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舞踏会への招待
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「まあ! とうとうお父様は指輪を渡せたのね! 」
イザベラの薬指で輝きを放つ指輪に、アリアは勉強そっちのけで頬を紅潮させ、黄色い声を上げた。
「それじゃあ、やっと本物の夫婦になったのね! 」
わあああ、とアリアはその場で拍手する。
「何を言っているの、アリア。私達はあくまで偽装結婚よ」
苦笑いしながら、イザベラは釘を刺した。
たちまちアリアの気分が沈んだ。
「……挙式はいつ? 」
虫のような小さな声でぽつりと尋ねてくる。
「まだ先よ。ルミナス様は、そんな話しないわ」
ぴくり、とアリアの耳はその言葉を聞き漏らさなかった。すぐさま彼女の顔が晴れ、教会の天井画のような天使の微笑に変化する。
「まあ! ついにお父様が名前で呼ばれたわ! 」
いつまでたってもルミナスが敬称でしか呼ばれないことに、娘として気を揉んでいたようだ。
「私が留守をしていたたった一日で、何があったの! 」
唐突にイザベラの脳に、昨晩……正確には明け方までの出来事が甦った。とうに引き抜かれていたが、ルミナスの形状は未だにイザベラの体内に名残っている。これでもかと開いた窪みはなかなか閉じず、ぐずぐずと雫が溜まっていた。
「な、何もないわ! 」
滴りがアリアに気づかれはしないかと、ヒヤリと背筋が寒くなる。
不自然なくらいに否定するイザベラに、アリアは首を傾げた。
「ああ。何もなかった」
不意に上がった低い響きに、イザベラの尻は椅子から三センチは浮いた。
「ルミナス様。失礼ではありませんか? ノックもせず」
「したよ。五回も」
キャッキャッと弾むアリアの声に、どうやら扉を叩く音は消されてしまっていたようだ。
「ちょっと男女の脳が同じかどうか、議論し、確かめ合っただけだ」
意味深なニタリとした笑みを寄越してくる。
カーッとイザベラの血が沸いた。
「男の方と女の方の脳? それで、どのような結果が出たの? 」
「それはイザベラに聞いた方が早い」
この男は、また、余計なことを。イザベラは唇まで熱く感じながら引き結ぶ。こうなれば黙秘に限る。
「彼女は身をもって確かめたんだからな」
イザベラが口を開かないと、この男は紙一重の不適切発言をしかねない。思い直す。
「イザベラ? 結果はどうだったの? 」
アリアの無邪気さが、今は忌々しい。
「あ、あなたが知るのは、まだまだ先よ。アリア」
「どうして? 」
「こ、子供が詮索することじゃありません」
四苦八苦するイザベラに、とうとうルミナスはぷっと吹き出した。
「余計なことは仰らないでください」
ギロリと睨みつけてやる。
「私は単に心理学を教授してやろうかと」
「アリアにはまだ早過ぎます! 」
とことんふざけた発言に、イザベラのこめかみの筋は浮きっぱなしだ。
「そ、それより。何か御用があったのではなくて? 」
単にイザベラを揶揄うために、勉強を邪魔しに来たのではないだろう。やりかねないが。
「ああ。国王から舞踏会の招待状だ」
たちまちルミナスの表情が引き締まった。
彼は恭しく白い封筒を見せる。表面に王家の紋章である百合の花が刻印されている。
「君もアークライト子爵夫人として参加するように」
イザベラは奥歯を噛んだ。
「『またリーナ様から受けたような嫌がらせが待っているのかしら? 』顔に書いてあるよ」
ルミナスはイザベラの感情を読み取るのが上手い。すっかり言い当てられて、否定する元気もなく、イザベラは俯いた。
「大丈夫だ。何も心配はいらない」
ルミナスは目を細める。
「我が母はアンドレア侯爵夫人の従姉妹。侯爵夫人が後ろ盾になっているから、余計なことを口にする輩などいない」
「でしたら、よろしいですが」
