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続編 愛くらい語らせろ
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生活感のない日浦の部屋も、ここ三ヶ月ばかしで随分人間らしい住まいになった。
最初はワンルームのど真ん中にダブルベッド、端に箪笥ニ卓だけの素っ気なさだったが、いつしか飾り棚が置かれ、そこにはビンテージの時計やブリキの玩具といった細やかな物が配置されている。
焦茶の革張りのソファは男二人並ぶにはやや窮屈なものの、どうやら日浦の思惑があってのことらしい。
いつもならだらしなくソファで足を組んでテレビのクイズ番組をだらだら観て、そのうち意外にも博識な日浦に対して負けん気が出て、絶対答えてやると脳味噌の線を伸ばしているところだったが……。
今日は俺一人、ソファを陣取っている。
いつもの右側は、クイズ番組の勝敗が決まっても、ぽっかり空いたまま埋まらない。
日浦はずっと流し台に立ち、缶ビールをちびちび飲んでいた。
「いつまで拗ねてんだよ」
放っとくつもりだったが、いい加減に痺れを切らし、とうとう俺は半分以下になった缶ビールをテーブルに叩きつけるように置いた。
「拗ねてない」
日浦は酒を煽る。
拗ねていないと即答する時点で、拗ねてんだよ。自覚あるだろうがよ。
原因は一つ。
スマホのスケジュールの、次の休みには例のアレと記してある。
例のアレ、つまり見合いの日だ。
「四ノ宮美希さんだっけ。なかなか積極的な女性だな」
飲みさがしの缶を流し台に置くなり、日浦はずんずんと大股で近寄って来た。
不意に俺の真上に影が落ちる。
あっと言う声はそのまま日浦の唇に吸い込まれ、勢い任せにソファに押し倒されていた。
「痛っ」
革張りの弾力のなさは、不意打ちには不利だ。思い切り後頭部をぶつけてしまった。弾みで、重なった唇が離れる。
いつもなら背筋がむず痒くなるような台詞をのたまい、俺のシャツの裾を捲り上げながら膝上に乗り、ゆっくりと俺の後頭部を座面に近づかせるのだが。
「くそっ」
日浦は呼吸の合間に忌々しく吐き捨て、再度重なる唇が深みを増した。いつになく性急だ。
絡み合う舌は湿り、卑猥にさえ思える水音を響かせる。テレビの雑音になど掻き消されず、率直に鼓膜を刺激した。
口内が火傷しそうに熱い。
初めてキスするガキのように息継ぎの仕方さえままならず、酸素を求めて一旦離れると、互いの間で唾液が糸を引いた。
妙な気恥ずかしさに、目線を泳がせていた俺は、見てはいけないものを視界に入れてしまった。
「お、おい。何だよそれは」
見てみぬふりなど出来ない。してはいけない。たちまち体中の毛穴から汗の雫が吹き出した。
「橋本が寄越してきた」
「なんてもん渡してくるんだよ、あいつは」
日浦の左手には、所謂、大人の玩具……バイブが握られていた。
一体いつの間にそんなもん取り出したんだ。って言うか、今までどこに隠してた。
取り上げようと手を伸ばせば、それより早く日浦が手を動かして、させまいと逃げる。
上半身起き上がり、さらに手を伸ばせば、俺の膝に馬乗りになりながら、日浦は器用に体を捻らせ逃れる。
逃げるなら退けよ。
しかし、日浦はあくまで俺を組み敷きたいらしい。
「恋人との仲を深めろって」
「悪化するわ」
いつ、誰に対して使うのか。この状況下では聞くまでもない。
橋本のニタニタと口端を吊り上げる笑い方が脳裏を過り、本気で殺意が湧いた。次に会ったときは、間違いなく顔面を陥没させてやる。
「こんなもん使うな」
「何で?」
日浦は人の悪い笑みを浮かべ、白々しく首を傾げた。
「へええ。百戦錬磨の『大黒谷の元締め』も、大したことないんだなあ」
「ああん?何だと?」
ぴくり、とこめかみがひくつく。
聞き捨てならねえぞ。
「やっぱりお子様のセックスしかしたことないんだな」
「何だと、コラ」
「幾つになっても、お子様はお子様だろ」
「てめえ。もういっぺん言ってみろ」
「お子様はこんな玩具なんか使わないか」
「ふざけんな。使ったことくらいあるわ」
「あるんだ」
つまらなさそうに日浦は口を尖らせた。
今でこそ鉄仮面だが、学生の頃はナンパ成功率七十五パーセントで、付き合う女もお嬢様学校の淑女から風俗のネエチャンまで、幅広かったんだ。女を満足させる手管は日々研究を怠ったことはない。
「なら、問題ないな」
「は?」
「もしかして、怖気づいた?」
「は?んなわけねえだろ」
「じゃあ、するよな」
「お、おお。任せろ」
どん、と拳で自分の胸を叩く。
