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3-2 残穢足枷編:彼女の幸せは
149 あまい
しおりを挟むクラディスが子どもたちと玉遊びに行ったのを見送った少女は、無言で立ったまま動かなかった。
主が立っているのに私が座るのはダメだと思っているのだろうか、真意は分からないがケトスがそれに気づいて声をかけた。
「……座んないの?」
「……」
「え、返事かえしてくれないの」
「……座りません」
「そっかー」
子どもたちとクラディスが遊んでる傍ら、ベンチの二人は重々しい雰囲気になっている。
ケトスはその雰囲気を楽しんでいるのか、笑って頭の後ろで手を組んだ。
「ねぇ」
「……なに」
「クラディスの料理美味しいでしょ」
「……分からない」
「そーなんだ、もったいないね。なんで分からないの?」
「味覚……というのを久しく感じていない」
「奴隷っていうのも大変なんだねぇ」
「……お前は、あるじの何だ」
「何……って、お友達かな?」
「……そうか」
食い気味で聞いてきたと思うと素っ気ない返事を返してきて、イマイチどういう感情なのか分からない。
そこでケトスは会った時から気になっていたことを聞いてみることにした。
「ピリピリしてるね、君。その敵意は隠してるつもりなの?」
ケトスの問いかけに無言を返した。少女の反応を肯定ととって話を進める。
「僕にも、クラディスにもあててる。彼もわかってると思うよ」
その気が粛々と収まって行ったのを感じた。少女に向けていた視線を外し、クラディスに向けた。
こちらの様子を気にせずに、骨折をしているクラディスが自分よりも小さい十歳も行かないような少年少女たちとボールを追いかけている。走りにくそうにしているが、楽しそうだ。
それを見ているケトスの目が笑った。
「ま、そんな怖い顔をしなくてもいいんじゃない? クラディスはそんなこと望んでないでしょ、彼は魔物にも情けをかけるお人好しだからね。……で、結局座んないの?」
「わたしは、あるじの奴隷……許可がないと座らない」
「律儀だね。まぁ、それならそれでいいや。僕は寝るから」
またも無言で返される。
それに対して何もアクションを起こさず、外してたメガネを頭まで上げて目を瞑った。
ケトスから寝息が聞こえて来るのを背中で感じ、自分の主の姿を帽子の下で見つめる。
骨折している体であるというのに、無邪気に子どもと遊び、バランスを崩し転けそうになりながらもボールを追いかけてる姿を見て、下唇を噛んだ。
「……わたしは……なにをしてるんだ……」
手を強く握り、肩で息をした。
その言葉が聞こえてる者はいない、誰にあてたモノでもない自分に対しての啓発のような言葉。
少しばかり顔が険しくなったが、直ぐに普段のポーカーフェイスに戻った。
少女はクラディスがこちらに帰ってくるまで、ただ立っているだけだった。
◇◇◇
ケトス達から離れて、子どもたちとサッカーみたいなのをし始めてから数十分後、昼が来たから一旦解散すると少年に言われたので二人のところに戻った。
「え、もしかしてずっと立ちっぱなしだった……?」
立ってこちらを見つめていたので聞いてみたら頷いたので、焦って座るように促した。
僕が言わないと座らないのか……。今度からはちゃんと「座って待ってて」とか、待ってる方法を言っておかないといけないな。
その後ろでスゥスゥと気持ちよさそうに寝ているケトスを見て、二人の間に特に何も無かったんだなと思って安心した。
「そうだ。僕らもお昼休憩にしよう! お弁当作ってきたんだ」
お昼は外でゆっくりお弁当を食べようと思っていたから、事前に作ってきておいた。
それこそ大したものは無いが、いろんな具を挟んだサンドイッチとお茶、それとクッキーを作っておいた。形はこだわらなかったけどチョコクッキーと普通のクッキーを9つずつ、食後にでも食べるかと思って簡単に作っていた。
昨日買った簡易的な収納袋から取り出して、目の前にお弁当を広げた。
見たことがないような顔で困惑していたけど、自分で一つ食べてみて「美味しいから食べてみて」と言うと食べてくれた。
「……美味しいです」
「……今朝も思ったんだけど、もしかして味分かってない……?」
「えっ、いや、その……なんで……それを」
「アハハ、やっぱり。それ、辛いのが好きなケトス用に作ったヤツなの。他のよりマスタードが沢山入ってるんだ。味が感じれないなら無理に美味しいって言わなくていいよ。味がわかるようになったらいっぱい美味しいの食べさせるからさ」
「すみません……」
「気にしない気にしない。ゆっくりしてけばいいさ」
その後、寝ていたケトスを起こして会話をしながら食べて行った。
ケトスはケトスで相変わらず「美味しい」とか「お店より美味しい」と言ってくれる。照れくさいから静かに食べてもらった。
それなりに量があったサンドイッチを食べ終わると、普通のクッキーとチョコクッキーを3つずつ配った。
「わぁ、お菓子だ」
「美味しいかどうかは味見できなかったけど、多分不味くはないとは思う。分量は守ったけど、もしかすると甘すぎるかも」
ケトスが一つ口にして「サクサクしてるし、程よい甘みがある」とレポーターみたいなことを言ってくれたので安心した。
僕も食べていると、少女が食べずに座ったままのに気付いた。
味が分からないようだし、何かよく分からないものを口に含んで腹を満たすのに抵抗があるのかな?
「お腹いっぱい?」
「……はい」
「食べれないなら無理に食べなくてもいいけど、1つは食べてみて欲しいな。残ったらケトスが全部食べてくれるとは思うけど、ケトスに二人分食べさすために作ってきたんじゃないからね、君にも食べて見て欲しいから作ったんだ」
「それなら……、わかりました」
クッキーに手を伸ばして、一口かじるとサクッと言う心地の良い音が響いた。
すると、さっきまでの光が点ってない目がパァァァっと輝いて、驚いた様子で2口、3口と口に運んで行った。
その様子を見て僕とケトスは一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにニヤッと笑いあった。
パクパクと1つのクッキーを食べ切ると、こちらの方をチラッと見て来た。
「も、もう1つ……食べていいですか?」
「1つと言わずその残り5つ全部食べていいからね。それ全部、君が食べるやつ」
「わ、わかりました。では……」
そこから口に運ぶ手は止まず、次々に残りのクッキーを食べていく姿を見て僕は胸をなで下ろした。
無表情な子の顔を動かしたんだから、甘い物って凄いパワーを持ってるよなぁ……。
こちらの目に気づいていないのか最後のクッキーを美味しそうに食べる少女を見て、僕は昨日から悩んでいた名前をピンっと思いついた。
お菓子、甘い物……甘露……。あまい、カン……、あ。
「ね、アンって名前はどうかな」
「……わたしの名前ですか?」
「アン? なんで?」
「色々と理由はあるんだけど、初めて反応してくれた味覚とか、雰囲気とかが合うと思って!」
アン――ANN。
甘いの「ア」と甘の「ン」っていう安直な名前だけど、アンって名前は我ながら少女にもあってると思う。
「アン……か、いいんじゃない?」
「それでいい? 嫌ならまた考えるけど」
「い、いえっ! あるじからの授かった名前です。是非、それで、お願いします」
「クラディスのラストネームがアルジェントだから……アン・アルジェントになるのかな?」
「そ、そんな。あるじのラストネームを貰う訳には……」
「アハハ、それはおいおいかな。とりあえずファーストネームだけで、これで呼びやすくなった!」
名前が決まったことで、僕はベンチから飛び起きてアンの手を握った。
「じゃあ、アンとケトスに僕が前から行きたかった場所に案内するよ」
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