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続編 愛くらい語らせろ
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「で、四ノ宮さんの知り合いも『光円教』に深入りしてるって?」
コーヒーを一口含むなりカップをテーブルに戻すと、日浦は目つきを尖らせる。
ミイは目線を逸らした。
「協力を仰ぐんだから、隠し事はなしだ」
尤もな意見。
それでもミイは逡巡し、視線を彷徨わせる。口紅を塗りたくった唇はかさかさに乾燥し、覗いた舌が下唇を舐めた。
日浦は視線で射抜く。まさに獲物に照準を合わせたライオンそのもの。
隣に座る俺まで、じっとりと首筋に汗が浮かんだ。
「実は元生徒がこの宗教団体に引き込まれたみたいなの」
誤魔化すのは無理だと判断し、ミイは生唾を飲むと、溜め息と共に言葉を吐き出した。
「名前は」
日浦は促す。
「刈谷理人」
「幾つ?」
「二十歳」
「若いな」
斜め後ろで勧誘されている男といい、宗教団体のターゲットは若者に絞っているのか?
「若いから。若さで突っ走ってるから」
ミイは下唇を噛んで俯いた。
「で、何か怪しい動きをしてるって?」
日浦に代わって、俺が問い詰める。
「まだよ」
ミイは静かに首を横に振った。
「は?」
つい、声が漏れてしまう。
おい、おい、おい、おい。ちょっと待て。
思わずテーブルに両手をつき、椅子から尻を浮かせて体を前に押し出した。顔と顔との距離が縮まる。
「お前はなあ。まだ何の動きもないのに。早とちりかよ」
「ち、違う」
ムキになり、ミイは拳でテーブルを叩く。がちゃん、とカップが受け皿からずれる。
「最悪の事態になる前に、助けたいのよ」
ミイの目元は怒りを孕んで真っ赤になり、ふわりと柔らかな羽を想起させていたものは、少しも残っていない。むしろギャルとしてハメを外していた頃の雰囲気に近い。
どっちかと言うと、俺のよく知る「ミイちゃん」だ。
「その様子だと、何を仕出かすか大体予想はついているんだな」
日浦は表情一つ変えず、コーヒーに口をつけた。
再びミイは俯く。
それが答えだ。
「刈谷理人は、何するつもりなんだ?」
「それは……」
「言えないってか?」
俺の問いかけに、ミイは俯いたきりだ。小刻みに肩を震わせて、必要以上に筋肉を強張らせている。注文したコーヒーには一口もつけない。
「……」
「……」
「……」
空気、重いな。
俺達のテーブルだけ、消音ボタンが押されたように、衣擦れさえせず、静まり返っている。
異様だろうが、そんなこと誰も気にしちゃいない。店内の客は、俺らなんて空気の一部だ。みんな好き勝手に自分らのおしゃべりに夢中になっている。
「殺人よ」
不意にミイが声のトーンを三つばかり落とした。
「え?」
空耳か?
物騒な言葉が飛び出したぞ。
まさか、と反論しようとするが、俺の声は喉元で詰まったきり出てこない。
微かに触れた日浦の肩がびくりと小さく揺れたのが、俺にまで伝染したからだ。
コーヒーを一口含むなりカップをテーブルに戻すと、日浦は目つきを尖らせる。
ミイは目線を逸らした。
「協力を仰ぐんだから、隠し事はなしだ」
尤もな意見。
それでもミイは逡巡し、視線を彷徨わせる。口紅を塗りたくった唇はかさかさに乾燥し、覗いた舌が下唇を舐めた。
日浦は視線で射抜く。まさに獲物に照準を合わせたライオンそのもの。
隣に座る俺まで、じっとりと首筋に汗が浮かんだ。
「実は元生徒がこの宗教団体に引き込まれたみたいなの」
誤魔化すのは無理だと判断し、ミイは生唾を飲むと、溜め息と共に言葉を吐き出した。
「名前は」
日浦は促す。
「刈谷理人」
「幾つ?」
「二十歳」
「若いな」
斜め後ろで勧誘されている男といい、宗教団体のターゲットは若者に絞っているのか?
「若いから。若さで突っ走ってるから」
ミイは下唇を噛んで俯いた。
「で、何か怪しい動きをしてるって?」
日浦に代わって、俺が問い詰める。
「まだよ」
ミイは静かに首を横に振った。
「は?」
つい、声が漏れてしまう。
おい、おい、おい、おい。ちょっと待て。
思わずテーブルに両手をつき、椅子から尻を浮かせて体を前に押し出した。顔と顔との距離が縮まる。
「お前はなあ。まだ何の動きもないのに。早とちりかよ」
「ち、違う」
ムキになり、ミイは拳でテーブルを叩く。がちゃん、とカップが受け皿からずれる。
「最悪の事態になる前に、助けたいのよ」
ミイの目元は怒りを孕んで真っ赤になり、ふわりと柔らかな羽を想起させていたものは、少しも残っていない。むしろギャルとしてハメを外していた頃の雰囲気に近い。
どっちかと言うと、俺のよく知る「ミイちゃん」だ。
「その様子だと、何を仕出かすか大体予想はついているんだな」
日浦は表情一つ変えず、コーヒーに口をつけた。
再びミイは俯く。
それが答えだ。
「刈谷理人は、何するつもりなんだ?」
「それは……」
「言えないってか?」
俺の問いかけに、ミイは俯いたきりだ。小刻みに肩を震わせて、必要以上に筋肉を強張らせている。注文したコーヒーには一口もつけない。
「……」
「……」
「……」
空気、重いな。
俺達のテーブルだけ、消音ボタンが押されたように、衣擦れさえせず、静まり返っている。
異様だろうが、そんなこと誰も気にしちゃいない。店内の客は、俺らなんて空気の一部だ。みんな好き勝手に自分らのおしゃべりに夢中になっている。
「殺人よ」
不意にミイが声のトーンを三つばかり落とした。
「え?」
空耳か?
物騒な言葉が飛び出したぞ。
まさか、と反論しようとするが、俺の声は喉元で詰まったきり出てこない。
微かに触れた日浦の肩がびくりと小さく揺れたのが、俺にまで伝染したからだ。
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