4 / 112
仮面の下の涙
しおりを挟む
今夜の仮面舞踏会は何かが変わると予感していた。
直感には素直に従う性質だ。
だからマーレイはいつもとは違ったドレスを選んだ。
いつもは瞳と同じ濃い紫色を身につけるのだが、今夜は純白だ。
裾にかすみ草を織り込んだ繊細なレースを配し、大きなリボンが背中で揺れる、何重にも重なったレースがゴージャスな、可愛らしいデザインだ。
マーレイのいつもの印象とは正反対。
あのバルモアも躊躇し、一瞬、喉仏を上下させた。
普段マーレイが紫色のドレスを身につけるのは、それが自身に一番似合う色だから。それ以外に理由はない。
デビューしたての若い令嬢のように、リボンやフリル、レースをこれでもかと飾りつけたものではなく、肩にかすみ草を図案化した透かし模様が入っただけのシンプルさは、流行に囚われることのない意思の強さの表れ。
あまり化粧をしなくても、きつめのくっきりした顔立ちから派手に見られる。
曽祖母が王族出身の高貴な血を引くという自尊心に加えて、伯爵家令嬢である立場が、彼女の殻をさらに固める。
「うっ……うう……どうして私ってこんなに可愛くないのかしら……」
マーレイは仮面を外すと、零れ落ちる涙をハンカチーフで拭った。たちまち布地はぐっしょりと湿って重みが増す。
ヴィンセント家の紋章であるかすみ草が刺繍された、お気に入りのハンカチーフだったのに。
別にバルモアに失恋して悲しいわけではない。
あんな浮気性な男、こちらから願い下げだ。
悲しいのは、誰に対してもツンツンした態度をとってしまう自分の性格。
男遊びが激しいなどと、根も葉もない噂に傷つかないわけがない。
見た目がそれを覆し、さらに立場がそれに拍車をかける。
本来の自分は、誰かの言葉一つで動揺してしまうほど繊細なのに。
「酷いわ……私は男性と手すら握ったことなんてないのに」
フローレンスの方がマーレイの何十歩も先を行っている。
マーレイは彼女のように、ベタベタと馴れ馴れしく男性の体に触れるなんて出来ない。ましてや、媚びて、相手の胸元に寄りかかるなど。
バルモアはマーレイの前に立つたびにビクビクして、手を繋ぐ段階にすらならなかったし。
このような状態で婚姻したとしても、子作りなんて出来るわけがない。
「いづれは破綻していたわ。まだ正式に婚姻する前でなかっただけ、マシだわ」
鼻を啜りながら、マーレイは自身を慰めた。
そもそも、こんな自分を嫁にしたいなんて物好きがいるだろうか。
婚期を逃した女は、親兄弟に養われ、厄介者扱いで、肩身の狭い思いを抱えて一生を過ごすことが定例だ。
身分が邪魔をして、職業夫人の道などない。
マーレイは小さな窓しかない暗い部屋で、兄に嫌味を言われる未来を想像したら、ますます泣けてきた。
直感には素直に従う性質だ。
だからマーレイはいつもとは違ったドレスを選んだ。
いつもは瞳と同じ濃い紫色を身につけるのだが、今夜は純白だ。
裾にかすみ草を織り込んだ繊細なレースを配し、大きなリボンが背中で揺れる、何重にも重なったレースがゴージャスな、可愛らしいデザインだ。
マーレイのいつもの印象とは正反対。
あのバルモアも躊躇し、一瞬、喉仏を上下させた。
普段マーレイが紫色のドレスを身につけるのは、それが自身に一番似合う色だから。それ以外に理由はない。
デビューしたての若い令嬢のように、リボンやフリル、レースをこれでもかと飾りつけたものではなく、肩にかすみ草を図案化した透かし模様が入っただけのシンプルさは、流行に囚われることのない意思の強さの表れ。
あまり化粧をしなくても、きつめのくっきりした顔立ちから派手に見られる。
曽祖母が王族出身の高貴な血を引くという自尊心に加えて、伯爵家令嬢である立場が、彼女の殻をさらに固める。
「うっ……うう……どうして私ってこんなに可愛くないのかしら……」
マーレイは仮面を外すと、零れ落ちる涙をハンカチーフで拭った。たちまち布地はぐっしょりと湿って重みが増す。
ヴィンセント家の紋章であるかすみ草が刺繍された、お気に入りのハンカチーフだったのに。
別にバルモアに失恋して悲しいわけではない。
あんな浮気性な男、こちらから願い下げだ。
悲しいのは、誰に対してもツンツンした態度をとってしまう自分の性格。
男遊びが激しいなどと、根も葉もない噂に傷つかないわけがない。
見た目がそれを覆し、さらに立場がそれに拍車をかける。
本来の自分は、誰かの言葉一つで動揺してしまうほど繊細なのに。
「酷いわ……私は男性と手すら握ったことなんてないのに」
フローレンスの方がマーレイの何十歩も先を行っている。
マーレイは彼女のように、ベタベタと馴れ馴れしく男性の体に触れるなんて出来ない。ましてや、媚びて、相手の胸元に寄りかかるなど。
バルモアはマーレイの前に立つたびにビクビクして、手を繋ぐ段階にすらならなかったし。
このような状態で婚姻したとしても、子作りなんて出来るわけがない。
「いづれは破綻していたわ。まだ正式に婚姻する前でなかっただけ、マシだわ」
鼻を啜りながら、マーレイは自身を慰めた。
そもそも、こんな自分を嫁にしたいなんて物好きがいるだろうか。
婚期を逃した女は、親兄弟に養われ、厄介者扱いで、肩身の狭い思いを抱えて一生を過ごすことが定例だ。
身分が邪魔をして、職業夫人の道などない。
マーレイは小さな窓しかない暗い部屋で、兄に嫌味を言われる未来を想像したら、ますます泣けてきた。
111
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる