交えてくる最悪な奴でもうすが、根は真面目なのでもうすよ?」

「本当かしら……。もし、ママに変なことをしたら、わたしがただではおかないからねっ!」

「あらあらァ。おじさん、どうやら、ローズマリー殿に嫌われちゃったみたいだよォ。口はわざわいの元とはこういうことを言うんだろうねェ。はははァ!」

 どうにも掴み切れないセイ=ゲンドーの性格にローズマリーはなんとも言い難い気分になる。だが、このひとがママを救ってくれるのは確かである。ローズマリーはもう一度、頭を下げて、セイ=ゲンドーに礼を言うのであった。

 かくして、一軒家の寝室にて休んでいたオルタンシアを皆で注意深く幌付き馬車の荷台に運び出す。オルタンシアは運び出されている最中もずっとゴホゴホッと咳をつき続けていた。

「ママ……。セイさまの屋敷でゆっくり養生してね?」

「ゴホゴホッ。すまないわね、ロージー……。でも、チワも一緒に私についてきて良いの?」

「うん……。セイさまがママに何か変なことをしないように監視してもらう意味も込めて、チワさんも連れていって。こっちはクロと2人でどうにか頑張るからっ!」

 オルタンシアは心配そうな顔つきでロージーを見る。だが、ロージーは背筋をピンと伸ばし、気丈に振る舞っている。母親としてはそんな娘を見ていると余計に心配になってくるものだ。

 だが、そんなロージーの横には、娘の左手をしっかりと握っている娘の想い人が立っていた。

「そうね。あなたにはクロードくんが居るものね……。クロードくん。娘のロージーのことは任せましたわよ? 決して、ロージーを悲しませるようなことをしないでくださいね?」

「はい、わかっています! ロージーのことは俺の身に代えてでも護ってみせます! だから、オルタンシアさまは早く元気になってください!」

 クロードが毅然とした態度で、そうオルタンシアに宣言するのであった。そこが心配なのに……と思うオルタンシアではあるがそれ以上は何も言わずにおいたのであった。

「ローズマリーさま。そして、クロード。わたくしはオルタンシアさまと共にセイさまの屋敷で世話になってくる。時折、手紙を書くゆえ、そちらも手紙を送ってほしい」

「はい。チワさん。ロージーのことは任せてください。その代わりオルタンシアさまのことを任せました。手紙は月に一度は送るので安心してください!」

 チワ=ワコールとしては、本当に安心して良いのか? 愛し合う若い男女を町から少し離れた一軒家に住ませておいて良いのか? もし、『誓約』を破るようなことに発展したら……と思うところはやまほどあるが、クロードならヌレバの手によって培われた鉄の自制心でなんとかするでしょうと考え直すに至る。

 まあ、年頃の男女が『結婚するまで清い仲でいなければならない』なんて、酷な『制約』を結んでしまう迂闊さにはチワ=ワコールとしては、少なからず同情する部分もあったりするのだが……。

 チワ=ワコールは色々と考えることがあったが、あとのことは2人に任せよう。どちらももう立派な大人なのだしと思う。そして、2人にペコリと頭を下げた後、幌付き馬車の荷台に乗り込む。

「では、出発進行なんだよォ」

 セイ=ゲンドーのその言葉を合図に幌付き馬車はゴトンゴトンと揺れながら、大神殿のあるオダニの街に戻っていくことになる。

 ハジュン=ド・レイの計らいで、オルタンシア=オベールのことは何とかなりそうであった。これから先、ローズマリー=オベールとクロード=サインは本当の意味で2人で力を合わせて生きていかねばならなかった。
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