偽装とは言うものの、貴族の妻となったのだから避けられない。
イザベラは沈痛な息を口端から漏らした。
イザベラの薬指で輝きを放つ指輪に、アリアは勉強そっちのけで頬を紅潮させ、黄色い声を上げた。
「それじゃあ、やっと本物の夫婦になったのね! 」
わあああ、とアリアはその場で拍手する。
「何を言っているの、アリア。私達はあくまで偽装結婚よ」
苦笑いしながら、イザベラは釘を刺した。
たちまちアリアの気分が沈んだ。
「……挙式はいつ? 」
虫のような小さな声でぽつりと尋ねてくる。
「まだ先よ。ルミナス様は、そんな話しないわ」
ぴくり、とアリアの耳はその言葉を聞き漏らさなかった。すぐさま彼女の顔が晴れ、教会の天井画のような天使の微笑に変化する。
「まあ! ついにお父様が名前で呼ばれたわ! 」
いつまでたってもルミナスが敬称でしか呼ばれないことに、娘として気を揉んでいたようだ。
「私が留守をしていたたった一日で、何があったの! 」
唐突にイザベラの脳に、昨晩……正確には明け方までの出来事が甦った。とうに引き抜かれていたが、ルミナスの形状は未だにイザベラの体内に名残っている。これでもかと開いた窪みはなかなか閉じず、ぐずぐずと雫が溜まっていた。
「な、何もないわ! 」
滴りがアリアに気づかれはしないかと、ヒヤリと背筋が寒くなる。
不自然なくらいに否定するイザベラに、アリアは首を傾げた。
「ああ。何もなかった」
不意に上がった低い響きに、イザベラの尻は椅子から三センチは浮いた。
「ルミナス様。失礼ではありませんか? ノックもせず」
「したよ。五回も」
キャッキャッと弾むアリアの声に、どうやら扉を叩く音は消されてしまっていたようだ。
「ちょっと男女の脳が同じかどうか、議論し、確かめ合っただけだ」
意味深なニタリとした笑みを寄越してくる。
カーッとイザベラの血が沸いた。
「男の方と女の方の脳? それで、どのような結果が出たの? 」
「それはイザベラに聞いた方が早い」
この男は、また、余計なことを。イザベラは唇まで熱く感じながら引き結ぶ。こうなれば黙秘に限る。
「彼女は身をもって確かめたんだからな」
イザベラが口を開かないと、この男は紙一重の不適切発言をしかねない。思い直す。
「イザベラ? 結果はどうだったの? 」
アリアの無邪気さが、今は忌々しい。
「あ、あなたが知るのは、まだまだ先よ。アリア」
「どうして? 」
「こ、子供が詮索することじゃありません」
四苦八苦するイザベラに、とうとうルミナスはぷっと吹き出した。
「余計なことは仰らないでください」
ギロリと睨みつけてやる。
「私は単に心理学を教授してやろうかと」
「アリアにはまだ早過ぎます! 」
とことんふざけた発言に、イザベラのこめかみの筋は浮きっぱなしだ。
「そ、それより。何か御用があったのではなくて? 」
単にイザベラを揶揄うために、勉強を邪魔しに来たのではないだろう。やりかねないが。
「ああ。国王から舞踏会の招待状だ」
たちまちルミナスの表情が引き締まった。
彼は恭しく白い封筒を見せる。表面に王家の紋章である百合の花が刻印されている。
「君もアークライト子爵夫人として参加するように」
イザベラは奥歯を噛んだ。
「『またリーナ様から受けたような嫌がらせが待っているのかしら? 』顔に書いてあるよ」
ルミナスはイザベラの感情を読み取るのが上手い。すっかり言い当てられて、否定する元気もなく、イザベラは俯いた。
「大丈夫だ。何も心配はいらない」
ルミナスは目を細める。
「我が母はアンドレア侯爵夫人の従姉妹。侯爵夫人が後ろ盾になっているから、余計なことを口にする輩などいない」
「でしたら、よろしいですが」
偽装とは言うものの、貴族の妻となったのだから避けられない。
イザベラは沈痛な息を口端から漏らした。
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