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波瀾の幕開け
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「やあ、アークライト。聞いたぞ。結婚したんだって? ニュースにまでなってたじゃないか」
「新聞社は他に話題がないのか」
「連中は、面白い話題にはすぐに食いつくからな」
「私の結婚話の何が面白いんだ」
嫌そうに歪んだ顔さえ、イザベラは見惚れてしまった。
国王主催とあって、舞踏会には国中の貴族が招待されていた。女性は質の良い生地をふんだんに使ったドレスに、大振りの宝石が散りばめられたネックレスやイヤリングでこれでもかと着飾り、彼女らをエスコートする男らは上質な燕尾服といった、まさしくイザベラが小説で読んだ光景が広がっていた。
「そりゃあ、君。社交界の売り手市場の頂点だっただろ。気の狂った女は星の数ってな」
ルミナスとは旧知の仲らしい同じ年頃の男は、べらべらと、息さえつかせない。
「ヒューゴ伯爵家の娘、確かリーナ嬢だったか。お前に振られたショックで、阿片にまで手を出したそうじゃないか」
「相変わらず噂の出回りは早いな」
隠していても、どこからか話は漏れる。
国中の貴族が集まるこの日、その噂は誰しもが知ることになる。
「やあ、やあ。これは、これは。お前の好みそのまんまの奥方じゃないか」
ようやくイザベラに気づいたような言い方だが、実は先程からチラチラと胸元ばかりに視線が飛んで来たのは気づいている。
いやらしい視線には気づいてないふりで、イザベラは作り笑いでお手本のようなお辞儀をした。
「おお。平民とは思えない所作。おい、ルミナス。よく躾けたな」
「彼女は自力で身につけたんだ」
失礼極まりない言動と、妻を舐めるような視線に、ルミナスの額に筋が浮かぶ。
国王に謁見するため、いつもは眉までかかった前髪が、今夜は整髪料で整えられ、後ろに撫で付けられていた。
ただでさえ人目を引くというのに、今までの五割り増し、いやそれ以上に男の色香が溢れている。ますますイザベラは見惚れてしまった。
「若い頃は、得体の知れない娘に熱を上げていたけどな。ようやく君もまともになったか。実は心配していたんだ」
「おい、それ以上言うな」
ルミナスは不機嫌に片眉を上げる。
やはり妻の前で過去を暴露されるのは、良い気がしない。
「ミレディ夫人が亡くなってからは、火遊びの話題しか聞こえて来なかったし。いつの間にこのような美人に手を出していたんだ」
「おい。本気で怒るぞ」
ルミナスの目が据わっている。ずけずけと悪びれもせず禁句を発する友人に、堪忍袋が今にも切れそうだ。
「おいおい、その位にしておけ」
ルミナスの怒りが頂点に達する寸前、呆れた声が割って入った。
「この男を怒らせたら、後々厄介だぞ」
ジョナサンは怖い顔で脅す。
ルミナスの後ろ盾が誰だか思い出したらしい。無礼な友人はそそくさと逃げた。
もう別の顔見知りにちょっかいをかけているその友人を眺めながら、ジョナサンは意味を含んだ笑いをイザベラへと向けた。
「やあ、奥さん。その節はどうも」
「あ、あのときは、とんだ無礼を」
「構わねえよ。信用の置けないこの男が悪い」
非難がましいジョナサンからの目線を、ルミナスは反論もせず、ぷいとかわした。
「ジョナサン。今日はあの舞台女優は連れていないのか? 」
「ああ。振られた」
あっさりと言ってのける。
「年下の彼氏が出来たんだとさ。何だ、世間は今は年下趣味が流行ってるのか? 」
青年将校と未亡人を描いた官能小説は、世の女性にじわじわ浸透している。
「そろそろ身を固めようかな。お前を見ていると、結婚も悪くないと思うようになった」
どこを見て、そういった感想を抱いたのか、イザベラにはわからない。
ルミナスは「そうだろう」と偉ぶって頷く。
