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暴かれた正体
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奏でる音楽のテンポが上がる。
ワルツが締めに入ったのだ。
間もなくダンスが区切りをつける。
その音色も、今のマーレイの耳には入ってこない。
うるさいくらいに耳鳴りがして、全ての音を遮断しようとする。
放り投げたジャケットの汚れを払いながら、サーフェスはゆったりした足取りでマーレイとの距離を詰めてきた。
すぐさま逃げ出したいのに、緊張から膝が戦慄いて、立っていることがやっとだ。
首筋にびっしりと汗の粒が浮き、一筋が背中へと垂れ落ちていく。ひやりとした冷たさは、たちまち全身へと広がった。
ふらり、とよろめいた。
「きゃ! 」
いきなり視界が高くなったかと思えば、サーフェスに抱きかかえられていた。
「あ、あの」
お姫様抱っこをされたマーレイは、困惑の目をサーフェスに向ける。
だが、サーフェスは微笑むだけだ。悪い企みを持った顔で。
「こちらの令嬢の気を落ち着かせるため、しばらく部屋を使う。客はまだまだ帰りそうにないから、構わないだろう? 」
問いかけではない。
有無を言わせぬ強さだ。
「し、しかし」
主催する主人が不在ともなれば、示しがつかない。
しかも「しばらく」が曖昧だ。
「しばらく」では済まないことを、家令は予測している。
「それ以上、余計な口を聞くな」
サーフェスは双眸を険しくさせ、文句を垂れようとした家令を一発で捩じ伏せた。
サーフェスと初めて出会ったときと同じ客間に連れ込まれた。
マホガニー材を使ったネオクラシック様式の三人掛けソファにふわりと降ろされる。
その真隣のクッションが沈んだ。
サーフェスが至極当然のように、彼女の隣に腰を下ろしたのだ。
彼は素知らぬ顔で、マーレイと目を合わせようともしない。
きっと内心、物申したいことがあるのだろうが。億尾にも出さない。
却ってそれが、マーレイの心を疲弊させた。
「な、何故ですか? 」
耐え切れず、自ら口火を切ってしまう。
「ん? 」
わざとらしく首を傾げるサーフェス。
マーレイが言わんとしていることは、わかっているはずなのに。
マーレイの心は乱れ、呼吸が速くなる。充分な広さを持った部屋なのに、やけに酸素が薄く感じる。
「な、何故? 何故、私がマーレイだと? 」
息苦しさにゼイゼイと肩を上下させながら、マーレイは一息で尋ねた。
アメジスト色の潤む瞳に己を映されたサーフェスは、口角を吊り上げる。
「確かに君はマーレイとは雰囲気が違う。マーレイはいつも薄紫のドレスを身につけて、髪は流していたからな」
マーレイがジゼルであると、彼は気づいた素振りすら見せなかったのに。
「でしたら、何故? いつから? 」
別れを告げ、ディアミッド商会の彼の屋敷から逃げ去ったあの日でさえ、彼はマーレイとジゼルが同一人物であると疑いすらしていない。
「君の家の紋章は、確かかすみ草だったな」
サーフェスは答え合わせをする。
「そ、それで気づいたのですか? 」
今更になって、そのような些細なことで気づいたというのだろうか。
「い、いや。気づいたのは」
サーフェスは言いにくそうに、ごにょごにょと口中で呟く。
「マーレイの左側の耳朶の裏には、小さなホクロが二つ並んでいる」
ハッと思わず耳朶を触ってしまうマーレイ。
「ジゼルにも同じ位置にそれがあった。それで今夜、確信した」
「ま、まあ! 」
そういえば、ディアミッド商会で過ごした日、かすみ草のイヤリングをサーフェスが付け直してくれたことがあった。
そしてジゼルとしてキスをした今夜、彼はやけに耳朶を触ってきていた。愛の行為の一つのようなのかと、やり過ごしていたが。
サーフェスは、こっそりと確かめていたのだ。
「実は花束とハンカチを送ったときも、君の反応を窺っていたのだが。思わせぶりなことをしても、君は無反応だし。それまでは確信が持てなかったのだが」
「そ、そんな。回りくどいことをされましても」
「しかし、直には聞きづらい内容ではないか」
やや怒ったようにサーフェスの声が硬くなる。
確かに聞きにくい。
ジゼルへの愛を同一人物であるマーレイに吐き、しかも恋愛指南をしてくれなど。想い人にみっともない姿を晒していたなんて。
そもそも、ジゼルとマーレイが同じ人物かと尋ねることほど間抜けなことはない。
ますますサーフェスの情けなさが露呈してしまう。
