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殺意の果て
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「ちょっと! 勝手に自分の世界に入り込まないでよね! 」
すっかり存在を意識の外に追いやられていたフローレンスは、いきりたって足踏みした。
「とっとと金を貸しなさいよ! 」
苦労知らずの滑らかな手のひらが、握ったり開いたりを繰り返す。
「悪いが、貸せないものは貸せない。金が欲しければ、他所で借りろ」
すぐさま「高利貸し」の顔を取り戻したサーフェスは、動揺など何も見せなかったと言わんばかりに冷静に言い返した。
「軒並み断られてるから、最終的にここに来たのよ! 」
「だろうな。悪名高きディアミッド商会に縋ってくるくらいだからな」
酷薄な笑みを浮かべるその顔は、ベッドでマーレイに見せていた甘さなど皆無。丸きりの別人だ。
「な、何て話のわからない男なの! 」
フローレンスは気色ばむや、マーレイを一瞥した。
「きゃあああ! 」
マーレイは金切り声を上げた。
その場が、びりりと凍りつく。
マーレイは物凄い力で突き飛ばされ、横倒しになった。
すぐさまフローレンスに背後を取られ、叫んだときにはすでに羽交締めにされていた。
身長差があるので、立ったままではフローレンスの方に不利がある。しかし、倒せば身長差はない。易々とマーレイはフローレンスに拘束された。
フローレンスは床に転がっていたワインのボトルを素早く拾うと、テーブルの端に瓶底を叩きつけ、割れて鋭利な先をマーレイに突きつけた。
「動いたら、ガラスが喉を突き破るわよ」
脅しではない。
マーレイの細く白い首筋に、ピリッと赤い筋が入った。
抵抗すれば容赦ないのは明らかだ。
フローレンスの目は血走り、理性を失いつつある。
「マーレイを離せ! 」
サーフェスは歯を食い縛り過ぎたために、低いくぐもりが喉奥で詰まってしまった。彼はハンスに目線だけ送った。
ハンスはサーフェスの目線から彼の考えを読み取り、小さく頷く。
「あら、そこのおじさん。少しでも動けば、こちらの令嬢の命はないわよ」
フローレンスはハンスが密かに体を引いたことに、ちゃんと気づいている。
さらにマーレイの首筋に赤い傷が入った。
「伯爵家のご令嬢が、こんな店でメッタ刺しなんて。物凄いスキャンダルだわ」
当事者でありながら、フローレンスはどこか他所事のような言い方だ。
「そうなると、君も、君の家もただでは済まんぞ」
サーフェスは武器を持っていないと示すため、両手を大きく広げて説得に転じた。
「そうならないように、要求しているの」
フローレンスは頑なだ。
どうあっても金を持って帰らないことには。せっかく掴んだ貴族という魚をみすみす逃すことになる。
「幾ら欲しい? 」
深く溜め息をつくと、サーフェスは尋ねた。
下手に刺激すれば、間違いなくマーレイは出血多量だ。
「い、いけませんわ! サーフェス様! このような手に易々と乗ってしまっては! 」
このような脅しに屈しては、ディアミッド商会の名が地に堕ちてしまう。どのような脅しにも屈しない社長で通っているだろうに。
「このようなことで、信条を覆してはなりません」
たかだか小娘一人のせいで、全てがひっくり返ってしまってはいけない。
「うるさいわね! 」
フローレンスがいらいらと吐き捨て、唾を吐いた。
その拍子に、ワインボトルがマーレイの喉首から離れる。
「やめろ! 」
サーフェスはその一瞬を逃さなかった。
すぐさまフローレンスと距離を詰めたサーフェスは、勢いをつけてマーレイを引き剥がすと、素早くフローレンスの手首を拘束する。
「は、離して! 離しなさいよ! 」
フローレンスは滅茶苦茶にワインボトルを振り回した。
