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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
27 不安の的中
しおりを挟む沼地の館での争いを語られた召使い長は眉を潜める。
「それが唱喝の詩人との戦闘のすべて。……死なぬ体、と。幾らか眉唾ものではありますが」
「そう思うのは勝手だ。……ただ、アイツは神に異能をもらっている。何をしでかすか分からない男だよ」
不安な理由は、難題を押し付けてもそれら全てを解決してきたこと。
だからこそ、今の彼もそれらを解決すべく動いているんじゃないか、と。
モスカの予想をはるかに超える動きをして…………どこかで逆襲をしてくるんじゃないか、と。
「神から授かった能力とは、人智を超えると。たしか、彼は神殿の子でしたか」
「神殿の子はその化け物兄妹の呼称だ。アイツみたいな奴があと4人もいるのが恐ろしい」
「勇者様ならばその者たち相手が全員敵となっても有利に戦えるでしょう。なにより、ディエス・エレは全盛期の動きができない上に……所詮は選ばれなかった者。選ばれた者に敵う訳がありません」
会話中に淹れた紅茶を、ぐび、と飲み干し、口を拭う。
「敵になれば、全員殺してやるさ。オレに敵う奴はいない」
「それでこそ、勇者様です」
勇者の選定の日は、この大陸においても最も注目を集める日の一つだった。
その時、その時の有力株については皆も知っている。神殿の子、三英雄、塔の賢者、大司教など。それらを押しのけ、モスカは選ばれた。まさか、自分が選ばれるとは思っても見なかった。
だが、選ばれたということは、一番、見込みがあるということ。
一番、才能があり、魔王を倒すのに最適だったということだ。
只人ではなく、魔族でもない。神が──この世界を創り上げた神が、そう言っているのだ。
「そうだ。……そうだった。オレは、神に選ばれたんだ。アイツとは違う」
──コンコンコンッ。
「失礼してもよろしいでしょうか」
「なんだ? また使えない仲間候補でも連れてきたのか?」
扉のノック音に応えると、召使いが顔をのぞかせてきた。
「召使い長にあって話がしたいという者が……」
「わたし、ですか?」
モスカに視線を飛ばすと、小さく頷いた。
失礼します、と召使い長は退室。がらんとした空間に一人だけとなった。
「…………ふぅ」
静かな部屋では、兵士たちの木剣の打ち合う音が微かに聞こえてくる。
机の上に積み重なっている勇者一党の仲間に入りたいと自己推薦をしてきた者たちの書類。
見る価値もない、時間の無駄だ。王都に名高い兵が居る訳もない。
魔族との戦闘は主に敵の縄張りに立ち入っての侵攻戦か、街や村に襲撃してきたのを撃退する防衛戦に分けられる。この二つでも多いのが侵攻戦だ。
となると、王国軍や傭兵などの防衛向きな者たちよりも、冒険者などの自ら迷宮に赴くような冒険野郎の方が一党の方向性として合っている。
一部、傭兵を募った勇者も昔はいたらしいが、モスカが選ばれているということは望んだ結果を得られなかったのだろう。
だからこそ、冒険者で名を挙げている者を仲間に引き入れたいというのに。
「……王都にいるのは雑魚ばかり」
ディエス・エレを追放した。これで蒼銀等級の冒険者を引き入れることは実質不可能になった。
となると、その下位の翠金等級になる。そのためには東に出ていかなければならない。
「目指すべきは、大陸の南部の行商の街、麗水の海港」
ディエス・エレの生まれ故郷である元、共和国。やはり強き者を仲間にするためには東に行く必要がある。
積まれた紙をゴミに捨て、目的地を再確認したところ……城内がざわついているのに気づく。
「……? なにがあった?」
扉に近づくと、側面部の窓にとまっていた黒鳥を見つけた。
その嘴には手紙。それも、ルートスの使っている封蝋のものだ。
「ルートスから……」
黒鳥の嘴から手紙を受け取り、中を開けて見る。
そして中に書かれている文字を目で追っていき──
「これは……っ」
──顔が青ざめていく
「失礼します! 勇者様!!」
ノックせず慌ただしく入ってきた召使い長を振り返ると、彼女も先程とは顔色が変わっていて。
「ディエス・エレに送っていた涸沢が全滅したとの報告が!」
重力が重くなった感覚と糸が切れたような感覚が同時に襲い、モスカは咄嗟に窓に体を預けた。
息は吸えるというのに、頭から酸素が無くなったようにクラクラする。
「また、その件で国王が勇者様、と……?」
召使い長はモスカの震える手で持たれている手紙をみやった。
「……その手紙は……」
モスカは髪の毛を掻く手が段々と早くなっていく。
「…………ルートスから。やっぱり、そうだった……!!」
実際のところ、モスカの不安は的中していたとも言える。
「帰国してから国王が宴なんぞ開くから足止めを食らった!! ルートスだけでも早くっ、塔に向かわせるんだった……ッ!!!」
黒鳥によって運ばれてきたルートスからの手紙にかかれていた内容はこうだった。
『──勇者の旅の記録が何者かによって書き写された形跡があり──』
正しい歴史の外部持ち出しが認められた、と。
それは事実上、モスカの計画の一部失敗を意味していた。
エレの魔族討伐の件や、その他の情報が世間に流布してしまえば……
ディエス・エレを完全に悪役にすることが不可能に近くなってしまう。
「……アイツの関係者に違いない……!! 必ず、探して殺さなければ……」
焦りと怒りに狂うモスカの拳からは血が滴り落ちていた。
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