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第二章
乙女の憧れ
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エデュアルトは、どうあってもアメリアを屋敷に戻すつもりだ。彼の意思は堅い。
そのうち本当に首に縄を掛けられて、屋敷まで引き摺られかねない。
これは屋敷に戻って作戦を熟考する必要がある。
幸い、まだサンシェット氏から直接プロポーズは受けていないし。本人にプロポーズするには、まず家長の許しを得て、何度か逢瀬を重ねなければならない。しかも、最初から二人きりになるのではなく、初めの何回かは付き添い人や母親、姉妹の誰かが付かなければならないルールがある。
アメリアは貴族のややこしいルールを鬱陶しがっていたが、このときばかりはありがたく思えた。
「帰る前に賭博場へ連れて行って! 」
思い切ってねだってみれば、予想通りの反応を相手は返してきた。
「何だと? 」
エデュアルトは眉間に皺を寄せて、仏頂面となる。
表情までアメリアの思い描いた通り。
「一度、行ってみたかったの! 」
巷で流行している恋愛小説に、賭博場のシーンがあった。乙女が憧れる、未知の世界だ。鮮やかなその世界を一度は見てみたかったが、あの兄が許すわけがない。堅実な兄は賭け事が大嫌いだから。
その点、兄と真反対のエデュアルトなら、きっと賭博場に顔がきくはず。
「お前のような子供が行くところではない」
「何度も言わせないで。私は大人よ」
「駄目だ。危険だ」
「行くまで、屋敷には帰らないわ」
「我儘を言うとは、お前らしくないぞ」
いつものアメリアなら、このように我を押し通すことはしない。矜持を傷つけられて反発はするが、自ら願いを口にすることは滅多にない。
「お願い、ブランシェット卿。お嫁に行く前に夢を叶えさせて」
アメリアは手を組むと、祈るようにエデュアルトを見つめる。
何だかんだ言いながらも、エデュアルトがアメリアに手厳しいのは、彼女を大切に思っているからだ。どうでも良い娘なら、適当にあしらう。血の繋がりこそないものの、妹のような存在に揺るぎはない。
「ヴィンセントに知られたら、俺の顎は砕かれてしまう」
「でしょうね」
アメリアは認めた。
「ハリーお兄様ったら、悪い遊びには一切関わろうとしないから」
「あいつほど潔癖な男はいない」
「ええ。あなたみたいな人が親友だなんて、不思議で堪らないわ」
「黙れ」
不機嫌にエデュアルトは椅子に凭れた。
兄ハリーとエデュアルトは、見事に真逆だ。陽気で友人の多いエデュアルト。気難しくて内向的なハリー。酒に博打に女と堕落した生活を好むエデュアルト。品行方正で潔癖なハリー。数多の女性と浮き名を流すエデュアルト。一目惚れした妻を一途に想い結婚まで貞操を守っていたハリー。言動も行動も全く違う二人は、何故か寄宿学校で意気投合し、以来、二十年にも及ぶ付き合いだ。
爵位を継いだ今、「エデュアルト」「ハリー」などと気安く呼び合うことはなくなったが、互いに親友の位置づけは変わらない。
だからこそ、関係にこれ以上の亀裂を入れるのは避けたいというのが、エデュアルトの考えだ。
アメリアはそれをわかった上で、ねだった。
今、このときを逃せば、二度とチャンスは来ない。
青髭に嫁ぐ気はさらさらないから、職業婦人一択だ。働けば、娯楽から遠ざかる。
「ブランシェット卿。お願い」
アメリアは長い睫毛を伏せた。
「し、仕方ないな。今回だけだからな」
意外にもあっさりとエデュアルトは折れた。
アメリアが幾ら反発したところで、婚約話は易々とは覆せない。そう遠くない日に、全く娯楽のない物寂しい僻地に飛ばされるアメリアを哀れに思ったのだろう。