「さっさと、その物騒な物を捨てろ! 」
ボトルの首に手ががっしり巻き付いており、半端ない力だ。サーフェスは尖りが目や頬に刺さらないように注意深く避けながら、彼女の手をボトルから剥がそうとする。が、なかなか上手くいかない。
どうあってもマーレイを傷つけてやる。フローレンスはそんなことをあらん限りに叫びながら、サーフェスの制止などお構いなしに暴れた。
「この淫乱女! 全部、あんたが仕組んだのね! 許さないから! 」
フローレンスの手にばかり意識を集中していたために、サーフェスは隙だらけだった。
「ぐっ! 」
彼の鳩尾に思い切りフローレンスの蹴りが入る。
不意打ちに、サーフェスは呻き、苦悶の息を吐いた。
さすがたった一人で重いソファをひっくり返すだけあって、フローレンスは怪力だ。
フローレンスの持つ割れたワインボトルの先が、マーレイに向いた。
「マーレイ! 」
「サーフェス様! 」
鮮血が床に散る。
目の前でどくどくと垂れ流す真っ赤な血に、ようやくフローレンスは自分がとんでもないことを仕出かしたのだと、頭が冷えたらしい。
呆然と、変わり果てたサーフェスを見下ろす。
ハンスはフローレンスに忍び寄ると、凶器を引ったくった。
「サーフェス様! サーフェス様! 」
マーレイを庇ったサーフェスは、左肩を刺され、濃紺のフロックコートがぐっしょりと濡れて色が変わってしまっていた。
血の流れは速く、すぐに袖まで染まっていく。
「社長! 」
ハンスは他の従業員にフローレンスを預けると、慌ててサーフェスに駆け寄った。
「ああ! 何てことを! 」
マーレイはハンカチーフで傷口を押さえたものの、すぐに白い布地が赤く染まっていく。
サーフェスの顔は血液を急激に失い、真っ白だ。
「マーレイ……無事か? 」
サーフェスは掠れた声で尋ねてきた。
「はい! 私は大丈夫です! 」
右手で、亜麻色の髪を撫でられる。
「そうか」
マーレイが無事であるとわかると、サーフェスは緩く微笑み、直後、意識を失った。
すっかり存在を意識の外に追いやられていたフローレンスは、いきりたって足踏みした。
「とっとと金を貸しなさいよ! 」
苦労知らずの滑らかな手のひらが、握ったり開いたりを繰り返す。
「悪いが、貸せないものは貸せない。金が欲しければ、他所で借りろ」
すぐさま「高利貸し」の顔を取り戻したサーフェスは、動揺など何も見せなかったと言わんばかりに冷静に言い返した。
「軒並み断られてるから、最終的にここに来たのよ! 」
「だろうな。悪名高きディアミッド商会に縋ってくるくらいだからな」
酷薄な笑みを浮かべるその顔は、ベッドでマーレイに見せていた甘さなど皆無。丸きりの別人だ。
「な、何て話のわからない男なの! 」
フローレンスは気色ばむや、マーレイを一瞥した。
「きゃあああ! 」
マーレイは金切り声を上げた。
その場が、びりりと凍りつく。
マーレイは物凄い力で突き飛ばされ、横倒しになった。
すぐさまフローレンスに背後を取られ、叫んだときにはすでに羽交締めにされていた。
身長差があるので、立ったままではフローレンスの方に不利がある。しかし、倒せば身長差はない。易々とマーレイはフローレンスに拘束された。
フローレンスは床に転がっていたワインのボトルを素早く拾うと、テーブルの端に瓶底を叩きつけ、割れて鋭利な先をマーレイに突きつけた。
「動いたら、ガラスが喉を突き破るわよ」
脅しではない。
マーレイの細く白い首筋に、ピリッと赤い筋が入った。
抵抗すれば容赦ないのは明らかだ。
フローレンスの目は血走り、理性を失いつつある。
「マーレイを離せ! 」
サーフェスは歯を食い縛り過ぎたために、低いくぐもりが喉奥で詰まってしまった。彼はハンスに目線だけ送った。
ハンスはサーフェスの目線から彼の考えを読み取り、小さく頷く。
