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別れのキス
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サーフェスは一匹の猛々しい獣を思い起こさせる。
鳶色の襟足の長い髪はライオンの立て髪を彷彿させ、双眸は肉食獣のように荒々しい。
その険しくも美しい視線に捕らえられたなら、誰であろうと抗うことは出来ない。
ガス灯のオレンジの光が余計に雰囲気をおかしくさせる。
大広間から仄かに流れてくる楽団の音色も、拍車をかけた。
まるで噴水の女神に妙な魔法をかけられてしまったかのように、頭がふらふらする。アルコールなど体に入れていないのに。まるで酩酊するかのごとく、危なっかしい。
だからマーレイは、正常な判断が出来なかった。
「キスして良いか? 」
おそらく、サーフェスの方も淫靡な雰囲気に呑まれてしまったのだろう。
「公爵のままに」
拒否するのが、正当な対応だ。
恋人でもない男女がすべきことではない。
万が一誰かに見られたなら、王族公爵のスキャンダルだ。
マーレイとて、一度ついてしまった傷はなかなか覆せない。ますます婚期が遠退いていく。
だが、独占欲の方が勝った。
彼を独り占めしたい。
たとえ、ジゼルとしても。彼の唇を占有出来るなら、構わない。
「公爵」
「名前で呼んでくれ」
「サーフェス様」
それを合図に、彼の唇がマーレイに重なる。
性急的に彼の舌がマーレイの引き結びを割って侵入してくる。口内を蹂躙し、ひたすら舌や歯列を舐め回すと、やがて喉奥から魂を吸い上げるかのように深く口付ける。それを二度、三度と繰り返されていくうちに、うまく呼吸が出来なくなってきて、がくがくと膝が戦慄く。舌先が痺れてきた。それでも彼は唇を離そうとしない。
そればかりか、マーレイの後頭部をそっと引き寄せると、顔の角度を変えてさらに密着してくる。
こんな情熱的なキスなんて知らない。
サーフェスはずっと、ぎこちなく教えを乞うてきたのに。
今や立場は逆転して、マーレイは翻弄されるばかり。
「サ、サーフェス様……」
ふと唇が離れた拍子に名前を呼べば、彼は優しく目を細めた。
その笑みはジゼルに向けたもの。
ちくり、とマーレイの胸に針が刺される。
「もう君を離したくはない。どうか、私の妻になってほしい」
サーフェスはきつく抱きしめてきた。マーレイの耳朶の形を舌先でなぞる。
「い、いけませんわ」
マーレイは正面にある胸板を両手で押し退けた。
甘い空気に浸っていたサーフェスは、おもしろいくらいマーレイの力のままに後ろに下がる。
「何故だ? 」
まさか振られるなんて考えは、少しも頭になかったのだろう。それが余計にサーフェスの力を失くしたのかも知れない。
「身分なら気にするな。口さがない母なら、任せてくれ。君に余計な真似をしないよう対処する。私に不満があるなら、直そう。遠慮なく言ってくれ」
必死に訴えてくる相手は、マーレイの心臓をこれでもかとズタズタにする。これ以上ないくらいに抉られても、刃は収まらない。
マーレイの眦に溢れた涙が頬を伝った。
「何故、泣く? 」
サーフェスは動揺して声を震わせる。
「い、いえ。私には勿体無いお話です」
これがマーレイなら、うれし涙を指先で拭っただろう。
だが、今はジゼルだ。
「私はあなたに相応しい女ではありません」
ジゼルとして彼を騙している時点で、最悪な女だ。
「あなたを騙しておりました」
ぼろぼろと涙を零すマーレイに、サーフェスは狼狽え、懐からハンカチを出すと迷いなくマーレイの涙を拭ってくれる。ふわりと、ハンカチからオリエンタルな香りが漂う。
「私は……私は本当は……」
口が裂けても正体は明かすまいと決めた。
その決心が揺らいだ。
真摯なサーフェスに対して、なんて下衆なことをやってのけているのだと、心臓が絞られてしまう。
これ以上、騙すなんて出来ない。
二度とサーフェスの前には現れないと。
今夜で全てを終わらせるのだと。
たった一言、「さよなら」とだけで、積み重ねた日々が終わる。
終わらせなければならない。
一途にジゼルへと気持ちを向ける彼。そんな彼の前に立つ資格なんてないのだから。
だが、喉奥に鉛玉を詰められたかのように、声が出てこない。
代わりに、ますます溢れる涙。
そのときだった。
「ようやく見つけたぞ! 」
