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企みのある笑い
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すっかりジミーに一杯食わされたサーフェスは、大変に機嫌が悪かった。
往路も何かと突っかかってきていらいらさせられたが、復路はそれに輪をかけて厄介だ。
サーフェスはムスッとしたきり。
「ジミーと二人きりで、何を話していた? 」
「特には。単なる世間話ですわ」
眉間の皺を深めながら尋ねる男に、マーレイは身を強張らせつつ、平然を装って答えた。
ジゼルの正体が明かされたなどと、言えるはずがない。
ジミーは賢い男だから、今は状況を見守ることに徹している。易々と口にはしないはずだ。
「あの男がそのような生ぬるい話をするか」
サーフェスは鼻白むと、長い足を窮屈そうに組んだ。
「さすがは社交界で評判の悪女だな。妻のいる男にまで手を出すとは」
この男は、マーレイがジミーに色目を使っていると思い込んでいる。
カッとマーレイが気色ばんだ。
「し、失礼にも程がありましてよ! わ、私は、そのような不謹慎なことは、一度たりとも! 」
早口で捲し立てるマーレイを、うるさそうに手で制すると、サーフェスは足を組み替える。
「君が誰に手を出そうが、どうでも良い。それよりも、約束は果たしてもらうからな」
ビクッとマーレイの尻が座面から浮いた。
「も、勿論ですわ」
動揺を気取られぬよう、扇を広げて顔を隠す。
扇があって良かったと、心から思えた。
約束、の言葉がずしりと胸に沈む。
次があれば、彼と繋がることは避けられない。
秘部を晒したとはいえ、その先に進むにはまだ勇気が出ない。
マーレイは小説内のリシュエルの恍惚を反芻する。
主人公はひたすら喘ぎ、翻弄され、縋りつき、子爵未亡人としての誇りを破壊された。
青年将校ジャックに、身も心も堕ちた。
自分もそんなふうになったら。
彼の腕の中で、素肌を晒してひたすら喘ぐ?
リシュエルの痴態を己に置き替え、ぞくり、と背筋が寒くなる。
「君、この後の予定は? 」
不意に問われて、またもや体が跳ねた。
「な、何もございませんが」
「商会の方へ迎ってくれたまえ」
マーレイの返しに、サーフェスは車内の拡声器から御者へと命じる。
二叉路の右側が屋敷へと続く道だ。
馬車は左に折れた。
「商会? 」
「公爵邸では家令が何かと口うるさいからな」
ピンと直感が働く。
「も、もしや……い、今から……ですか? 」
「何か不満でも? 」
「そ、そんな…」
朝、一旦は休止の流れになったはず。
準備が整わない限り、無効であると。
「じ、準備が」
「帰り際、ジミーが使えと内ポケットに忍ばせてきたのだ」
言うなりサーフェスはニヤリと企みのある笑みを作り、フロックコートの内側をマーレイにちらつかせた。
内ポケットに何やら物が入り、軽く膨らんでいる。
「な、何ですの? 」
「準備が整えられたということだ」
「ですから。仰っている意味が? 」
知識をつけたといえども、実績はない。
マーレイはサーフェスが忍ばせている物の正体がわからず、怪訝に眉をひそめるのみだ。
往路も何かと突っかかってきていらいらさせられたが、復路はそれに輪をかけて厄介だ。
サーフェスはムスッとしたきり。
「ジミーと二人きりで、何を話していた? 」
「特には。単なる世間話ですわ」
眉間の皺を深めながら尋ねる男に、マーレイは身を強張らせつつ、平然を装って答えた。
ジゼルの正体が明かされたなどと、言えるはずがない。
ジミーは賢い男だから、今は状況を見守ることに徹している。易々と口にはしないはずだ。
「あの男がそのような生ぬるい話をするか」
サーフェスは鼻白むと、長い足を窮屈そうに組んだ。
「さすがは社交界で評判の悪女だな。妻のいる男にまで手を出すとは」
この男は、マーレイがジミーに色目を使っていると思い込んでいる。
カッとマーレイが気色ばんだ。
「し、失礼にも程がありましてよ! わ、私は、そのような不謹慎なことは、一度たりとも! 」
早口で捲し立てるマーレイを、うるさそうに手で制すると、サーフェスは足を組み替える。
「君が誰に手を出そうが、どうでも良い。それよりも、約束は果たしてもらうからな」
ビクッとマーレイの尻が座面から浮いた。
「も、勿論ですわ」
動揺を気取られぬよう、扇を広げて顔を隠す。
扇があって良かったと、心から思えた。
約束、の言葉がずしりと胸に沈む。
次があれば、彼と繋がることは避けられない。
秘部を晒したとはいえ、その先に進むにはまだ勇気が出ない。
マーレイは小説内のリシュエルの恍惚を反芻する。
主人公はひたすら喘ぎ、翻弄され、縋りつき、子爵未亡人としての誇りを破壊された。
青年将校ジャックに、身も心も堕ちた。
自分もそんなふうになったら。
彼の腕の中で、素肌を晒してひたすら喘ぐ?
リシュエルの痴態を己に置き替え、ぞくり、と背筋が寒くなる。
「君、この後の予定は? 」
不意に問われて、またもや体が跳ねた。
「な、何もございませんが」
「商会の方へ迎ってくれたまえ」
マーレイの返しに、サーフェスは車内の拡声器から御者へと命じる。
二叉路の右側が屋敷へと続く道だ。
馬車は左に折れた。
「商会? 」
「公爵邸では家令が何かと口うるさいからな」
ピンと直感が働く。
「も、もしや……い、今から……ですか? 」
「何か不満でも? 」
「そ、そんな…」
朝、一旦は休止の流れになったはず。
準備が整わない限り、無効であると。
「じ、準備が」
「帰り際、ジミーが使えと内ポケットに忍ばせてきたのだ」
言うなりサーフェスはニヤリと企みのある笑みを作り、フロックコートの内側をマーレイにちらつかせた。
内ポケットに何やら物が入り、軽く膨らんでいる。
「な、何ですの? 」
「準備が整えられたということだ」
「ですから。仰っている意味が? 」
知識をつけたといえども、実績はない。
マーレイはサーフェスが忍ばせている物の正体がわからず、怪訝に眉をひそめるのみだ。
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