17 / 112
乙女は悩まされる
しおりを挟む
「そ、そんな! 滅相もございません! 」
悲鳴混じりの声を上げたのは、まだ十三歳になるかならないかの、入ったばかりの下男だ。
「お、お嬢様とオイラが踊るなんて! 」
マーレイのダンスの相手にと選ばれて、下男は埃で薄汚れた両手をごしごしとシャツの裾に擦り付けつつ、首を横に振った。
「な、何でオイラなんですか? 家令やメイド長を差し置いて」
「あなたがまだ子供だからよ」
「オ、オイラ、ダンスなんて踊れません」
「踊らなくて良いの」
ケアランは淡々と応える。
別にダンスなんて今更だ。幼い頃から扱かれているマーレイのステップは、完璧だった。
要は、異性と手を繋いでも動揺しない相手を求めているということ。
そこで、屋敷の中で一番年若いこの下男が選出された。
「む、無理です! 無理無理! お嬢様相手なんて、恐れ多い! 」
肝心の年若い男が気後れしてしまい、手を握る段階にすらならない。
マーレイも緊張からいつにも増して眼力が強く、下手したら締め殺してやると言わんばかりの暗雲を巻いているから、余計に下男を萎縮させてしまっている。
「わかったわ。もう行って良し」
ケアランは仕方なしに下男に命じた。
何も四つ這いで逃げることもあるまい。下男は、バタバタと騒がしく去って行った。
「やはり、適齢期の方がよろしいんではないですか? お嬢様? 」
「無理よ! うんと子供か年寄りじゃないと。き、緊張してしまうわ! 」
「仕方ないですね」
続けてケアランが連れて来たのは、耳の遠いかなり年寄りの庭師だった。父が幼少の頃にはすでにヴィンセント邸に雇われていたとか。
「ああ? わしが何ですと? 」
しわだらけの目を細め、庭師は片耳をケアランの口元に近づける。
ケアランは庭師の耳元で声を張り上げた。
「だから! お嬢様とダンスを! 」
「お嬢様がどうだって? 」
「ダンス! 」
「箪笥? 箪笥を運びゃあ良いのかい? 」
さっぱり話が通じない。これではダンス以前の話だ。
「もう良いわ! 行って良し! 」
ケアランは人差し指でドアを示す。
身振り手振りが通じたのか、庭師は首を捻りつつ出て行った。
あんまり大声を出したため、ケアランはゼイハアと肩を上下させ、汗を拭う。
「何も耳の遠い庭師を所望なさらなくても」
「だって、うちで一番の年寄りよ。彼くらい年を召している男性なら大丈夫かと思ったのよ」
声枯れするケアランに申し訳なさそうに上目遣いするマーレイ。
「ですが、会話すら成立されておりませんよ」
子供でも年寄りでも駄目。
男性に免疫が全くないマーレイ。
「仕方ない。まずは耳年増となりましょう」
ケアランは早速、次の作戦へと移行した。
「お嬢様。こちらを」
渡されたのは、赤い革表紙に金の飾りが施された豪華な装幀本だ。
「これは? 」
昔に比べて大分と手に入りやすくなったと言えど、本はまだまだ貴重品といえる。しかも、ケアランが差し出してきた本は、その中でも特に価値が高そうで、分厚く、凝った作りをしていた。
「旦那様の書斎から拝借いたしました」
悪びれもせず、ケアランは言ってのけた。彼女の言い方からして、勝手に持ち出してきたことは明らか。
「『或る愛の軌跡』? 」
題名からして、甘ったるそうな雰囲気を醸し出している。
「恋愛小説ね? 」
「そう解釈する者もおります」
「違うの? 」
ケアランはにんまりと口元を歪めるのみで、肯定も否定もしない。
「まずは、それをお読みなさってください」
有無を言わせず押し付けてきた。
「決して人前では読まれませんように。夜、皆が寝静まってからベッドの中で」
「犯罪小説なの? 」
「犯罪並みの内容です」
「……? 」
犯罪並みの恋愛小説?
