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極秘裏の訪問者
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ヴィンセント伯爵邸の門前に停まった馬車は鹿毛の一頭立てで、黒塗りのラッカーだ。
他所様と比較しても決して見劣りはしない立派なものだが、王家の血を引く者が所有するにはどうも物寂しい。
どこぞの財産持ちの伯爵は、茶色の漆塗りの箱車の三頭立てだと言うのに。
「ま、まあ。一頭立てのありふれた馬車ではなくて? それに紋章も刻印されていない。これはどういうことかしら? 」
ついつい嫌味を口にしてしまう。
こういうところが気位が高いと罵られる所以とはわかってはいるが。
「ヴィンセント伯爵ご令嬢様を、極秘裏にお連れするようにと賜っております」
平然と御者は言ってのけた。
「まあ。一体全体、どういった呼び出しかしら? 」
「それは到着なさいましたら、主人直々に話をいたします」
確かに高貴な者が紋章を晒して淑女のいる屋敷に遣いをやれば、妙な勘繰りを入れられても仕方ない。
紋章のない、商家の主人が使うような体裁の馬車だと、また何やら伯爵に骨董品を売りつけに来たのだろうと、近所の連中はやり過ごすはず。
賢明な判断だ。
「まあ、良いわ。公爵邸は宮殿のすぐそばだったわね」
公爵家所有だけあって、乗り心地は悪くない。むしろ快適。尻には羽毛の詰まったクッションが敷き詰められ、中もかなり広々している。
残り香なのか、仄かな柑橘系の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐった。
「いいえ。おいでいただくのは別宅の方です」
「別宅ですって? 」
御者の言葉にマーレイは目を見開いた。
呼びつけられたのが公爵家の屋敷ではなく別宅であるということは、その目的は一つ。
「もしかして公爵は、この私に愛人になれとでも? 」
「滅相もございません」
御者はピシャリとマーレイの疑りを跳ね除けた。
愛人を所望でなければ、別宅へと招く理由は如何に?
しかし御者は無表情で、知らぬ存ぜぬだ。
マーレイは早々に諦めた。
「そ、そう。まあ良いわ」
レースの扇を開いて、パタパタと顔を仰ぐ。
夜はぐっと冷え込むものの、日中は春と夏の境を行き来して、このところは汗ばむ陽気が続いている。夏の準備に入ったということか。梅雨のじめじめを孕んだ空気も目前だ。
「別宅とはどちら? 」
お気に入りのかすみ草を刺繍したハンカチーフを失くしてしまったのが痛い。
代わりの、ごわごわした好ましくない生地にいらいらしながら、マーレイは汗を脱ぐいつつ問いかけた。
「何だか宮殿からどんどん離れて行くじゃない」
やはり、公爵家の使用人はよく躾けられている。
子憎たらしいくらいに。
あくまで質問に答えるのはシェカール公爵ただ一人ということか。
マーレイは口を引き結ぶと、しきりに額の汗を拭った。
他所様と比較しても決して見劣りはしない立派なものだが、王家の血を引く者が所有するにはどうも物寂しい。
どこぞの財産持ちの伯爵は、茶色の漆塗りの箱車の三頭立てだと言うのに。
「ま、まあ。一頭立てのありふれた馬車ではなくて? それに紋章も刻印されていない。これはどういうことかしら? 」
ついつい嫌味を口にしてしまう。
こういうところが気位が高いと罵られる所以とはわかってはいるが。
「ヴィンセント伯爵ご令嬢様を、極秘裏にお連れするようにと賜っております」
平然と御者は言ってのけた。
「まあ。一体全体、どういった呼び出しかしら? 」
「それは到着なさいましたら、主人直々に話をいたします」
確かに高貴な者が紋章を晒して淑女のいる屋敷に遣いをやれば、妙な勘繰りを入れられても仕方ない。
紋章のない、商家の主人が使うような体裁の馬車だと、また何やら伯爵に骨董品を売りつけに来たのだろうと、近所の連中はやり過ごすはず。
賢明な判断だ。
「まあ、良いわ。公爵邸は宮殿のすぐそばだったわね」
公爵家所有だけあって、乗り心地は悪くない。むしろ快適。尻には羽毛の詰まったクッションが敷き詰められ、中もかなり広々している。
残り香なのか、仄かな柑橘系の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐった。
「いいえ。おいでいただくのは別宅の方です」
「別宅ですって? 」
御者の言葉にマーレイは目を見開いた。
呼びつけられたのが公爵家の屋敷ではなく別宅であるということは、その目的は一つ。
「もしかして公爵は、この私に愛人になれとでも? 」
「滅相もございません」
御者はピシャリとマーレイの疑りを跳ね除けた。
愛人を所望でなければ、別宅へと招く理由は如何に?
しかし御者は無表情で、知らぬ存ぜぬだ。
マーレイは早々に諦めた。
「そ、そう。まあ良いわ」
レースの扇を開いて、パタパタと顔を仰ぐ。
夜はぐっと冷え込むものの、日中は春と夏の境を行き来して、このところは汗ばむ陽気が続いている。夏の準備に入ったということか。梅雨のじめじめを孕んだ空気も目前だ。
「別宅とはどちら? 」
お気に入りのかすみ草を刺繍したハンカチーフを失くしてしまったのが痛い。
代わりの、ごわごわした好ましくない生地にいらいらしながら、マーレイは汗を脱ぐいつつ問いかけた。
「何だか宮殿からどんどん離れて行くじゃない」
やはり、公爵家の使用人はよく躾けられている。
子憎たらしいくらいに。
あくまで質問に答えるのはシェカール公爵ただ一人ということか。
マーレイは口を引き結ぶと、しきりに額の汗を拭った。
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