寡黙な消防士でも恋はする

晴 菜葉

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続編 愛くらい語らせろ

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 恋人になったからと言って、いきなりいちゃいちゃするような関係になれるか。
 『鉄仮面』と渾名される、堂島篤司だぞ。
 日浦はそこんとこ、わかってねえよな。
 睫毛の長いおキレイな横顔をこっそり眺めながら、俺はもう何度目になるかわからない溜め息をついた。 
 日浦は朝からご機嫌斜めだ。斜めどころか、完全に急降下。いつもはお花が咲き誇っている日浦の頭上は、現在はどす黒い雲が分厚く覆って、雷が鳴り響いていた。下手に近寄ると、落雷しかねない。
 懸命な俺は、完全に赤の他人を装ってバリヤーを張っておく。だから、誰であろうと、半径一メートル以内に入ってくるんじゃねえぞ。
 今は日浦に歩み寄るつもりはない。
 俺にだって譲れないもんはあるんだ。
 と言う意思を見せておかなければな。
「おい。あれ、どないしたんや?」
 出勤するなり、橋本は馴れ馴れしく俺の右肩に肘を置き、耳打ちしてきた。
 バリヤーなんか関係ねえな、こいつ。
 橋本の目線の先は、何やらぶつぶつ言いながらパソコンを打っている日浦だ。おい、そんなに強くキーボード叩くと壊れるぞ。
「知りませんよ」
 理由は判明しているが、知らぬ存ぜぬを通すからな、俺は。 
「嘘つけ。あれ、お前のせいやろ」
 橋本は見えないはずの日浦の頭上の暗雲を指差す。
「朝から女の子らが怖がって怖がって。この間の会議の資料、どうなったか聞いてくれて頼まれたんや」
「あれじゃないですか。机の上にある束」
「よし。お前、取って来い」
「何で俺が」
「お前が原因やろが」
 ……こいつ、どこまで知ってるんだ?
 高校の時分に三代目大黒谷の元締めと呼ばれた睨みをきかせてやったが、呆気なく跳ね返された。
 さすが、二代目大黒谷の元締めだ。
 本人は隠しているようだが、六歳下の後輩にも、その名は知れ渡っているからな。伝説の五十人斬りは、代々語り継がれてるぞ。
「何のことですか?」
「おい。いつまでトボける気いや」
 声が一オクターブ下がった。
 いつもの人畜無害な垂れ目が、ギロリと吊り上がり、獰猛さが剥き出しになる。市局の王子様だとか持て囃されているが、騙されるなよ、女ども。こいつは猫みたいな人懐こい見た目に反して、中身は骨までしゃぶりまくるハイエナだからな。幾らにこにこ愛想よく振る舞おうと、目が笑ってねえ。俺はしっかり見抜いてるぞ。
「橋本さんが頼まれたんですから、ご自身でどうぞ」
 睨みでは敵わない。でも、平伏す俺じゃねえ。馴れ馴れしい肘を払うと、早々に背を向けてやる。
「で、原因は何や?」
 しつけーな。
「夫婦喧嘩は犬も食わへんて言うけどな。周りが迷惑被ってる時点で、社会人失格やからな」
 誰が夫婦だ。
 痛いところを突いてくるんじゃねーよ。
 っていうか、喧嘩ってなんだ。
「おい、堂島」
 橋本の呼びかけを無視し、一昨日の出来事を脳内で再生させた。
  



 
 
 

 
 
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