「あら、そこのおじさん。少しでも動けば、こちらの令嬢の命はないわよ」
フローレンスはハンスが密かに体を引いたことに、ちゃんと気づいている。
さらにマーレイの首筋に赤い傷が入った。
「伯爵家のご令嬢が、こんな店でメッタ刺しなんて。物凄いスキャンダルだわ」
当事者でありながら、フローレンスはどこか他所事のような言い方だ。
「そうなると、君も、君の家もただでは済まんぞ」
サーフェスは武器を持っていないと示すため、両手を大きく広げて説得に転じた。
「そうならないように、要求しているの」
フローレンスは頑なだ。
どうあっても金を持って帰らないことには。せっかく掴んだ貴族という魚をみすみす逃すことになる。
「幾ら欲しい? 」
深く溜め息をつくと、サーフェスは尋ねた。
下手に刺激すれば、間違いなくマーレイは出血多量だ。
「い、いけませんわ! サーフェス様! このような手に易々と乗ってしまっては! 」
このような脅しに屈しては、ディアミッド商会の名が地に堕ちてしまう。どのような脅しにも屈しない社長で通っているだろうに。
「このようなことで、信条を覆してはなりません」
たかだか小娘一人のせいで、全てがひっくり返ってしまってはいけない。
「うるさいわね! 」
フローレンスがいらいらと吐き捨て、唾を吐いた。
その拍子に、ワインボトルがマーレイの喉首から離れる。
「やめろ! 」
サーフェスはその一瞬を逃さなかった。
すぐさまフローレンスと距離を詰めたサーフェスは、勢いをつけてマーレイを引き剥がすと、素早くフローレンスの手首を拘束する。
「は、離して! 離しなさいよ! 」
フローレンスは滅茶苦茶にワインボトルを振り回した。
「さっさと、その物騒な物を捨てろ! 」
ボトルの首に手ががっしり巻き付いており、半端ない力だ。サーフェスは尖りが目や頬に刺さらないように注意深く避けながら、彼女の手をボトルから剥がそうとする。が、なかなか上手くいかない。
どうあってもマーレイを傷つけてやる。フローレンスはそんなことをあらん限りに叫びながら、サーフェスの制止などお構いなしに暴れた。
「この淫乱女! 全部、あんたが仕組んだのね! 許さないから! 」
フローレンスの手にばかり意識を集中していたために、サーフェスは隙だらけだった。
「ぐっ! 」
彼の鳩尾に思い切りフローレンスの蹴りが入る。
不意打ちに、サーフェスは呻き、苦悶の息を吐いた。
さすがたった一人で重いソファをひっくり返すだけあって、フローレンスは怪力だ。
フローレンスの持つ割れたワインボトルの先が、マーレイに向いた。
「マーレイ! 」
「サーフェス様! 」
鮮血が床に散る。
目の前でどくどくと垂れ流す真っ赤な血に、ようやくフローレンスは自分がとんでもないことを仕出かしたのだと、頭が冷えたらしい。
呆然と、変わり果てたサーフェスを見下ろす。
ハンスはフローレンスに忍び寄ると、凶器を引ったくった。
「サーフェス様! サーフェス様! 」
マーレイを庇ったサーフェスは、左肩を刺され、濃紺のフロックコートがぐっしょりと濡れて色が変わってしまっていた。
血の流れは速く、すぐに袖まで染まっていく。
「社長! 」
ハンスは他の従業員にフローレンスを預けると、慌ててサーフェスに駆け寄った。
「ああ! 何てことを! 」
マーレイはハンカチーフで傷口を押さえたものの、すぐに白い布地が赤く染まっていく。
サーフェスの顔は血液を急激に失い、真っ白だ。
「マーレイ……無事か? 」
サーフェスは掠れた声で尋ねてきた。
「はい! 私は大丈夫です! 」
右手で、亜麻色の髪を撫でられる。
「そうか」
マーレイが無事であるとわかると、サーフェスは緩く微笑み、直後、意識を失った。
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