【完結】婚約破棄された悪役令嬢は童貞公爵様の恋愛指南役となる

氷 豹人

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淑女、露見する

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「マーレイ」


 サーフェスは確かにそう口にした。
 聞き間違いなどではない。
「マーレイ。危ないから下がっていろ」
 サーフェスはマーレイに手短に命じる。
 マーレイは、自身が「ジゼル」ではなく「マーレイ」と名指しされたことに戸惑いつつ、彼に従った。
 身を翻し、カンパニュラの植え込みの影に身を潜める。
「な、何だ!? この僕からマーレイを奪おうって言うのか! 」
「元々、お前のものではない」
 興奮するバルモアを、ぴしゃりといなす。
「彼女の前から消えろ」
 抑揚のない声は、腹の底を響かせるくらいに低い。
「う、うるさい! うるさい! 僕にはもうマーレイしか残ってないんだ! 」
 冷静を保つサーフェスとは真反対に、バルモアはますます息巻いた。
「こんな冷たい、どの男からも相手にされない女を貰ってやるんだ! ありがたいことだろ! 」
「どこまでもお目出度たい頭だな」
「な、何! 」
 バルモアはもう長い間手入れのなされていない眉を吊り上げた。
「彼女は舞踏会の華だ。彼女の魅力にようやく気づいた間抜けな男どもが、揃いも揃って求婚しようと狙っている」
「ま、まさか! こんな女が! 」
「お前は女を見る目がないな」
 サーフェスは小馬鹿にした目でバルモアを見やった。
「だからフローレンスとかいう、ややこしい女なぞに引っかかり、身を持ち崩すのだ」
「う、うるさい! 」
 カーッと血圧を上昇させたバルモアは、拳を握り込むや、サーフェスめがけて振り上げる。
 怒りが頂点に達しているバルモアには、子爵が王族の血を引く公爵への暴挙による懲罰など、気にもかけていない。
 マーレイは、そのようなこともわからず、安易に怒りに任せる元婚約者に心底失望した。これほど子供じみた男だったとは。
 とても、二十六歳の男の振る舞いではない。
「やめておけ。お前の力では私には敵わない」
 繰り出された拳を軽々と手のひらで受け止めたサーフェスは、言うなりその手を捻り上げる。
 サーフェスよりも十センチは低いバルモアは、捻り上げられ、片手でヒョイと吊るされた。バルモアの靴先が宙に浮く。
「く、くそ! 離せ! 」
 悔しさでジタバタするバルモアを、冷めた目で見るサーフェス。深く溜め息をつくと、パッと手を離した。
 どすん、とバルモアは尻餅をつき、呻いた。痛みで眉毛を下げ、歯を食い縛り過ぎて頬肉を硬直させるその顔は、滑稽でしかない。
 力の差は歴然だ。
 獰猛な肉食獣を前に悪あがきする小動物の姿が重なる。
「す、素手が駄目なら! これならどうだ! 」
 バルモアは懐から果物ナイフを取り出す。おそらく盗みに入った際にくすねたのだろう。
 公爵家での選び抜かれた調理道具は、どれも最高級品ばかり。果物ナイフ一つとっても輝きを放つほど丹念に磨かれ、切れ味が抜群だ。
「や、やめて! 」
 マーレイの脳に、いつかの光景が蘇る。
 目の前で肩から血を流したサーフェス。
 意識を取り戻すまで、生きた心地はしなかった。
「下がっていなさい、マーレイ」
 またもやサーフェスは、マーレイの名を呼ぶ。ジゼルではない。
 しかし、今はそのことに詰め寄っている場合ではない。
 サーフェスの命がかかっている。
「で、ですが」
「私なら大丈夫だから」
 サーフェスは緩慢な笑みをマーレイだけに見せつけた。



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