「うれしい! 」
理由はどうであれ、エデュアルトは了承した。
アメリアは身を乗り出すと、エデュアルトの手を握った。
「は、離せ。レディが馴れ馴れしく男の手を握るんじゃない」
エデュアルトは迷惑極まりないと、目を眇める。
アメリアはパッと手を離すと、頬を思い切り膨らませた。
「何よ。自分は誰彼構わずキスを仕掛けているくせに」
「お、俺は良いんだ」
「放蕩者だから? 」
「そうだ」
胸を張る場面ではないが、エデュアルトは堂々と頷いた。
アメリアはムスッと口をへの字に曲げたものの、内心はドキドキと心臓を鳴らせていた。
思わずエデュアルトの手を握ってしまったが、未婚の令嬢としてはあり得ないことだ。男性に自ら触れるなんて。
壁の花歴の長いアメリアは、勿論、異性に触れたことなどない。兄ですら、年頃になればある程度の距離をとって接していた。
大人になってから触れたエデュアルトの手は、節が張ってゴツゴツしている。女性に対して格好つけようと剣術に励んでいるから、手はとても大きいし、剣ダコも出来ている。手のひらも分厚い。
そんなアメリアの内心など知る由もなく、エデュアルトは腕を組んで、アメリアの足先から頭のてっぺんまでを不躾にジロジロと視線を行き来させた。
「まずは、その幼稚な見た目をどうにかしろ」
「し、失礼ね」
ドキドキが一気に吹き飛ぶ。
「年相応の格好をしろ。そうでなければ、子供は入り口で摘み出されるぞ」
カジノは未成年は禁止だ。幾らアメリアが大人だと言い張っても、格好から顔から十代半ばにしか見えない。
「ドレスを着替えたら良いの? どこで? 」
「替えのドレスは持って来ているのか? 」
「え、ええ。お義姉様に選んでいただいたものを」
「エイスティン夫人に」
エデュアルトは辛そうに顔を歪めた。
彼はエイスティンに惚れているのだ。普段の放蕩ぶりが嘘のように、純愛を持って。
それを悟られまいと、彼はわざと怠惰に振る舞っている節さえある。
アメリアの胸がズキリと痛んだ。
そのうち本当に首に縄を掛けられて、屋敷まで引き摺られかねない。
これは屋敷に戻って作戦を熟考する必要がある。
幸い、まだサンシェット氏から直接プロポーズは受けていないし。本人にプロポーズするには、まず家長の許しを得て、何度か逢瀬を重ねなければならない。しかも、最初から二人きりになるのではなく、初めの何回かは付き添い人や母親、姉妹の誰かが付かなければならないルールがある。
アメリアは貴族のややこしいルールを鬱陶しがっていたが、このときばかりはありがたく思えた。
「帰る前に賭博場へ連れて行って! 」
思い切ってねだってみれば、予想通りの反応を相手は返してきた。
「何だと? 」
エデュアルトは眉間に皺を寄せて、仏頂面となる。
表情までアメリアの思い描いた通り。
「一度、行ってみたかったの! 」
巷で流行している恋愛小説に、賭博場のシーンがあった。乙女が憧れる、未知の世界だ。鮮やかなその世界を一度は見てみたかったが、あの兄が許すわけがない。堅実な兄は賭け事が大嫌いだから。
その点、兄と真反対のエデュアルトなら、きっと賭博場に顔がきくはず。
「お前のような子供が行くところではない」
「何度も言わせないで。私は大人よ」
「駄目だ。危険だ」
「行くまで、屋敷には帰らないわ」
「我儘を言うとは、お前らしくないぞ」
いつものアメリアなら、このように我を押し通すことはしない。矜持を傷つけられて反発はするが、自ら願いを口にすることは滅多にない。
「お願い、ブランシェット卿。お嫁に行く前に夢を叶えさせて」
アメリアは手を組むと、祈るようにエデュアルトを見つめる。
何だかんだ言いながらも、エデュアルトがアメリアに手厳しいのは、彼女を大切に思っているからだ。どうでも良い娘なら、適当にあしらう。血の繋がりこそないものの、妹のような存在に揺るぎはない。
