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罠
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「ルミナス様を助けないと! 」
彼は今しがた出掛けたばかり。馬を駆ればまだ間に合う。
イザベラは玄関のドアノブを掴んだ。
「待て待て! 冷静になれ! 」
慌てたジョナサンに肩を引かれて戻される。
「何かの罠かも知れねえだろ」
状況を飲み込んだジョナサンは、我を見失うイザベラを咎める。
イザベラはストンとソファに座らされた。
「そもそも、俺に速達を送ったやつの意図がわからねえんだ」
ジョナサンは腕を組んで考え込む。
「速達はタイプライターだから、誰が打ったのかも、わからねえ」
何故、わざわざ偽の速達を出してまで、本人に成りすまし、ジョナサンをアークライト邸に呼びつけたのか。
そもそも、運河への投資や、ヨールガ卿のサイン、ジョナサンとルミナスとの友人関係。かなり入念な下調べをしている。
単なる悪戯ではない。
「まだ何もわかっちゃいねえうちから、無闇に動かない方が良い」
だが、イザベラはやや腰を浮かして全身の筋肉を固める。
「でも! でも、こうしているうちに、ルミナス様が! 」
「あんたまで、どうにかされたらどうするんだ」
「だけど! 」
「落ち着けって」
再びイザベラはソファに戻される。
「そうよ、イザベラ。外にはまだ妙な男の人達が彷徨いているのよ」
そのとき、今までぼんやりと成り行きを見守っていたアリアが、我を取り戻して口を挟んだ。
「下手に動いて、変なことされたら」
取り乱すイザベラよりも、僅か八歳の娘の方が遥かに大人びていた。
明らかに父が罠に掛けられ、呼び出されたというのに、彼女は状況を見極めてから動くべきだと冷静だ。
「妙な男達? 」
ジョナサンが首を傾ける。
「いらっしゃらなかったの? 」
その反応に、アリアが不思議がる。
「ああ。俺が馬車で駆け込んだときは、そんな野郎は見当たらなかったぞ」
つまり、ルミナスの後を追った可能性が高い。
またもやイザベラは悲鳴を上げる。
あまりに興奮し過ぎて、くらっと目の前が反転したかと思うと、視界が暗闇に包まれた。
イザベラの第六感は外れたためしがない。
ルミナスが嵌められたと知ったとき、彼女の脳に浮かんだのは、父親であるエルンスト男爵の顔だった。
イザベラがエルンスト男爵の娘であることを暴露しようとして、頓挫したのは数日前。
それ以来、彼は鳴りを潜めている。
何かを仕出かす気配はない。
却ってそれが、イザベラを不安にさせていた。
聞くところによると、エルンスト男爵の窮状は悲惨らしい。
このままでは、爵位も金持ちの商人に売り飛ばしかねないほど困窮しているとか。
そんな彼が、おとなしくしているはずがない。
必ず、イザベラに対して何かを仕掛けてくる。
そう身構えていた矢先の、今朝の出来事だ。
「ルミナス様……ルミナス様……」
果たしてルミナスは無事でいるのか。
ベッドに横たわり、意識のないイザベラは、譫言を繰り返した。
また彼を巻き込んでしまった。
「イザベラ。紅茶を持って来たわ」
アリアが茶盆を持って、イザベラの寝室の扉をノックした。
「……? 」
返事がない。
ずっとルミナスを呼んでいた声も、全く聞こえない。
扉の向こうは静まり返っている。
「……イザベラ? 」
アリアの胸を嫌な予感が掠めた。
「イザベラ? 入るわよ? 」
返事も待たずにアリアは扉を開ける。
彼女の手から食器が滑り落ちた。
絨毯の弾力でカップとソーサーが跳ね、引っ繰り返った。
透き通った薄い茶色の液体が絨毯にじわじわ広がっていく。
「た、大変! 」
彼女は銀製の茶盆を放り捨て、身を翻した。
