壁の花令嬢の最高の結婚

氷 豹人

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第一章  

義姉の胸の内

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 夜会用のドレスから普段着にしている飾り一つない灰色の木綿ドレスに戻ったアメリアは、エイスティンの部屋のドアをノックした。
 夫婦の寝室はちゃんと用意されている。エイスティンは寝室に向かう前に、自室で髪を梳かすのが日課だ。
 エイスティンの自室はシノワズリ様式であり、チッペンデールを好んでいた。鳥と花が彫られた家具や、真っ赤な絨毯、幾何学模様の壁紙は、いつみても異国に迷い込んだ気分になる。
 アメリアは化粧台に座るエイスティンに、鏡越しで頭を下げた。
「ありがとう、お義姉様」
 美しく波打つ金髪に櫛を通しながら、エイスティンは微笑む。
「とんでもない人に目をつけられたわね」
「天敵よ」
 頬を膨らませて早口で応えたアメリアに、エイスティンは苦笑いした。
「そんなこと言っては駄目よ。あの方はハリーの無二の親友なのよ」
「信じたくないわ」
「ブランシェット卿がいなければ、ハリーの寄宿学校生活はどん底だったと、よく聞くわ」
「悪魔は得てして表向きは良い顔をしているのよ」
「悪魔だなんて」
 困ったような顔も見惚れるほど。
 エイスティンは随分と大人びた落ち着きがあり、内面の美しさがそっくりそのまま表に出ている。とてもじゃないが、自分と三歳しか違わないとは。彼女と並べば、エデュアルトの言葉を噛み締めてしまう。何て自分は子供っぽいのかと。
「世の女性は誰しもがあの人に夢中になるそうよ。お義姉様もそうだったの? 」
 エイスティンほどの美貌の主でも、あの悪魔じみた男に誑かされたりするのだろうか。アメリアは率直に疑問を口にしてみた。
「私? 」
 ふと、エイスティンの櫛が止まる。
「私は最初からハリーしか目に入っていないから」
 至極当然と、エイスティンは微笑む。
「お兄様の他にも求婚者はたくさんいらっしゃったと聞くわ。どうして敢えてお兄様を選んだの? 」
 アメリアは不思議で仕方ない。
「お兄様、背は低いし、どちらかといえば容姿は地味だし、社交的な方ではないし。お兄様よりもハンサムで背が高くて、センス抜群の男性は他にもいたでしょう? 」
 お世辞にもハンサムとは言い難い兄。親友のエデュアルトの方が、性格はともかく見た目が桁違いだ。
 エイスティンは緩く首を横に振った。
「私に求婚してきた男性といえば、宝石商が売りつけてくるダイヤモンドの粒の大きさを競う方ばかり。いかに自分が財産家か見せびらかすだけの」
 大概の金のある貴族の男は、見目麗しい女にいかに自分が凄いかをアピールする。エデュアルトだって例外ではない。むしろ嫌味なくらいに自信家だ。
「ハリーだけよ。そこら辺にある高価なだけの石と違って、崖に咲く一輪の花の方が美しいと教えてくれたのは」
「お兄様、花を摘むために崖を登ったの? 」
「例え話よ」
 エイスティンは、くすくすと笑う。
「ハリーだけが、私の外見に惑わされず接してくれるの」
 エイスティンほどの美貌の持ち主であっても、アメリアには理解し難い悩みがあるらしい。
「私の見た目が軽薄だと、よく男性に襲われそうになったわ」
「まあ! 」
 具体的な弊害を聞かされ、アメリアは憤慨した。
 エイスティンはその派手な外見によって、今まで苦しめられていたのだ。
「私は大輪の薔薇よりもかすみ草が好き。買い物やお芝居、乗馬よりも、本を読むことが好き。派手なパーティーを開くより、部屋に篭って刺繍をしたり編み物をしたりすることが好き。ハリーだけよ、私の本質を理解してくださるのは」
 兄はエイスティンの派手な外見とは裏腹な慎ましさに堕ちた。
「私にとっては、時々口うるさいお兄様だけど」
「でも、家族をとても大切になさる素晴らしい方よ」
 そこは異論はない。
 兄が妻を理解しているのと同じように、エイスティンも夫を理解している。
 アメリアは羨ましくさえ思った。
 貴族の結婚は打算にまみれ、政略的であって、そこには互いの感情など存在しないのが当たり前。
 だからこそ、アメリアは結婚に失望した。
 しかし、兄夫婦にあるのは、互いを想いやる愛だ。
 アメリアの心がぐらぐらと揺れた。






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