【完結】婚約破棄された悪役令嬢は童貞公爵様の恋愛指南役となる

氷 豹人

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仮面の下の涙

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 今夜の仮面舞踏会は何かが変わると予感していた。
 直感には素直に従う性質たちだ。
 だからマーレイはいつもとは違ったドレスを選んだ。
 いつもは瞳と同じ濃い紫色を身につけるのだが、今夜は純白だ。
 裾にかすみ草を織り込んだ繊細なレースを配し、大きなリボンが背中で揺れる、何重にも重なったレースがゴージャスな、可愛らしいデザインだ。
 マーレイのいつもの印象とは正反対。
 あのバルモアも躊躇し、一瞬、喉仏を上下させた。
 普段マーレイが紫色のドレスを身につけるのは、それが自身に一番似合う色だから。それ以外に理由はない。
 デビューしたての若い令嬢のように、リボンやフリル、レースをこれでもかと飾りつけたものではなく、肩にかすみ草を図案化した透かし模様が入っただけのシンプルさは、流行に囚われることのない意思の強さの表れ。
 あまり化粧をしなくても、きつめのくっきりした顔立ちから派手に見られる。
 曽祖母が王族出身の高貴な血を引くという自尊心に加えて、伯爵家令嬢である立場が、彼女の殻をさらに固める。
「うっ……うう……どうして私ってこんなに可愛くないのかしら……」
 マーレイは仮面を外すと、零れ落ちる涙をハンカチーフで拭った。たちまち布地はぐっしょりと湿って重みが増す。
 ヴィンセント家の紋章であるかすみ草が刺繍された、お気に入りのハンカチーフだったのに。
 別にバルモアに失恋して悲しいわけではない。
 あんな浮気性な男、こちらから願い下げだ。
 悲しいのは、誰に対してもツンツンした態度をとってしまう自分の性格。
 男遊びが激しいなどと、根も葉もない噂に傷つかないわけがない。 
 見た目がそれを覆し、さらに立場がそれに拍車をかける。
 本来の自分は、誰かの言葉一つで動揺してしまうほど繊細なのに。
「酷いわ……私は男性と手すら握ったことなんてないのに」
 フローレンスの方がマーレイの何十歩も先を行っている。
 マーレイは彼女のように、ベタベタと馴れ馴れしく男性の体に触れるなんて出来ない。ましてや、媚びて、相手の胸元に寄りかかるなど。
 バルモアはマーレイの前に立つたびにビクビクして、手を繋ぐ段階にすらならなかったし。
 このような状態で婚姻したとしても、子作りなんて出来るわけがない。
「いづれは破綻していたわ。まだ正式に婚姻する前でなかっただけ、マシだわ」
 鼻を啜りながら、マーレイは自身を慰めた。
 そもそも、こんな自分を嫁にしたいなんて物好きがいるだろうか。
 婚期を逃した女は、親兄弟に養われ、厄介者扱いで、肩身の狭い思いを抱えて一生を過ごすことが定例だ。
 身分が邪魔をして、職業夫人の道などない。
 マーレイは小さな窓しかない暗い部屋で、兄に嫌味を言われる未来を想像したら、ますます泣けてきた。

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