イザベラのベッドはも抜けの殻。
ルミナスを追いかけ、屋敷を抜け出した後だった。
彼は今しがた出掛けたばかり。馬を駆ればまだ間に合う。
イザベラは玄関のドアノブを掴んだ。
「待て待て! 冷静になれ! 」
慌てたジョナサンに肩を引かれて戻される。
「何かの罠かも知れねえだろ」
状況を飲み込んだジョナサンは、我を見失うイザベラを咎める。
イザベラはストンとソファに座らされた。
「そもそも、俺に速達を送ったやつの意図がわからねえんだ」
ジョナサンは腕を組んで考え込む。
「速達はタイプライターだから、誰が打ったのかも、わからねえ」
何故、わざわざ偽の速達を出してまで、本人に成りすまし、ジョナサンをアークライト邸に呼びつけたのか。
そもそも、運河への投資や、ヨールガ卿のサイン、ジョナサンとルミナスとの友人関係。かなり入念な下調べをしている。
単なる悪戯ではない。
「まだ何もわかっちゃいねえうちから、無闇に動かない方が良い」
だが、イザベラはやや腰を浮かして全身の筋肉を固める。
「でも! でも、こうしているうちに、ルミナス様が! 」
「あんたまで、どうにかされたらどうするんだ」
「だけど! 」
「落ち着けって」
再びイザベラはソファに戻される。
「そうよ、イザベラ。外にはまだ妙な男の人達が彷徨いているのよ」
そのとき、今までぼんやりと成り行きを見守っていたアリアが、我を取り戻して口を挟んだ。
「下手に動いて、変なことされたら」
取り乱すイザベラよりも、僅か八歳の娘の方が遥かに大人びていた。
明らかに父が罠に掛けられ、呼び出されたというのに、彼女は状況を見極めてから動くべきだと冷静だ。
「妙な男達? 」
ジョナサンが首を傾ける。
「いらっしゃらなかったの? 」
その反応に、アリアが不思議がる。
「ああ。俺が馬車で駆け込んだときは、そんな野郎は見当たらなかったぞ」
つまり、ルミナスの後を追った可能性が高い。
またもやイザベラは悲鳴を上げる。
あまりに興奮し過ぎて、くらっと目の前が反転したかと思うと、視界が暗闇に包まれた。
イザベラの第六感は外れたためしがない。
ルミナスが嵌められたと知ったとき、彼女の脳に浮かんだのは、父親であるエルンスト男爵の顔だった。
イザベラがエルンスト男爵の娘であることを暴露しようとして、頓挫したのは数日前。
それ以来、彼は鳴りを潜めている。
何かを仕出かす気配はない。
却ってそれが、イザベラを不安にさせていた。
聞くところによると、エルンスト男爵の窮状は悲惨らしい。
このままでは、爵位も金持ちの商人に売り飛ばしかねないほど困窮しているとか。
そんな彼が、おとなしくしているはずがない。
必ず、イザベラに対して何かを仕掛けてくる。
そう身構えていた矢先の、今朝の出来事だ。
「ルミナス様……ルミナス様……」
果たしてルミナスは無事でいるのか。
ベッドに横たわり、意識のないイザベラは、譫言を繰り返した。
また彼を巻き込んでしまった。
「イザベラ。紅茶を持って来たわ」
アリアが茶盆を持って、イザベラの寝室の扉をノックした。
「……? 」
返事がない。
ずっとルミナスを呼んでいた声も、全く聞こえない。
扉の向こうは静まり返っている。
「……イザベラ? 」
アリアの胸を嫌な予感が掠めた。
「イザベラ? 入るわよ? 」
返事も待たずにアリアは扉を開ける。
彼女の手から食器が滑り落ちた。
絨毯の弾力でカップとソーサーが跳ね、引っ繰り返った。
透き通った薄い茶色の液体が絨毯にじわじわ広がっていく。
「た、大変! 」
彼女は銀製の茶盆を放り捨て、身を翻した。
イザベラのベッドはも抜けの殻。
ルミナスを追いかけ、屋敷を抜け出した後だった。
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