英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

66 大英雄への一歩

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 無音の絶叫が迸る。

「なんで、お前がそれを……?」

「入用かと思ってさ。神殿の叙事保管用に書き写したの。自分用と、保管用で。大変だったんだからね~?」

「自分用って……いいのですか? その、規約などは」

「いけない訳がない。正しい歴史を公表されて都合が悪い国なんて、ボクは嫌だね。もっとも! 兄が紡いだ武勲を妹が見なくてどうするんだって話だよ」

 塔。秩序の神殿。

 それらには、この国が建てられた時の叙事が記されている。どのような英雄が生まれ、生きて、どのような最期を遂げたか。それだけではない。各街の成り立ちも全て、記されている。
 ルートスのモノも旅の記録のすべてが終わってから、秩序の神殿に移される予定だったと聞く。
 それの移動用をオーレが任命されたということか……? いや、この雰囲気は塔は絡んでなさそう。

 ──まさか、単独でやったのか? 

 偶然にしてはできすぎている。

「……誰に依頼された」

「え? いや、塔にお客さんがやって来てさ。勇者一党の旅が終わったって聞いて。そこからやってたんだ。だってほら! 今までの勇者一党の旅も全部保管してたから、必要だろうって。神殿は実家だし。まぁ、実は外の空気を吸いたかったって言うのもあったんだけど……ハハ」

「…………」

 照れくさそうに笑うオーレの向かい側で、キラリと蜜柑色の星が生まれた。

「オーレ!」

「わっ!?」

「それをオーレが持っているということは、あの、その、エレのスゴイ話聞けル!?」

 飛びかかったアレッタはオーレを押し倒し、期待に目を輝かせた。

「う、うんアレッタちゃんの知らないハナシもしてあげよう! どうせ目的地まではしばらくかかるんだし……」

「ホント!? ヤッタ――」

「おい、アレッタ。妹を襲うな」

「くぅん……」

 首根っこを掴まれた犬のように大人しくなったアレッタを端に放る。
 
 誰かに間接的に依頼されたという感じか。
 この感じ、現状をあまり分かっていない気がする。
 モスカ辺りが全力で止めにかかってそうだが……。

「よく無事だったな。オレがあの国王なら、間違いなくお前を狙ってる」

「襲撃にはあったよ? でも、その話をしてくれた人達が強くて。あ、あれ王国の人達だったの……?」

 身なりを整えながら当然のように言ったオーレに近寄って手を握った。どこにも傷などはない。無理をしているような箇所は見当たらない。

「お兄ちゃん……?」

「……大丈夫なのか?」

「う、うん……心配、してくれてありがとう」

 オーレは、くす、と笑う。

「──オーレ。エレ、ワタシの」

 ヌッと現れたアレッタはオーレをじろと睨み。

「オーレ。やっぱり、エレのこと――」

「わー!! わー!!!」

 今度はオーレがアレッタを押し倒して、何やら小声でやり取りをしている。女同士の秘密の会議を終えると、アレッタはオーレの分の牛串まで頬張り出した。

「……すまんな。多分、オレのせいで巻き込んだみたいだ」

「いやいや! そんな、気にしないで。私が純粋にお兄ちゃんの旅路を知りたかっただけなんだ。だから、謝らないでほしい……な」

「そうか。なら謝らない」

「オ? そう言われるとなんか謝って欲しい気がしてきたぞ?」

 じぃと見上げるオーレに視線を逸らす。
 とまぁ、冗談だ。今回の件はオーレに誰かが情報を持ち込んだのがきっかけだな。

 依頼主を特定する必要があるな。
 オーレをこの件に巻き込みやがった奴とは一度、しっかりと話をしておかなければならない。

「あのぉ、オーレさん? その王国の人達を退けた強い護衛さん達は一体?」

「あ。なんて言ってたっけ……で、で、で? デアマリアとかなんとか」

六卿帝ディアマリア!?」

 マルコの大きな声にアレッタは驚いて咽てしまった。

「また、これは……色々と凄いことになって来ましたよ!! エレさん! 凄いですよ!! やっぱり、エレさんと一緒にいたら色々と楽しいことが──」

「あー……悪い、前を向いて馬を走らせてくれ」

 興奮したマルコを宥め、オーレを向き直す。

 六卿帝となると、その後ろに依頼した誰かがいる。六卿帝がオレに意図的に関わろうとするわけも無い。
 なにより、膨大な量の書き写しを遂行するためには数ヶ月は必要だ。俺たちが魔王領から帰国する期間を考えると情報を得る速度が尋常ではない。
 …………六卿帝ディアマリアに依頼ができて、情報をいち早く掴むことのできる人物。