マーレイはこの本が恋愛小説として疑っていなかったため、ケアランの喋る意味がわからず、ひたすら首を傾げた。
悲鳴混じりの声を上げたのは、まだ十三歳になるかならないかの、入ったばかりの下男だ。
「お、お嬢様とオイラが踊るなんて! 」
マーレイのダンスの相手にと選ばれて、下男は埃で薄汚れた両手をごしごしとシャツの裾に擦り付けつつ、首を横に振った。
「な、何でオイラなんですか? 家令やメイド長を差し置いて」
「あなたがまだ子供だからよ」
「オ、オイラ、ダンスなんて踊れません」
「踊らなくて良いの」
ケアランは淡々と応える。
別にダンスなんて今更だ。幼い頃から扱かれているマーレイのステップは、完璧だった。
要は、異性と手を繋いでも動揺しない相手を求めているということ。
そこで、屋敷の中で一番年若いこの下男が選出された。
「む、無理です! 無理無理! お嬢様相手なんて、恐れ多い! 」
肝心の年若い男が気後れしてしまい、手を握る段階にすらならない。
マーレイも緊張からいつにも増して眼力が強く、下手したら締め殺してやると言わんばかりの暗雲を巻いているから、余計に下男を萎縮させてしまっている。
「わかったわ。もう行って良し」
ケアランは仕方なしに下男に命じた。
何も四つ這いで逃げることもあるまい。下男は、バタバタと騒がしく去って行った。
「やはり、適齢期の方がよろしいんではないですか? お嬢様? 」
「無理よ! うんと子供か年寄りじゃないと。き、緊張してしまうわ! 」
「仕方ないですね」
続けてケアランが連れて来たのは、耳の遠いかなり年寄りの庭師だった。父が幼少の頃にはすでにヴィンセント邸に雇われていたとか。
「ああ? わしが何ですと? 」
しわだらけの目を細め、庭師は片耳をケアランの口元に近づける。
ケアランは庭師の耳元で声を張り上げた。
「だから! お嬢様とダンスを! 」
「お嬢様がどうだって? 」
「ダンス! 」
「箪笥? 箪笥を運びゃあ良いのかい? 」
さっぱり話が通じない。これではダンス以前の話だ。
「もう良いわ! 行って良し! 」
ケアランは人差し指でドアを示す。
身振り手振りが通じたのか、庭師は首を捻りつつ出て行った。
あんまり大声を出したため、ケアランはゼイハアと肩を上下させ、汗を拭う。
「何も耳の遠い庭師を所望なさらなくても」
「だって、うちで一番の年寄りよ。彼くらい年を召している男性なら大丈夫かと思ったのよ」
声枯れするケアランに申し訳なさそうに上目遣いするマーレイ。
「ですが、会話すら成立されておりませんよ」
子供でも年寄りでも駄目。
男性に免疫が全くないマーレイ。
「仕方ない。まずは耳年増となりましょう」
ケアランは早速、次の作戦へと移行した。
「お嬢様。こちらを」
渡されたのは、赤い革表紙に金の飾りが施された豪華な装幀本だ。
「これは? 」
昔に比べて大分と手に入りやすくなったと言えど、本はまだまだ貴重品といえる。しかも、ケアランが差し出してきた本は、その中でも特に価値が高そうで、分厚く、凝った作りをしていた。
「旦那様の書斎から拝借いたしました」
悪びれもせず、ケアランは言ってのけた。彼女の言い方からして、勝手に持ち出してきたことは明らか。
「『或る愛の軌跡』? 」
題名からして、甘ったるそうな雰囲気を醸し出している。
「恋愛小説ね? 」
「そう解釈する者もおります」
「違うの? 」
ケアランはにんまりと口元を歪めるのみで、肯定も否定もしない。
「まずは、それをお読みなさってください」
有無を言わせず押し付けてきた。
「決して人前では読まれませんように。夜、皆が寝静まってからベッドの中で」
「犯罪小説なの? 」
「犯罪並みの内容です」
「……? 」
犯罪並みの恋愛小説?
マーレイはこの本が恋愛小説として疑っていなかったため、ケアランの喋る意味がわからず、ひたすら首を傾げた。
76
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる