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危険な薬瓶

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 御伽話の騎士なら、お姫様の危機に駆けつけてくれる。
 だが、あいにくとイザベラはお姫様ではない。
 助けに来てくれる騎士もいない。
 だったら、自分でどうにかするしかない。
「痛えええ! この女! 」
 イザベラはガブリと丸太みたいなミハイルの腕に噛み付いた。足枷のせいで逃げられないが、せめて体を奪われるなんてことは避けなければ。
「きゃあ! 」
 ミハイルに頬を殴られ、吹っ飛ぶ。手枷足枷をされたイザベラは、先程のワインの瓶のように、ごろごろと扉まで転がってしまった。その弾みで留めていたピンが外れて、髪の毛が腰で波打つ。
「なかなか肝が据わってやがる」
 よもや、ぎりぎりの状況でさえ抵抗してくるとは思わなかったのだろう。忌々しく舌打ちしたミハイルは、腕の歯形をぺろりと舐めた。
「汚い手で触らないで! 」
 イザベラは犬歯を剥いた。容赦はしない。
「何だと、この女! 」
 再度、ミハイルは拳を振り上げる。
「待ちなさい」
 リーナの一言に、ピタリとミハイルは拳を宙空で止めた。
「簡単にいたぶるなんて、つまんないわ」
 でっぷりした体を押し退けると、リーナはイザベラの前に片膝をつく。その目は不気味に爛々としている。
「良いことを思いついたわ。じわじわ追い詰めてやるのよ」
 彼女の吐く息は、まさしく中毒患者のそれだ。もう間もなく幻覚も出現するだろう。今はその一歩手前。ぎりぎり精神を保っている状態だ。
「ねえ、知ってる? 阿片なんかより、よっぽど強い薬があるのよ」
 リーナは機嫌良く声を弾ませると、深緑の手のひらくらいの大きさの小瓶を目線に掲げた。小瓶たっぷりに液体が詰まっている。
「これを飲めば、たちどころに廃人よ」
「や、やめて」
「そしたら、アークライト様に返してやるわ」
 イザベラの脳内で、自我を忘れたかつての病人の顔が浮かび、ぐにゃりと曲がったかと思えば、己の顔に変化した。
 恐怖がイザベラの背筋をゾクゾクと駆け抜ける。
「アークライト様だって、こんな廃人、すぐに放り出すわね」
 ぐっぐっと潰れた笑い声を上げるリーナは、この場に現れたときとは打って変わって心躍らせている。敵と見做した女を奈落へ突き出すのが、楽しくて堪らない。彼女の理性はすでに崩壊していた。
「さっさと飲みなさいよ! 」
「いや! 」
「口を開けなさい! 」
「いや! 」
 リーナに顎を捕まれ、力任せに瓶の口が唇にくっつく。イザベラは首を捩って抵抗した。
 リーナは尚も力を込めてイザベラの顎に指を食い込ませ、顔を背けることを阻止する。
 ここで屈したら確実に終わる。
 イザベラは挫けず、唇を引き結んで抵抗してみせた。
「往生際の悪い女ね! 」
 いらいらが限界のリーナに唇をこじ開けられ、瓶の口を押し込まれる。瓶が傾いた。三分の一ほどの中身が流れ込んでくる。
 イザベラは首の骨が折れそうなくらい力を入れて、顔を背け、液体がこれ以上口内に流れてくることを止めた。
 良薬は苦しと言うが、これは酷く甘い。チョコレートを溶かしたのではないかというくらいに。つまり、悪い薬だ。この上なく極悪な。


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