彼に残されていた矜持をズタズタにしてしまい、マーレイはしゅんと項垂れた。
ワルツが締めに入ったのだ。
間もなくダンスが区切りをつける。
その音色も、今のマーレイの耳には入ってこない。
うるさいくらいに耳鳴りがして、全ての音を遮断しようとする。
放り投げたジャケットの汚れを払いながら、サーフェスはゆったりした足取りでマーレイとの距離を詰めてきた。
すぐさま逃げ出したいのに、緊張から膝が戦慄いて、立っていることがやっとだ。
首筋にびっしりと汗の粒が浮き、一筋が背中へと垂れ落ちていく。ひやりとした冷たさは、たちまち全身へと広がった。
ふらり、とよろめいた。
「きゃ! 」
いきなり視界が高くなったかと思えば、サーフェスに抱きかかえられていた。
「あ、あの」
お姫様抱っこをされたマーレイは、困惑の目をサーフェスに向ける。
だが、サーフェスは微笑むだけだ。悪い企みを持った顔で。
「こちらの令嬢の気を落ち着かせるため、しばらく部屋を使う。客はまだまだ帰りそうにないから、構わないだろう? 」
問いかけではない。
有無を言わせぬ強さだ。
「し、しかし」
主催する主人が不在ともなれば、示しがつかない。
しかも「しばらく」が曖昧だ。
「しばらく」では済まないことを、家令は予測している。
「それ以上、余計な口を聞くな」
サーフェスは双眸を険しくさせ、文句を垂れようとした家令を一発で捩じ伏せた。
サーフェスと初めて出会ったときと同じ客間に連れ込まれた。
マホガニー材を使ったネオクラシック様式の三人掛けソファにふわりと降ろされる。
その真隣のクッションが沈んだ。
サーフェスが至極当然のように、彼女の隣に腰を下ろしたのだ。
彼は素知らぬ顔で、マーレイと目を合わせようともしない。
きっと内心、物申したいことがあるのだろうが。億尾にも出さない。
却ってそれが、マーレイの心を疲弊させた。
「な、何故ですか? 」
耐え切れず、自ら口火を切ってしまう。
「ん? 」
わざとらしく首を傾げるサーフェス。
マーレイが言わんとしていることは、わかっているはずなのに。
マーレイの心は乱れ、呼吸が速くなる。充分な広さを持った部屋なのに、やけに酸素が薄く感じる。
「な、何故? 何故、私がマーレイだと? 」
息苦しさにゼイゼイと肩を上下させながら、マーレイは一息で尋ねた。
アメジスト色の潤む瞳に己を映されたサーフェスは、口角を吊り上げる。
「確かに君はマーレイとは雰囲気が違う。マーレイはいつも薄紫のドレスを身につけて、髪は流していたからな」
マーレイがジゼルであると、彼は気づいた素振りすら見せなかったのに。
「でしたら、何故? いつから? 」
別れを告げ、ディアミッド商会の彼の屋敷から逃げ去ったあの日でさえ、彼はマーレイとジゼルが同一人物であると疑いすらしていない。
「君の家の紋章は、確かかすみ草だったな」
サーフェスは答え合わせをする。
「そ、それで気づいたのですか? 」
今更になって、そのような些細なことで気づいたというのだろうか。
「い、いや。気づいたのは」
サーフェスは言いにくそうに、ごにょごにょと口中で呟く。
「マーレイの左側の耳朶の裏には、小さなホクロが二つ並んでいる」
ハッと思わず耳朶を触ってしまうマーレイ。
「ジゼルにも同じ位置にそれがあった。それで今夜、確信した」
「ま、まあ! 」
そういえば、ディアミッド商会で過ごした日、かすみ草のイヤリングをサーフェスが付け直してくれたことがあった。
そしてジゼルとしてキスをした今夜、彼はやけに耳朶を触ってきていた。愛の行為の一つのようなのかと、やり過ごしていたが。
サーフェスは、こっそりと確かめていたのだ。
「実は花束とハンカチを送ったときも、君の反応を窺っていたのだが。思わせぶりなことをしても、君は無反応だし。それまでは確信が持てなかったのだが」
「そ、そんな。回りくどいことをされましても」
「しかし、直には聞きづらい内容ではないか」
やや怒ったようにサーフェスの声が硬くなる。
確かに聞きにくい。
ジゼルへの愛を同一人物であるマーレイに吐き、しかも恋愛指南をしてくれなど。想い人にみっともない姿を晒していたなんて。
そもそも、ジゼルとマーレイが同じ人物かと尋ねることほど間抜けなことはない。
ますますサーフェスの情けなさが露呈してしまう。
彼に残されていた矜持をズタズタにしてしまい、マーレイはしゅんと項垂れた。
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