98 / 112
華麗な美女
しおりを挟む
仮面舞踏会は、いつになく賑やかだ。
館の正面には紋章の描かれたラッカーや漆塗りの馬車が順序良く並んでいる。
高位貴族から続き、ようやくかすみ草の紋章が描かれた黒塗りのラッカー車が停止した。
その馬車がから降りた、純白のドレスを着こなす乙女に、周辺にいた人々は貴族、使用人関係なく、一様にほう、と感嘆の息を漏らす。
「相変わらず物凄いお屋敷だこと」
当のマーレイは、その屋敷のあまりの豪勢っぷりに慄くばかりで、周囲の反応には微塵も気付いていない。
銀糸で薔薇の花が刺繍され、ふんだんにフリルの重なった膨らみのあるドレス。それを纏ったマーレイは、ふわりと地上に迷い込んだ妖精のようだ。
いつもは腰まで垂らした亜麻色の髪は、今夜は丁寧に結い上げられ、かすみ草のアクセサリーと対になった髪飾りが余計にそれを想起させる。
しずやかに広間へと入るその姿を、老若男女問わず人々は目で追った。
豪奢なシャンデリアが、淡くオレンジの光を注いでいる。
マーレイは人の多さに圧倒されるのを誤魔化すように、扇を広げるや口元を覆った。
そんな彼女の脇で、若い娘がひそひそと話している。
「ねえ、ご存知? 」
「何かしら? 」
「早朝に物凄い形相で馬を駆っていた男のことを」
「ああ。存じておりますわ。何でも目を血走らせて、鼻息荒く、一心不乱に馬の尻に鞭を打っていたとか」
「嫌だわ。王都もようやく治安が良くなってきたと言うのに」
王都は貧富の差が激しく、大通りを挟めば様相は一変する。
貧民街では酔っ払いが一日中怒鳴り、諍いを繰り返して、スリや誘拐、強姦が後を絶たない。
貴族がこうして優雅に踊っている最中にも、どこかで貧しさの余り野垂れ死んでいく者がいる。
女王に代替わりしたことで、数々の政策が打ち出され、貧富の差を縮めようとの動きがあり、治安は改善へと向かっている。
「ウィルソン家も、もう終わりだな」
ふと、どこからか聞こえてきた紳士の呟きに、マーレイはビクリと肩を揺すった。
ウィルソンとはバルモアの家だ。
「跡取り息子があれじゃあな」
「廃嫡も時間の問題だな」
紳士らはワイン片手に評している。
愛人のフローレンスが極秘裏に他国の王の愛玩となったことで、必然的に婚約は解消されて、バルモアへの援助は途切れた。マーレイと婚約中の頃から財産が底をついていたから、今更、どうにもならない。
ヤケになって酒に溺れるバルモアを想像し、マーレイは溜め息をついた。すでに彼に対して何の感情も起きない。
楽団の奏でる音がワルツとなる。
「レディ。是非とも私とダンスを」
「いや、私と」
「私の方が先だ」
「君達は遠慮したまえ。レディ、どうぞ私と一曲」
マーレイは慄いた。
このような事態は初めてだ。
いつもなら怜悧な雰囲気に周りの男らは圧倒され、あからさまに避けられていたというのに。たとえ仮面をつけようとも、隠せない。
それなのに、今夜は奇妙だ。
男らは羽蟻のようにマーレイに群がり、ダンスの順番を競っている。
戸惑っていると、また新たな手が差し出された。
見覚えのある、日焼けして浅黒い、節の張った手。
マーレイの体を優しく包み込んだ手だ。
「レディ。どうぞ私と」
仮面をつけたサーフェスは、他の男らより頭二つ分ほど抜きん出て背が高い。鳶色の髪。琥珀色の双眸。
サーフェスに間違いはない。
「ええ」
マーレイは迷いなく彼の手を取っていた。
ハッとしたときには、手遅れ。
彼はまるでマーレイに魔法をかけたかのごとく、意のままに操る。彼の低音は、抗うことすら忘れさせる。
