77 / 85
続編 愛くらい語らせろ
51
しおりを挟む
去年の秋にオープンした水族館は日本屈指の規模を誇り、展示物は約一◯◯◯種、国内最大とはいかなくとも、それに匹敵する規模だ。
外観は一般的な水族館らしくなく、どちらかと言うと近未来的な、シルバーの円筒形が連なる建物で写真映えする。入場もせず建物全体が入るようにカメラに収める若者の多いこと。って笠置、お前もかよ。
客層はカップルか家族連れ、ツアー客が占めており、まあまあ若いのとオッサンに差し掛かった男二人では浮くよな、やっぱり。
「堂島さん。何してるんですか。放って行きますよ」
入場券売り場の列に並びながら、笠置がいらいらと言い放つ。おい、つい今しがたまで撮影に夢中だったじゃねえか。
何だって橋本はこんな勝手気ままな男が良いんだか。惚れた弱味ってやつか?
確かに、茶系のサマーニットに黒のスキニー、黒のスニーカーとシンプルな格好ながら、笠置の子犬みたいな無邪気さが勝って、アイドルのお忍びみたいに見えなくもない。二十半ばの割に目がくりくりして可愛い顔つきだし。
「俺、ペンギン見たい。あとアシカショーも。それからカフェの水族館パフェ食べたい」
「はいはい」
さっさと屋内に行ってしまう。
てめえは浮かれたガキかよ。日曜日までガキのお守りなんて、勘弁してくれよ。
不意に背後をナイフで切り裂かれたかのようなイメージが脳内に湧く。
背後の右六十度の位置からの鋭い視線を背中全体で受ける。
痛い、が率直な感想だ。
勿論、本当にナイフで刺されたりはしていない。
誰だ、ガンつけてくるのは。
俺も負けじと、目を眇めてぐるりと見渡した。
周囲はのほほんとした客ばかり。それらしい悪どいやつはいない。
「?」
気のせいか?
「堂島さん!遅いよ!」
「あー、はいはい」
別にいいけど、敬語はどうしたよ。俺、先輩なんだけど。
ペンギンだのアシカショーだの付き合わされたものの、水族館なんて元嫁と婚約期間ぶりだから、なかなかに楽しめた。うん。
笠置も笑顔を取り戻し、いつもの調子だ。頭に水族館限定のペンギンカチューシャまでつけての浮かれよう。
「あー、カフェだって。何か飲みましょうよ」
左腕を引かれて、強制的に併設のカフェに連れていかれる。
時間帯なのか店内の客といえば俺ら以外に誰もいない。
一番奥の目立たない席に着き、適当にメニューを捲っていたら、まだ十代らしき女の店員がいそいそと寄ってきた。
おかっぱ頭のアルバイトらしき店員は、やけに目をきらきらさせてチラシを差し出す。
「こちら、ただいまカップル限定のパフェがございます」
チラシには、やや大ぶりの器に盛られたチョコパフェが載っていた。水族館限定!とデカデカと文字が書かれて、パフェの飾りのクッキーがペンギンの形をしている。若いのがSNSにあげそうだな。
「は?」
間違いなく俺達には関係ない食いもんだ。
「いやいやいやいや。俺達は」
誤解するにも、有り得ないだろ。
どこをどう見たら、俺と笠置がカップルに見えるんだ。
おとなしくコーヒーを頼ませてくれ。
「期間限定でして。このフェアは、明日までなんです」
この花岡ってネームプレートつけた店員、しつこいな。どうあっても、俺達をカップルにしたいらしい。
花岡はパフェの味だの値段だの、いかにお得かをアピールしてくる。
「いや、大丈夫です」
良い加減にいらいらしてきて、ちょっと声を低めれば、花岡は不満そうに唇を尖らせ、一礼して去って行った。お前の趣味に乗っかるわけないだろ。
「堂島さんと恋人に見られるなんて」
最悪。と飲み込んだ言葉は、しっかり俺に伝わったからな。
それはこっちの台詞だからな。
笠置は俯いて、スマホをいじり出した。
「で、俺に何か相談あるんだろ。言ってみろ」
ハッと笠置が顔を上げた。
「お前が俺を誘うには、何か理由があるだろ」
日頃から鉄仮面のことが苦手だと憚らないやつが、わざわざ休みに誘ってくるとは。意図がない方がおかしい。
「理由がなければ、誘っちゃいけませんか?」
白々しく笠置は瞬かせる。
「うっ……」
マジかよ。子犬みたいなやつだと思ったら、ギャップが凄い。上目遣いなんか、小悪魔そのもの。下手すりゃ、淫靡な雰囲気に巻き込まれちまう。たぶん橋本はこの視線にいかれたんだろうな、と分析する。
「堂島さん」
ふっくらした唇で俺の名前を呼ぶ。
いつもとは違う音量で、スッと耳に入ってくる。まるで呪文みたいな。
小悪魔だ。小悪魔が目の前にいる。
じわり、と首筋に汗が浮かぶ。
「堂島さん」
再度、名を呼ばれた。
「はい。ストップ」
いきなり第三者の低めの声が割って入ったかと思えば、容赦なく顔面をメニュー表で叩かれた。
外観は一般的な水族館らしくなく、どちらかと言うと近未来的な、シルバーの円筒形が連なる建物で写真映えする。入場もせず建物全体が入るようにカメラに収める若者の多いこと。って笠置、お前もかよ。
客層はカップルか家族連れ、ツアー客が占めており、まあまあ若いのとオッサンに差し掛かった男二人では浮くよな、やっぱり。
「堂島さん。何してるんですか。放って行きますよ」
入場券売り場の列に並びながら、笠置がいらいらと言い放つ。おい、つい今しがたまで撮影に夢中だったじゃねえか。
何だって橋本はこんな勝手気ままな男が良いんだか。惚れた弱味ってやつか?
確かに、茶系のサマーニットに黒のスキニー、黒のスニーカーとシンプルな格好ながら、笠置の子犬みたいな無邪気さが勝って、アイドルのお忍びみたいに見えなくもない。二十半ばの割に目がくりくりして可愛い顔つきだし。
「俺、ペンギン見たい。あとアシカショーも。それからカフェの水族館パフェ食べたい」
「はいはい」
さっさと屋内に行ってしまう。
てめえは浮かれたガキかよ。日曜日までガキのお守りなんて、勘弁してくれよ。
不意に背後をナイフで切り裂かれたかのようなイメージが脳内に湧く。
背後の右六十度の位置からの鋭い視線を背中全体で受ける。
痛い、が率直な感想だ。
勿論、本当にナイフで刺されたりはしていない。
誰だ、ガンつけてくるのは。
俺も負けじと、目を眇めてぐるりと見渡した。
周囲はのほほんとした客ばかり。それらしい悪どいやつはいない。
「?」
気のせいか?
「堂島さん!遅いよ!」
「あー、はいはい」
別にいいけど、敬語はどうしたよ。俺、先輩なんだけど。
ペンギンだのアシカショーだの付き合わされたものの、水族館なんて元嫁と婚約期間ぶりだから、なかなかに楽しめた。うん。
笠置も笑顔を取り戻し、いつもの調子だ。頭に水族館限定のペンギンカチューシャまでつけての浮かれよう。
「あー、カフェだって。何か飲みましょうよ」
左腕を引かれて、強制的に併設のカフェに連れていかれる。
時間帯なのか店内の客といえば俺ら以外に誰もいない。
一番奥の目立たない席に着き、適当にメニューを捲っていたら、まだ十代らしき女の店員がいそいそと寄ってきた。
おかっぱ頭のアルバイトらしき店員は、やけに目をきらきらさせてチラシを差し出す。
「こちら、ただいまカップル限定のパフェがございます」
チラシには、やや大ぶりの器に盛られたチョコパフェが載っていた。水族館限定!とデカデカと文字が書かれて、パフェの飾りのクッキーがペンギンの形をしている。若いのがSNSにあげそうだな。
「は?」
間違いなく俺達には関係ない食いもんだ。
「いやいやいやいや。俺達は」
誤解するにも、有り得ないだろ。
どこをどう見たら、俺と笠置がカップルに見えるんだ。
おとなしくコーヒーを頼ませてくれ。
「期間限定でして。このフェアは、明日までなんです」
この花岡ってネームプレートつけた店員、しつこいな。どうあっても、俺達をカップルにしたいらしい。
花岡はパフェの味だの値段だの、いかにお得かをアピールしてくる。
「いや、大丈夫です」
良い加減にいらいらしてきて、ちょっと声を低めれば、花岡は不満そうに唇を尖らせ、一礼して去って行った。お前の趣味に乗っかるわけないだろ。
「堂島さんと恋人に見られるなんて」
最悪。と飲み込んだ言葉は、しっかり俺に伝わったからな。
それはこっちの台詞だからな。
笠置は俯いて、スマホをいじり出した。
「で、俺に何か相談あるんだろ。言ってみろ」
ハッと笠置が顔を上げた。
「お前が俺を誘うには、何か理由があるだろ」
日頃から鉄仮面のことが苦手だと憚らないやつが、わざわざ休みに誘ってくるとは。意図がない方がおかしい。
「理由がなければ、誘っちゃいけませんか?」
白々しく笠置は瞬かせる。
「うっ……」
マジかよ。子犬みたいなやつだと思ったら、ギャップが凄い。上目遣いなんか、小悪魔そのもの。下手すりゃ、淫靡な雰囲気に巻き込まれちまう。たぶん橋本はこの視線にいかれたんだろうな、と分析する。
「堂島さん」
ふっくらした唇で俺の名前を呼ぶ。
いつもとは違う音量で、スッと耳に入ってくる。まるで呪文みたいな。
小悪魔だ。小悪魔が目の前にいる。
じわり、と首筋に汗が浮かぶ。
「堂島さん」
再度、名を呼ばれた。
「はい。ストップ」
いきなり第三者の低めの声が割って入ったかと思えば、容赦なく顔面をメニュー表で叩かれた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
176
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる