【完結】婚約破棄された悪役令嬢は童貞公爵様の恋愛指南役となる

氷 豹人

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乙女は悩まされる

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「そ、そんな! 滅相もございません! 」
 悲鳴混じりの声を上げたのは、まだ十三歳になるかならないかの、入ったばかりの下男だ。
「お、お嬢様とオイラが踊るなんて! 」
 マーレイのダンスの相手にと選ばれて、下男は埃で薄汚れた両手をごしごしとシャツの裾に擦り付けつつ、首を横に振った。
「な、何でオイラなんですか? 家令やメイド長を差し置いて」
「あなたがまだ子供だからよ」
「オ、オイラ、ダンスなんて踊れません」
「踊らなくて良いの」
 ケアランは淡々と応える。
 別にダンスなんて今更だ。幼い頃から扱かれているマーレイのステップは、完璧だった。
 要は、異性と手を繋いでも動揺しない相手を求めているということ。
 そこで、屋敷の中で一番年若いこの下男が選出された。
「む、無理です! 無理無理! お嬢様相手なんて、恐れ多い! 」
 肝心の年若い男が気後れしてしまい、手を握る段階にすらならない。
 マーレイも緊張からいつにも増して眼力が強く、下手したら締め殺してやると言わんばかりの暗雲を巻いているから、余計に下男を萎縮させてしまっている。
「わかったわ。もう行って良し」
 ケアランは仕方なしに下男に命じた。
 何も四つ這いで逃げることもあるまい。下男は、バタバタと騒がしく去って行った。
「やはり、適齢期の方がよろしいんではないですか? お嬢様? 」
「無理よ! うんと子供か年寄りじゃないと。き、緊張してしまうわ! 」
「仕方ないですね」
 続けてケアランが連れて来たのは、耳の遠いかなり年寄りの庭師だった。父が幼少の頃にはすでにヴィンセント邸に雇われていたとか。
「ああ? わしが何ですと? 」
 しわだらけの目を細め、庭師は片耳をケアランの口元に近づける。
 ケアランは庭師の耳元で声を張り上げた。
「だから! お嬢様とダンスを! 」
「お嬢様がどうだって? 」
「ダンス! 」
「箪笥? 箪笥を運びゃあ良いのかい? 」
 さっぱり話が通じない。これではダンス以前の話だ。
「もう良いわ! 行って良し! 」
 ケアランは人差し指でドアを示す。
 身振り手振りが通じたのか、庭師は首を捻りつつ出て行った。
 あんまり大声を出したため、ケアランはゼイハアと肩を上下させ、汗を拭う。
「何も耳の遠い庭師を所望なさらなくても」
「だって、うちで一番の年寄りよ。彼くらい年を召している男性なら大丈夫かと思ったのよ」
 声枯れするケアランに申し訳なさそうに上目遣いするマーレイ。
「ですが、会話すら成立されておりませんよ」
 子供でも年寄りでも駄目。
 男性に免疫が全くないマーレイ。
「仕方ない。まずは耳年増となりましょう」
 ケアランは早速、次の作戦へと移行した。


「お嬢様。こちらを」
 渡されたのは、赤い革表紙に金の飾りが施された豪華な装幀本だ。
「これは? 」
 昔に比べて大分と手に入りやすくなったと言えど、本はまだまだ貴重品といえる。しかも、ケアランが差し出してきた本は、その中でも特に価値が高そうで、分厚く、凝った作りをしていた。
「旦那様の書斎から拝借いたしました」
 悪びれもせず、ケアランは言ってのけた。彼女の言い方からして、勝手に持ち出してきたことは明らか。
「『或る愛の軌跡』? 」
 題名からして、甘ったるそうな雰囲気を醸し出している。
「恋愛小説ね? 」
「そう解釈する者もおります」
「違うの? 」
 ケアランはにんまりと口元を歪めるのみで、肯定も否定もしない。
「まずは、それをお読みなさってください」
 有無を言わせず押し付けてきた。
「決して人前では読まれませんように。夜、皆が寝静まってからベッドの中で」
「犯罪小説なの? 」
「犯罪並みの内容です」
「……? 」
 犯罪並みの恋愛小説? 
 マーレイはこの本が恋愛小説として疑っていなかったため、ケアランの喋る意味がわからず、ひたすら首を傾げた。
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