「家族もなかなか良さそうだな」
ジョナサンの意見にイザベラは同意しかねる。彼女は家族に見放された人生だったから。
「新聞社は他に話題がないのか」
「連中は、面白い話題にはすぐに食いつくからな」
「私の結婚話の何が面白いんだ」
嫌そうに歪んだ顔さえ、イザベラは見惚れてしまった。
国王主催とあって、舞踏会には国中の貴族が招待されていた。女性は質の良い生地をふんだんに使ったドレスに、大振りの宝石が散りばめられたネックレスやイヤリングでこれでもかと着飾り、彼女らをエスコートする男らは上質な燕尾服といった、まさしくイザベラが小説で読んだ光景が広がっていた。
「そりゃあ、君。社交界の売り手市場の頂点だっただろ。気の狂った女は星の数ってな」
ルミナスとは旧知の仲らしい同じ年頃の男は、べらべらと、息さえつかせない。
「ヒューゴ伯爵家の娘、確かリーナ嬢だったか。お前に振られたショックで、阿片にまで手を出したそうじゃないか」
「相変わらず噂の出回りは早いな」
隠していても、どこからか話は漏れる。
国中の貴族が集まるこの日、その噂は誰しもが知ることになる。
「やあ、やあ。これは、これは。お前の好みそのまんまの奥方じゃないか」
ようやくイザベラに気づいたような言い方だが、実は先程からチラチラと胸元ばかりに視線が飛んで来たのは気づいている。
いやらしい視線には気づいてないふりで、イザベラは作り笑いでお手本のようなお辞儀をした。
「おお。平民とは思えない所作。おい、ルミナス。よく躾けたな」
「彼女は自力で身につけたんだ」
失礼極まりない言動と、妻を舐めるような視線に、ルミナスの額に筋が浮かぶ。
国王に謁見するため、いつもは眉までかかった前髪が、今夜は整髪料で整えられ、後ろに撫で付けられていた。
ただでさえ人目を引くというのに、今までの五割り増し、いやそれ以上に男の色香が溢れている。ますますイザベラは見惚れてしまった。
「若い頃は、得体の知れない娘に熱を上げていたけどな。ようやく君もまともになったか。実は心配していたんだ」
「おい、それ以上言うな」
ルミナスは不機嫌に片眉を上げる。
やはり妻の前で過去を暴露されるのは、良い気がしない。
「ミレディ夫人が亡くなってからは、火遊びの話題しか聞こえて来なかったし。いつの間にこのような美人に手を出していたんだ」
「おい。本気で怒るぞ」
ルミナスの目が据わっている。ずけずけと悪びれもせず禁句を発する友人に、堪忍袋が今にも切れそうだ。
「おいおい、その位にしておけ」
ルミナスの怒りが頂点に達する寸前、呆れた声が割って入った。
「この男を怒らせたら、後々厄介だぞ」
ジョナサンは怖い顔で脅す。
ルミナスの後ろ盾が誰だか思い出したらしい。無礼な友人はそそくさと逃げた。
もう別の顔見知りにちょっかいをかけているその友人を眺めながら、ジョナサンは意味を含んだ笑いをイザベラへと向けた。
「やあ、奥さん。その節はどうも」
「あ、あのときは、とんだ無礼を」
「構わねえよ。信用の置けないこの男が悪い」
非難がましいジョナサンからの目線を、ルミナスは反論もせず、ぷいとかわした。
「ジョナサン。今日はあの舞台女優は連れていないのか? 」
「ああ。振られた」
あっさりと言ってのける。
「年下の彼氏が出来たんだとさ。何だ、世間は今は年下趣味が流行ってるのか? 」
青年将校と未亡人を描いた官能小説は、世の女性にじわじわ浸透している。
「そろそろ身を固めようかな。お前を見ていると、結婚も悪くないと思うようになった」
どこを見て、そういった感想を抱いたのか、イザベラにはわからない。
ルミナスは「そうだろう」と偉ぶって頷く。
「家族もなかなか良さそうだな」
ジョナサンの意見にイザベラは同意しかねる。彼女は家族に見放された人生だったから。
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