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理想の女性
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「調べたら、このハンカチのレースはバリー夫人の店しか扱っていない。つまり、財産に余裕ある家だ。刺繍も見事だ。おそらく、相当に躾けられた、裁縫に優れた女性だろう」
彼の推理は寸分の違いもない。
レースは王都で一番のデザイナーから分けてもらった端切れだし、そのバリー夫人はデザインの腕に見合う破格の値をつけることで知られている。彼女は、ほんの一握りの金持ちとしか取引していない。
サーフェスの言葉の通り、伯爵家に相応しい女性にと、昔から躾けられている。礼儀作法はもとより、裁縫、それから読み書きも。どこへ嫁いでも良いようにと、貴族の公用語は勿論、他にも二カ国の言語を習得している。
「まるで推理小説ですわね」
たったハンカチーフ一枚でそこまで深掘りするなど。
「これを見たまえ。寸分の狂いもないかすみ草の刺繍を」
その刺繍は夜会に使うために、特に丁寧に針を刺した。刺繍の出来栄えが思った以上で、大事に扱っていたのに。
「まさしく『かすみ草の淑女』」
たかだかハンカチーフ一枚で、大層な渾名をつけてくれる。
まさか、そのハンカチーフの所有者が目の前にいるとは、露とも思わずに。
あんまりその「かすみ草の淑女」を絶賛してくれるから、このハンカチーフが自分のものであると、言い出せないではないか。
「買い被り過ぎだわ」
マーレイは唇を尖らせ、独りごちた。
「もしや、彼女を知っているのか? 」
空気に溶け込むくらい些細な呟きだったのに、サーフェスはしっかり聞き取れていた。
「今の口調は、彼女を知った上での発言に聞こえる」
鋭い指摘に、マーレイはぎくりと身を強張らせた、
「そ、それは」
「どうなんだ? ヴィンセント伯爵令嬢」
「あ、あの」
「答えたまえ」
猛禽類そのものといった眼光には抗えない。
「……え、ええ」
思わず首を縦に振ってしまっていた。
「そうか! 」
たちまちサーフェスの声が一オクターブ上がる。
「やはり君を呼んで正解だった! 」
すっかり獰猛さはなくなり、飼い猫のような無邪気さが覗く。
「彼女の名前は? 家は? 君とはどういった関係だ? 」
早口で問い詰められても、答えられる余地はない。頭が回らない。
「私のことは何か言っていたか? 私は彼女と客間でワルツを踊ったのだ」
百も承知だ。
当人なのだから。
いつもの紫の華美な装飾のないドレスではなく、純白の可愛らしい飾りがついたドレスにするだけで、別人だと思われてしまうのか。
幾ら仮面をつけていようと。
「す……素敵な方だと」
彼の目が節穴なのか。それともマーレイの姿が変わり過ぎていたのか。
ちっとも気づかないサーフェスに忌々しく思いつつも、何とか的確な言葉を捻った。
「そうか! 素敵な方か! 」
上機嫌で鼻息が荒い。
「彼女の名前は? 」
「あの、その」
「教えてくれ。ヴィンセント伯爵令嬢」
マーレイは脳味噌を捏ねくり回す。
「……ジ、ジゼル」
今、夢中で読んでいる恋愛小説の主人公の名を借りた。
「ジゼル! 何て可愛らしい名前だ! 」
サーフェスは何の疑いもない。
「家柄は? 彼女を見ればわかる。さぞや素晴らしい家柄だろう」
「そ、それは。お付き合いとなると、両家に関わることとなりますので……正式にお二人の関係が纏まりましたら、彼女の口から言いますわ……」
苦し紛れで不自然な言い訳となってしまったが、何故か相手は納得した。
「確かに。付き合って、いづれは結婚となると、家同士の繋がりとなるからな」
恋愛経験ゼロゆえ、懐疑心はない。
マーレイは肝を冷やしつつ、愛想笑いでやり過ごす。
「ジゼル嬢は、年は幾つだ? 」
「は、二十歳」
恋愛小説の主人公の年齢を持ち出した。
「二十歳。若いな。いや、貴族ならこれくらいの年の差は許容範囲内か」
貴族の男性は寄宿学校を卒業すると、長男ならば親から領地管理の方法を学んだり、その他の兄弟なら兄の手助けとなるために共に習ったり、はたまた投資を始めたり、軍隊に所属したり、商売に手を出したりと、仕事を覚えるために日々勤しむ。
ようやく二十代後半から三十代始めで及第点となり婚活を始めるから、女子より適齢期が遅くて当然。世の中の夫婦となる貴族は、ほとんどが年の開きがある。
「ヴィンセント嬢。彼女との結婚式には、是非、君も招待するからな」
「はあ」
まだ付き合う段階でもないのに、もう彼の頭の中で話が飛躍している。
「ヴィンセント嬢。これからも君をこの屋敷に呼ぶから。恋愛について色々と指南を頼む」
断りを入れた場合、たちまちヴィンセント伯爵家はこの世から抹消されてしまう。
「勿論、閨でのあれこれもな」
ニンマリとサーフェスは笑う。
マーレイはうんざりとした溜め息を隠せなかった。
彼の推理は寸分の違いもない。
レースは王都で一番のデザイナーから分けてもらった端切れだし、そのバリー夫人はデザインの腕に見合う破格の値をつけることで知られている。彼女は、ほんの一握りの金持ちとしか取引していない。
サーフェスの言葉の通り、伯爵家に相応しい女性にと、昔から躾けられている。礼儀作法はもとより、裁縫、それから読み書きも。どこへ嫁いでも良いようにと、貴族の公用語は勿論、他にも二カ国の言語を習得している。
「まるで推理小説ですわね」
たったハンカチーフ一枚でそこまで深掘りするなど。
「これを見たまえ。寸分の狂いもないかすみ草の刺繍を」
その刺繍は夜会に使うために、特に丁寧に針を刺した。刺繍の出来栄えが思った以上で、大事に扱っていたのに。
「まさしく『かすみ草の淑女』」
たかだかハンカチーフ一枚で、大層な渾名をつけてくれる。
まさか、そのハンカチーフの所有者が目の前にいるとは、露とも思わずに。
あんまりその「かすみ草の淑女」を絶賛してくれるから、このハンカチーフが自分のものであると、言い出せないではないか。
「買い被り過ぎだわ」
マーレイは唇を尖らせ、独りごちた。
「もしや、彼女を知っているのか? 」
空気に溶け込むくらい些細な呟きだったのに、サーフェスはしっかり聞き取れていた。
「今の口調は、彼女を知った上での発言に聞こえる」
鋭い指摘に、マーレイはぎくりと身を強張らせた、
「そ、それは」
「どうなんだ? ヴィンセント伯爵令嬢」
「あ、あの」
「答えたまえ」
猛禽類そのものといった眼光には抗えない。
「……え、ええ」
思わず首を縦に振ってしまっていた。
「そうか! 」
たちまちサーフェスの声が一オクターブ上がる。
「やはり君を呼んで正解だった! 」
すっかり獰猛さはなくなり、飼い猫のような無邪気さが覗く。
「彼女の名前は? 家は? 君とはどういった関係だ? 」
早口で問い詰められても、答えられる余地はない。頭が回らない。
「私のことは何か言っていたか? 私は彼女と客間でワルツを踊ったのだ」
百も承知だ。
当人なのだから。
いつもの紫の華美な装飾のないドレスではなく、純白の可愛らしい飾りがついたドレスにするだけで、別人だと思われてしまうのか。
幾ら仮面をつけていようと。
「す……素敵な方だと」
彼の目が節穴なのか。それともマーレイの姿が変わり過ぎていたのか。
ちっとも気づかないサーフェスに忌々しく思いつつも、何とか的確な言葉を捻った。
「そうか! 素敵な方か! 」
上機嫌で鼻息が荒い。
「彼女の名前は? 」
「あの、その」
「教えてくれ。ヴィンセント伯爵令嬢」
マーレイは脳味噌を捏ねくり回す。
「……ジ、ジゼル」
今、夢中で読んでいる恋愛小説の主人公の名を借りた。
「ジゼル! 何て可愛らしい名前だ! 」
サーフェスは何の疑いもない。
「家柄は? 彼女を見ればわかる。さぞや素晴らしい家柄だろう」
「そ、それは。お付き合いとなると、両家に関わることとなりますので……正式にお二人の関係が纏まりましたら、彼女の口から言いますわ……」
苦し紛れで不自然な言い訳となってしまったが、何故か相手は納得した。
「確かに。付き合って、いづれは結婚となると、家同士の繋がりとなるからな」
恋愛経験ゼロゆえ、懐疑心はない。
マーレイは肝を冷やしつつ、愛想笑いでやり過ごす。
「ジゼル嬢は、年は幾つだ? 」
「は、二十歳」
恋愛小説の主人公の年齢を持ち出した。
「二十歳。若いな。いや、貴族ならこれくらいの年の差は許容範囲内か」
貴族の男性は寄宿学校を卒業すると、長男ならば親から領地管理の方法を学んだり、その他の兄弟なら兄の手助けとなるために共に習ったり、はたまた投資を始めたり、軍隊に所属したり、商売に手を出したりと、仕事を覚えるために日々勤しむ。
ようやく二十代後半から三十代始めで及第点となり婚活を始めるから、女子より適齢期が遅くて当然。世の中の夫婦となる貴族は、ほとんどが年の開きがある。
「ヴィンセント嬢。彼女との結婚式には、是非、君も招待するからな」
「はあ」
まだ付き合う段階でもないのに、もう彼の頭の中で話が飛躍している。
「ヴィンセント嬢。これからも君をこの屋敷に呼ぶから。恋愛について色々と指南を頼む」
断りを入れた場合、たちまちヴィンセント伯爵家はこの世から抹消されてしまう。
「勿論、閨でのあれこれもな」
ニンマリとサーフェスは笑う。
マーレイはうんざりとした溜め息を隠せなかった。
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