館の正面には紋章の描かれたラッカーや漆塗りの馬車が順序良く並んでいる。
高位貴族から続き、ようやくかすみ草の紋章が描かれた黒塗りのラッカー車が停止した。
その馬車がから降りた、純白のドレスを着こなす乙女に、周辺にいた人々は貴族、使用人関係なく、一様にほう、と感嘆の息を漏らす。
「相変わらず物凄いお屋敷だこと」
当のマーレイは、その屋敷のあまりの豪勢っぷりに慄くばかりで、周囲の反応には微塵も気付いていない。
銀糸で薔薇の花が刺繍され、ふんだんにフリルの重なった膨らみのあるドレス。それを纏ったマーレイは、ふわりと地上に迷い込んだ妖精のようだ。
いつもは腰まで垂らした亜麻色の髪は、今夜は丁寧に結い上げられ、かすみ草のアクセサリーと対になった髪飾りが余計にそれを想起させる。
しずやかに広間へと入るその姿を、老若男女問わず人々は目で追った。
豪奢なシャンデリアが、淡くオレンジの光を注いでいる。
マーレイは人の多さに圧倒されるのを誤魔化すように、扇を広げるや口元を覆った。
そんな彼女の脇で、若い娘がひそひそと話している。
「ねえ、ご存知? 」
「何かしら? 」
「早朝に物凄い形相で馬を駆っていた男のことを」
「ああ。存じておりますわ。何でも目を血走らせて、鼻息荒く、一心不乱に馬の尻に鞭を打っていたとか」
「嫌だわ。王都もようやく治安が良くなってきたと言うのに」
王都は貧富の差が激しく、大通りを挟めば様相は一変する。
貧民街では酔っ払いが一日中怒鳴り、諍いを繰り返して、スリや誘拐、強姦が後を絶たない。
貴族がこうして優雅に踊っている最中にも、どこかで貧しさの余り野垂れ死んでいく者がいる。
女王に代替わりしたことで、数々の政策が打ち出され、貧富の差を縮めようとの動きがあり、治安は改善へと向かっている。
「ウィルソン家も、もう終わりだな」
ふと、どこからか聞こえてきた紳士の呟きに、マーレイはビクリと肩を揺すった。
ウィルソンとはバルモアの家だ。
「跡取り息子があれじゃあな」
「廃嫡も時間の問題だな」
紳士らはワイン片手に評している。
愛人のフローレンスが極秘裏に他国の王の愛玩となったことで、必然的に婚約は解消されて、バルモアへの援助は途切れた。マーレイと婚約中の頃から財産が底をついていたから、今更、どうにもならない。
ヤケになって酒に溺れるバルモアを想像し、マーレイは溜め息をついた。すでに彼に対して何の感情も起きない。
楽団の奏でる音がワルツとなる。
「レディ。是非とも私とダンスを」
「いや、私と」
「私の方が先だ」
「君達は遠慮したまえ。レディ、どうぞ私と一曲」
マーレイは慄いた。
このような事態は初めてだ。
いつもなら怜悧な雰囲気に周りの男らは圧倒され、あからさまに避けられていたというのに。たとえ仮面をつけようとも、隠せない。
それなのに、今夜は奇妙だ。
男らは羽蟻のようにマーレイに群がり、ダンスの順番を競っている。
戸惑っていると、また新たな手が差し出された。
見覚えのある、日焼けして浅黒い、節の張った手。
マーレイの体を優しく包み込んだ手だ。
「レディ。どうぞ私と」
仮面をつけたサーフェスは、他の男らより頭二つ分ほど抜きん出て背が高い。鳶色の髪。琥珀色の双眸。
サーフェスに間違いはない。
「ええ」
マーレイは迷いなく彼の手を取っていた。
ハッとしたときには、手遅れ。
彼はまるでマーレイに魔法をかけたかのごとく、意のままに操る。彼の低音は、抗うことすら忘れさせる。
143
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる