英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

38 情け

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 白かったはずの包帯は開いた傷口によって色付けされ、それらに吸い取られなかった水分はしずくとなって地面に滴り落ちていた。

「今更だろうって」

 だが、オレにとってはこれが日常だ。
 それに情けをかけられるなんて、死ぬよりも恥ずかしいことだ。

「かかってこいよ……! 言っただろ、腕試しだって……!!」

「そこまで体が弱っているならば測れるものも測れない。全力を出せない腕試しなんぞ、ただのお遊戯でしょう」

「……ホントに止めるのか?」

 肩を竦めてかかってこいと言えども動じない。本気で止めるみたいだ。

「いいのか、オレを殺したら白金貨10枚らしいぞ」
 
「金には困っていませんので。それに英雄の不死者を殺して白金貨は安すぎる。戦うとしてももっと高くなってから戦いたいものです」

「ただの職員に負けそうになってるやつだ。すぐにおっ死ぬじまうかもしれんぞ?」

「殺意のない戦い方を披露して、何を仰いますか。それにこの王国で私より強い只人はいませんよ」

 冗談を言っているようではない。
 まぁ、これが冗談だったら困るんだが。

「まぁ、アンタ並の奴がごろごろいたらたまったもんじゃない」

 男が路地裏に差し掛かったのを見て、冷ややかな地面に腰掛けた。
 妙に疲れが出たな。包帯も巻き直さないとダメだ。服も新調せねば。
 予定の時間までに間に合うか……コレ。

「……そういえば、何を賭けていたんですか?」

「教えてやんねぇよ。大したもんじゃあない」

 寒空を見上げながら大きく呼吸をした。疲れた体に冷えた空気は居心地の良い温度。
 頭も体も冷えていくと、男は前髪で表情を隠しながらつぶやくように言い放った。

「──『己に嘘を吐けば、身も術も鈍る』」
 
「?」

「コレは昔からの言い草です。自分に正直に生きる。そうすることで人は輝きを取り戻し、鋭さが増す。貴方は自分に嘘を吐き続けているようだ」

「知ったような口を効くかね。出会ってまだ少しだろうがよ」

「剣を交じ合えば分かるものも多く、と。戦う時の貴方の顔は真剣そのものでした。大人のフリが得意らしい──今回は引き分けってことにしておきましょう。では、また会える時をお待ちにしていますよ」

 男は路地裏に消えていった。
 言われっぱなしだが、見た目が父親に瓜二つということもあって、上から色々言われてもすんなり入ってくるのが腹が立つ。
 
「大人のフリが上手いって……まぁ、ちょっと前まではガキだったからな」

 もう一度、ぐあ、と口を空けて空気を取り込んだ。
 肺が硬いのか、肋骨がまだ歪んでいるのか、思ったより空気を吸えない。
 そんな体のちょっとした不調が不快感に姿を変えて、自分の体が全盛期ではないことを改めて教えてくれる。
 
 ──コイツを倒せないと英雄なんて到底無理だろう。

「微妙な感じにしやがって」

 踏ん切りがつくと思っていたのに、線が遠のいていく。

「…………まだ、こんな体のオレに期待をさせるつもりかよ」

 
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