胸板の振動で、ハッと我に返った。
もしや、ではなく、確実に、日浦に乗せられてしまった。
案の定、日浦は満足そうに切れ長の目を細めてほくそ笑んでいる。
最初はワンルームのど真ん中にダブルベッド、端に箪笥ニ卓だけの素っ気なさだったが、いつしか飾り棚が置かれ、そこにはビンテージの時計やブリキの玩具といった細やかな物が配置されている。
焦茶の革張りのソファは男二人並ぶにはやや窮屈なものの、どうやら日浦の思惑があってのことらしい。
いつもならだらしなくソファで足を組んでテレビのクイズ番組をだらだら観て、そのうち意外にも博識な日浦に対して負けん気が出て、絶対答えてやると脳味噌の線を伸ばしているところだったが……。
今日は俺一人、ソファを陣取っている。
いつもの右側は、クイズ番組の勝敗が決まっても、ぽっかり空いたまま埋まらない。
日浦はずっと流し台に立ち、缶ビールをちびちび飲んでいた。
「いつまで拗ねてんだよ」
放っとくつもりだったが、いい加減に痺れを切らし、とうとう俺は半分以下になった缶ビールをテーブルに叩きつけるように置いた。
「拗ねてない」
日浦は酒を煽る。
拗ねていないと即答する時点で、拗ねてんだよ。自覚あるだろうがよ。
原因は一つ。
スマホのスケジュールの、次の休みには例のアレと記してある。
例のアレ、つまり見合いの日だ。
「四ノ宮美希さんだっけ。なかなか積極的な女性だな」
飲みさがしの缶を流し台に置くなり、日浦はずんずんと大股で近寄って来た。
不意に俺の真上に影が落ちる。
あっと言う声はそのまま日浦の唇に吸い込まれ、勢い任せにソファに押し倒されていた。
「痛っ」
革張りの弾力のなさは、不意打ちには不利だ。思い切り後頭部をぶつけてしまった。弾みで、重なった唇が離れる。
いつもなら背筋がむず痒くなるような台詞をのたまい、俺のシャツの裾を捲り上げながら膝上に乗り、ゆっくりと俺の後頭部を座面に近づかせるのだが。
「くそっ」
日浦は呼吸の合間に忌々しく吐き捨て、再度重なる唇が深みを増した。いつになく性急だ。
絡み合う舌は湿り、卑猥にさえ思える水音を響かせる。テレビの雑音になど掻き消されず、率直に鼓膜を刺激した。
口内が火傷しそうに熱い。
初めてキスするガキのように息継ぎの仕方さえままならず、酸素を求めて一旦離れると、互いの間で唾液が糸を引いた。
妙な気恥ずかしさに、目線を泳がせていた俺は、見てはいけないものを視界に入れてしまった。
「お、おい。何だよそれは」
見てみぬふりなど出来ない。してはいけない。たちまち体中の毛穴から汗の雫が吹き出した。
「橋本が寄越してきた」
「なんてもん渡してくるんだよ、あいつは」
日浦の左手には、所謂、大人の玩具……バイブが握られていた。
一体いつの間にそんなもん取り出したんだ。って言うか、今までどこに隠してた。
取り上げようと手を伸ばせば、それより早く日浦が手を動かして、させまいと逃げる。
上半身起き上がり、さらに手を伸ばせば、俺の膝に馬乗りになりながら、日浦は器用に体を捻らせ逃れる。
逃げるなら退けよ。
しかし、日浦はあくまで俺を組み敷きたいらしい。
「恋人との仲を深めろって」
「悪化するわ」
いつ、誰に対して使うのか。この状況下では聞くまでもない。
橋本のニタニタと口端を吊り上げる笑い方が脳裏を過り、本気で殺意が湧いた。次に会ったときは、間違いなく顔面を陥没させてやる。
「こんなもん使うな」
「何で?」
日浦は人の悪い笑みを浮かべ、白々しく首を傾げた。
「へええ。百戦錬磨の『大黒谷の元締め』も、大したことないんだなあ」
「ああん?何だと?」
ぴくり、とこめかみがひくつく。
聞き捨てならねえぞ。
「やっぱりお子様のセックスしかしたことないんだな」
「何だと、コラ」
「幾つになっても、お子様はお子様だろ」
「てめえ。もういっぺん言ってみろ」
「お子様はこんな玩具なんか使わないか」
「ふざけんな。使ったことくらいあるわ」
「あるんだ」
つまらなさそうに日浦は口を尖らせた。
今でこそ鉄仮面だが、学生の頃はナンパ成功率七十五パーセントで、付き合う女もお嬢様学校の淑女から風俗のネエチャンまで、幅広かったんだ。女を満足させる手管は日々研究を怠ったことはない。
「なら、問題ないな」
「は?」
「もしかして、怖気づいた?」
「は?んなわけねえだろ」
「じゃあ、するよな」
「お、おお。任せろ」
どん、と拳で自分の胸を叩く。
胸板の振動で、ハッと我に返った。
もしや、ではなく、確実に、日浦に乗せられてしまった。
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