やや甲高い、ガラスを引っ掻いたような耳障りな声が夜の空気をつんざいた。
鳶色の襟足の長い髪はライオンの立て髪を彷彿させ、双眸は肉食獣のように荒々しい。
その険しくも美しい視線に捕らえられたなら、誰であろうと抗うことは出来ない。
ガス灯のオレンジの光が余計に雰囲気をおかしくさせる。
大広間から仄かに流れてくる楽団の音色も、拍車をかけた。
まるで噴水の女神に妙な魔法をかけられてしまったかのように、頭がふらふらする。アルコールなど体に入れていないのに。まるで酩酊するかのごとく、危なっかしい。
だからマーレイは、正常な判断が出来なかった。
「キスして良いか? 」
おそらく、サーフェスの方も淫靡な雰囲気に呑まれてしまったのだろう。
「公爵のままに」
拒否するのが、正当な対応だ。
恋人でもない男女がすべきことではない。
万が一誰かに見られたなら、王族公爵のスキャンダルだ。
マーレイとて、一度ついてしまった傷はなかなか覆せない。ますます婚期が遠退いていく。
だが、独占欲の方が勝った。
彼を独り占めしたい。
たとえ、ジゼルとしても。彼の唇を占有出来るなら、構わない。
「公爵」
「名前で呼んでくれ」
「サーフェス様」
それを合図に、彼の唇がマーレイに重なる。
性急的に彼の舌がマーレイの引き結びを割って侵入してくる。口内を蹂躙し、ひたすら舌や歯列を舐め回すと、やがて喉奥から魂を吸い上げるかのように深く口付ける。それを二度、三度と繰り返されていくうちに、うまく呼吸が出来なくなってきて、がくがくと膝が戦慄く。舌先が痺れてきた。それでも彼は唇を離そうとしない。
そればかりか、マーレイの後頭部をそっと引き寄せると、顔の角度を変えてさらに密着してくる。
こんな情熱的なキスなんて知らない。
サーフェスはずっと、ぎこちなく教えを乞うてきたのに。
今や立場は逆転して、マーレイは翻弄されるばかり。
「サ、サーフェス様……」
ふと唇が離れた拍子に名前を呼べば、彼は優しく目を細めた。
その笑みはジゼルに向けたもの。
ちくり、とマーレイの胸に針が刺される。
「もう君を離したくはない。どうか、私の妻になってほしい」
サーフェスはきつく抱きしめてきた。マーレイの耳朶の形を舌先でなぞる。
「い、いけませんわ」
マーレイは正面にある胸板を両手で押し退けた。
甘い空気に浸っていたサーフェスは、おもしろいくらいマーレイの力のままに後ろに下がる。
「何故だ? 」
まさか振られるなんて考えは、少しも頭になかったのだろう。それが余計にサーフェスの力を失くしたのかも知れない。
「身分なら気にするな。口さがない母なら、任せてくれ。君に余計な真似をしないよう対処する。私に不満があるなら、直そう。遠慮なく言ってくれ」
必死に訴えてくる相手は、マーレイの心臓をこれでもかとズタズタにする。これ以上ないくらいに抉られても、刃は収まらない。
マーレイの眦に溢れた涙が頬を伝った。
「何故、泣く? 」
サーフェスは動揺して声を震わせる。
「い、いえ。私には勿体無いお話です」
これがマーレイなら、うれし涙を指先で拭っただろう。
だが、今はジゼルだ。
「私はあなたに相応しい女ではありません」
ジゼルとして彼を騙している時点で、最悪な女だ。
「あなたを騙しておりました」
ぼろぼろと涙を零すマーレイに、サーフェスは狼狽え、懐からハンカチを出すと迷いなくマーレイの涙を拭ってくれる。ふわりと、ハンカチからオリエンタルな香りが漂う。
「私は……私は本当は……」
口が裂けても正体は明かすまいと決めた。
その決心が揺らいだ。
真摯なサーフェスに対して、なんて下衆なことをやってのけているのだと、心臓が絞られてしまう。
これ以上、騙すなんて出来ない。
二度とサーフェスの前には現れないと。
今夜で全てを終わらせるのだと。
たった一言、「さよなら」とだけで、積み重ねた日々が終わる。
終わらせなければならない。
一途にジゼルへと気持ちを向ける彼。そんな彼の前に立つ資格なんてないのだから。
だが、喉奥に鉛玉を詰められたかのように、声が出てこない。
代わりに、ますます溢れる涙。
そのときだった。
「ようやく見つけたぞ! 」
やや甲高い、ガラスを引っ掻いたような耳障りな声が夜の空気をつんざいた。
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