「…………」

「お兄ちゃん?」

「……いや。なんでもない。が、六卿帝がオーレの護衛をしてるなら、ここにいるのは不味いんじゃないのか?」

「それは大丈夫。ちゃんと話は通してるから」

「……っても六卿帝に仕事を頼むだけでも信じられない額が動くんだぞ。……クラン名は?」

「そのクラン名は……えぇっと、森閑砦ミュルクウィズって」

「森閑砦……は、アイツか……」

 かなり絞られてきた。

 森閑砦は唯一と言っていいほど、オレと親交があるクランだ。ヴァンドのクランはアイツと一党を組んでた時期があるから、自ずと知り合いばかりだが、個人的な付き合いで親交があるのは森閑砦くらい。

 そして……その情報を知っているのは限られてくる。

 賢者ししょうが依頼を出した……ってのは、考えすぎか。
 生存しているかすらも分からないんだ。こればかりは偶然に偶然が重なっただけだろう。
 いくらか絞れたが、特定までには至れない。が、ここまでしたんだ。いつかはオレの前に現れるだろう。

「でしたら、これから襲撃などはあると見たほうが良いですかね?」

「いや、下手に手を出してくるのはもう無いだろう。勇者で殺せなかったんだ。出してくるとしたら王国の切り札くらい……だが、ここでそれを切るほど、この国の長は馬鹿じゃない」

「だから、麗水の海港につくまではゆっくりとエレのお話ができるよ!」

「ヤッター!」「とても嬉しいですよ!! ほんとに!!」

「オイオイ……頼むから、変なことだけは言うなよ」

「変なことなんてない。お兄ちゃんのカッコいい姿を語るだけさ! たくさん広めていくからね~!」

 やる気に満ちた妹の顔に目が奪われた。

「……」

 過去の自信のなさそうで、桃髪の姉の後ろを歩いてばかりだった時の姿を重ねる。

(……もう、護られるだけの妹じゃないか)

 オレは諸手を挙げて降参をした。

「分かった。大英雄になるために、オーレの力を貸してほしい」

「うん!! ボク、頑張るよ! お兄ちゃんは後ろのことは何も心配せずに武勲を打ち立ててくれたらいいから!」

 胸を高々と張り、双丘が魔法使いのローブを押し上げる。アレッタはそちらを恨めしそうに睨みつけた。

「マルコのおっちゃんも。この件に関わってくれたんだ。残りの余生を楽しむことくらいは約束しよう」

「勿体ないお言葉です」

「じゃあ、よろしくたの――」

「アレッタは!?」

 両手に牛串を持っているアレッタは叫んだ。視界に入ってきて、鼻が当たるほどに近づく。

「……アレッタは」

「ウンウン!」

「同伴者として、旅を盛り上げてくれたらと思ってる」

「ウン! 任せられタ……って、ナンデーーーー!!!!?」

「冗句だ。アレッタもオレのために怒ってくれたらしいな。人のために怒れるってのは才能だ」

 涙目のアレッタの口元はもごまごと不満が溜まる。

「なんだ、不満か?」

「ウレシイ、けど……まだ、どうはんしゃっていう、意味わかんないヤツなの? イヤなんですガ」

「まだ、な。仲間にしないとは言ってない。俺が安心して背中を任せられると判断したら仲間にする。実力はあるみたいだしな。期待してるぞ」

 キュゥゥと顔が真っ赤になるアレッタはすごい勢いで頷いて、いつもの元気を取り戻した。

「う、ん。ウン! できル! 余裕ダ!!」

「なら、任せた」

 そして、オーレへ目配せをする。その合図を受け取ったオーレは、すぅ、と息を吸い込んだ。

「さぁさぁ、皆さん! 今日は素晴らしい日です!
 将来は三英雄を超え、大英雄になる者の物語は今、ここからはじまるのです!」

「いいぞー! オーレさん!」

「アレッタも行ってこい。オレから聞けない話が聞けるぞ?」

「ウン! オーレ! イイゾー! エレの話聞かせろー!」

 その背中を見つめて、誰にも見えない場所で笑みを浮かべた。

「……オレは三英雄あのひとらを超える。そのためには、足りないことばかりだ」

 小さな呟きは誰の耳にも入らない。

 英雄になることを諦めていた時から、体は何も変わってはいない。
 だが、あの時よりも格段に違うものはある。
 
 ──瞳に宿る光は生命力に準ずる。

「勇者に選ばれなかったことを誉に思えるほど名をあげる。……まだ、その途中だ」



 エレの瞳には──英雄が惚れ込むほどの輝きが宿っていた。



「じゃあまずは『不壊こわれずの鉾』の詩から始めようか! 
 カネは受け取りませんよ! はい、お手を拝借! 
 あ、でも手綱はしっかり握ったまま。
 馬さんも耳にそばだててくださいねー」

 マルコはエレの生態を調べている学者のように活き活きとオーレの話を聞き、アレッタはマルコから貰った牛串をおかずにしながら楽しそうに話を聞いていた。



 第一章:大英雄の産声ルクス・ゲネシス──終
   
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