「ヴィンセントに知られたら、俺の顎は砕かれてしまう」
「でしょうね」
アメリアは認めた。
「ハリーお兄様ったら、悪い遊びには一切関わろうとしないから」
「あいつほど潔癖な男はいない」
「ええ。あなたみたいな人が親友だなんて、不思議で堪らないわ」
「黙れ」
不機嫌にエデュアルトは椅子に凭れた。
兄ハリーとエデュアルトは、見事に真逆だ。陽気で友人の多いエデュアルト。気難しくて内向的なハリー。酒に博打に女と堕落した生活を好むエデュアルト。品行方正で潔癖なハリー。数多の女性と浮き名を流すエデュアルト。一目惚れした妻を一途に想い結婚まで貞操を守っていたハリー。言動も行動も全く違う二人は、何故か寄宿学校で意気投合し、以来、二十年にも及ぶ付き合いだ。
爵位を継いだ今、「エデュアルト」「ハリー」などと気安く呼び合うことはなくなったが、互いに親友の位置づけは変わらない。
だからこそ、関係にこれ以上の亀裂を入れるのは避けたいというのが、エデュアルトの考えだ。
アメリアはそれをわかった上で、ねだった。
今、このときを逃せば、二度とチャンスは来ない。
青髭に嫁ぐ気はさらさらないから、職業婦人一択だ。働けば、娯楽から遠ざかる。
「ブランシェット卿。お願い」
アメリアは長い睫毛を伏せた。
「し、仕方ないな。今回だけだからな」
意外にもあっさりとエデュアルトは折れた。
アメリアが幾ら反発したところで、婚約話は易々とは覆せない。そう遠くない日に、全く娯楽のない物寂しい僻地に飛ばされるアメリアを哀れに思ったのだろう。
「うれしい! 」
理由はどうであれ、エデュアルトは了承した。
アメリアは身を乗り出すと、エデュアルトの手を握った。
「は、離せ。レディが馴れ馴れしく男の手を握るんじゃない」
エデュアルトは迷惑極まりないと、目を眇める。
アメリアはパッと手を離すと、頬を思い切り膨らませた。
「何よ。自分は誰彼構わずキスを仕掛けているくせに」
「お、俺は良いんだ」
「放蕩者だから? 」
「そうだ」
胸を張る場面ではないが、エデュアルトは堂々と頷いた。
アメリアはムスッと口をへの字に曲げたものの、内心はドキドキと心臓を鳴らせていた。
思わずエデュアルトの手を握ってしまったが、未婚の令嬢としてはあり得ないことだ。男性に自ら触れるなんて。
壁の花歴の長いアメリアは、勿論、異性に触れたことなどない。兄ですら、年頃になればある程度の距離をとって接していた。
大人になってから触れたエデュアルトの手は、節が張ってゴツゴツしている。女性に対して格好つけようと剣術に励んでいるから、手はとても大きいし、剣ダコも出来ている。手のひらも分厚い。
そんなアメリアの内心など知る由もなく、エデュアルトは腕を組んで、アメリアの足先から頭のてっぺんまでを不躾にジロジロと視線を行き来させた。
「まずは、その幼稚な見た目をどうにかしろ」
「し、失礼ね」
ドキドキが一気に吹き飛ぶ。
「年相応の格好をしろ。そうでなければ、子供は入り口で摘み出されるぞ」
カジノは未成年は禁止だ。幾らアメリアが大人だと言い張っても、格好から顔から十代半ばにしか見えない。
「ドレスを着替えたら良いの? どこで? 」
「替えのドレスは持って来ているのか? 」
「え、ええ。お義姉様に選んでいただいたものを」
「エイスティン夫人に」
エデュアルトは辛そうに顔を歪めた。
彼はエイスティンに惚れているのだ。普段の放蕩ぶりが嘘のように、純愛を持って。
それを悟られまいと、彼はわざと怠惰に振る舞っている節さえある。
アメリアの胸がズキリと痛んだ。
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