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イザベラの決意
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イザベラはいてもたってもいられなくなり、ベッドから跳ね起きると、身支度を始めた。
表から馬車で出れば、ジョナサンやアリアの引き止めを食らう。
裏口から、馬車を使わず出るしかない。
イザベラは乗馬服に着替えて、鹿皮の手袋を嵌めた。
乗馬はそこそこ嗜んでいる。
女性は横乗りでスカートが一般的だが、イザベラの今はズボン姿。寄宿学校の問題児に男装の麗人がおり、「きっと似合うから」などと無理矢理押し付けられた衣装だ。まさか、これを使う日が来るとは。ブーツに足を突っ込む。とにかく身軽の方が都合が良い。
イザベラは素早く部屋を抜け出すと、屋敷の裏手に周り、馬丁に言いつけた。
「今すぐ馬を用意して」
年若い馬丁は、困り顔で首を横に振る。
「奥様。それはいけません」
馬丁にまで表の騒動は聞こえていた。
「奥様を危険に晒す真似は」
「ルミナス様が心配なの」
「お気持ちはわかります。だけど、どうか冷静に」
こうしている間にも、ルミナスの身が危ういというのに。
手を拱いている場合ではない。苛立ちが、イザベラのこめかみをひくつかせる。
「お願い。行かせて」
「ですが……万が一、奥様の身に何かあれば」
「私はあくまで家庭教師ですよ。あの方の妻に相応しい方は、幾らでもいらっしゃるわ」
イザベラは寂しそうに口元を動かす。
自分はあくまで偽装の妻。ルミナスが相応しい相手を見つければ、お払い箱。
「そんなことは、ございません。旦那様は、どれほど奥様を大事になさっているか」
「慰めは結構よ」
イザベラの心の鎧は分厚い。
ルミナスが自分をどう思っているのかは、わからない。
だけど、自分がルミナスを想う気持ちは大きい。
最早、かけがえのない人。
イザベラは馬に飛び乗った。
「あっ! 奥様! 」
イザベラは馬丁の隙をつき、駆け出した。
裏門から出て、右の角を折れる。
広大な敷地は、どこまでも続いている。
左右に針葉樹の繁る小道を、イザベラはひたすら走る。
小川が見えて来た。真冬の氷の解けた川の流れは、もう春に入ったというのに茶色く濁り、流れが速い。
畔には白詰草が一面に広がり、蜜蜂が羽を揺らす。
そんな長閑な景色とは裏腹に、イザベラの表情は険しく、青白かった。
舗装なされていない道は小石が転がり、イザベラは何度も転び落ちそうになる。それでも手綱は緩めない。
ここで立ち止まれば、ルミナスが……。
「イザベラ・シュウェーターだな」
ゲヘヘと不気味な笑い方をした、熊のような大男が、いきなり道のど真ん中を塞いでいた。
「きゃあ! 」
イザベラは咄嗟に手綱を引いた。
バランスを崩したイザベラは、地面に体を打ちつける。
「やっと出て来たな! 」
顔の半分が髭でもじゃもじゃの、山賊の見た目をした男は、声を張り上げた。その背後には三人、人相の悪い男らが同じようにニタニタ笑っている。
「回りくどい真似させやがって! 」
山賊風の男はペッと唾を吐くと、いきなりイザベラを肩に抱える。
イザベラの片方の手袋が路面に落ちた。
「おい! ぐずぐずするな! 」
山賊風の男は、手下らしき男らにいらいらと命じる。
いつの間にか一頭立ての幌馬車が用意されており、イザベラの体は容赦なく荷台へ。あんまり強く放り投げられたため、弾みで跳ね上がり、どすんと尻を打ちつけた。
「い、痛たたた! 」
「おい! 大事な人質だ! 気をつけろ! 」
山賊男は手下を怒鳴りつける。
その段になり、狙われていたのが自分であると、イザベラは思い知った。
罠に掛かったのは、ルミナスではない。
自分だ。
最初から、自分が狙いだったのだ。
だが、気づいたときには、手遅れ。
イザベラは何やら薬品を顔に噴霧され、あっと声を上げたときにはすでに視界が暗転していた。
表から馬車で出れば、ジョナサンやアリアの引き止めを食らう。
裏口から、馬車を使わず出るしかない。
イザベラは乗馬服に着替えて、鹿皮の手袋を嵌めた。
乗馬はそこそこ嗜んでいる。
女性は横乗りでスカートが一般的だが、イザベラの今はズボン姿。寄宿学校の問題児に男装の麗人がおり、「きっと似合うから」などと無理矢理押し付けられた衣装だ。まさか、これを使う日が来るとは。ブーツに足を突っ込む。とにかく身軽の方が都合が良い。
イザベラは素早く部屋を抜け出すと、屋敷の裏手に周り、馬丁に言いつけた。
「今すぐ馬を用意して」
年若い馬丁は、困り顔で首を横に振る。
「奥様。それはいけません」
馬丁にまで表の騒動は聞こえていた。
「奥様を危険に晒す真似は」
「ルミナス様が心配なの」
「お気持ちはわかります。だけど、どうか冷静に」
こうしている間にも、ルミナスの身が危ういというのに。
手を拱いている場合ではない。苛立ちが、イザベラのこめかみをひくつかせる。
「お願い。行かせて」
「ですが……万が一、奥様の身に何かあれば」
「私はあくまで家庭教師ですよ。あの方の妻に相応しい方は、幾らでもいらっしゃるわ」
イザベラは寂しそうに口元を動かす。
自分はあくまで偽装の妻。ルミナスが相応しい相手を見つければ、お払い箱。
「そんなことは、ございません。旦那様は、どれほど奥様を大事になさっているか」
「慰めは結構よ」
イザベラの心の鎧は分厚い。
ルミナスが自分をどう思っているのかは、わからない。
だけど、自分がルミナスを想う気持ちは大きい。
最早、かけがえのない人。
イザベラは馬に飛び乗った。
「あっ! 奥様! 」
イザベラは馬丁の隙をつき、駆け出した。
裏門から出て、右の角を折れる。
広大な敷地は、どこまでも続いている。
左右に針葉樹の繁る小道を、イザベラはひたすら走る。
小川が見えて来た。真冬の氷の解けた川の流れは、もう春に入ったというのに茶色く濁り、流れが速い。
畔には白詰草が一面に広がり、蜜蜂が羽を揺らす。
そんな長閑な景色とは裏腹に、イザベラの表情は険しく、青白かった。
舗装なされていない道は小石が転がり、イザベラは何度も転び落ちそうになる。それでも手綱は緩めない。
ここで立ち止まれば、ルミナスが……。
「イザベラ・シュウェーターだな」
ゲヘヘと不気味な笑い方をした、熊のような大男が、いきなり道のど真ん中を塞いでいた。
「きゃあ! 」
イザベラは咄嗟に手綱を引いた。
バランスを崩したイザベラは、地面に体を打ちつける。
「やっと出て来たな! 」
顔の半分が髭でもじゃもじゃの、山賊の見た目をした男は、声を張り上げた。その背後には三人、人相の悪い男らが同じようにニタニタ笑っている。
「回りくどい真似させやがって! 」
山賊風の男はペッと唾を吐くと、いきなりイザベラを肩に抱える。
イザベラの片方の手袋が路面に落ちた。
「おい! ぐずぐずするな! 」
山賊風の男は、手下らしき男らにいらいらと命じる。
いつの間にか一頭立ての幌馬車が用意されており、イザベラの体は容赦なく荷台へ。あんまり強く放り投げられたため、弾みで跳ね上がり、どすんと尻を打ちつけた。
「い、痛たたた! 」
「おい! 大事な人質だ! 気をつけろ! 」
山賊男は手下を怒鳴りつける。
その段になり、狙われていたのが自分であると、イザベラは思い知った。
罠に掛かったのは、ルミナスではない。
自分だ。
最初から、自分が狙いだったのだ。
だが、気づいたときには、手遅れ。
イザベラは何やら薬品を顔に噴霧され、あっと声を上げたときにはすでに視界が暗転していた。
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