【完結】家庭教師イザベラは子爵様には負けたくない

氷 豹人

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襲来

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 エルンスト男爵が自ら火をつけて焼死したニュース記事は、新聞の隅の方にほんの少し記載されただけだった。
 ルミナスは新聞を机に放り投げると、落ち着きなく執務室内をぐるぐると歩き回している。
「少しは落ち着きなさいませ」
 一人掛けのソファにゆったりと腰を下ろしていたイザベラは、忙しなく室内を何周もする夫を横目し、深々と溜め息をついた。
「これが落ち着いていられるか」
 八つ当たり気味にルミナスはイザベラを睨みつける。
「人生最悪の日だ」
 ルミナスは頭を抱えてその場に蹲った。
 朝からルミナスを精神的不安定にさせていたのは、都会から送られた一枚の葉書が原因だった。
 その葉書には、季節の挨拶もなければ、近況もない、はたまた送り先の主人あるじの健康を気遣うことも書かれてはおらず、事務的に一言、次の水曜日に屋敷に伺うとだけ記されていた。
 差出人は、ドロシー・アレクシス。ルミナスの母だ。
「お義母かあ様をもてなす準備は整っておりましてよ? あなたの仰った通り、ラズベリーパイも、ミルクジャムも用意しております」
「ああ。助かるよ……だが、そうではないんだ」
 悲しそうにルミナスは首を横に振った。
「あの女は、私のやることなすこと、いちいち口を出してくるんだ。この上なく嫌味っぽくな。私が何をしようと、ネチネチネチネチと」
「実の母に、あの女など。何て口の利き方ですか」
「今更、家庭教師ぶるつもりか。君は」
「何故、私が三十越えた男性を躾けるのですか」
「そもそも君の言い方は、私を小馬鹿にしている」
「しておりません」
「いや。君はいつも偉そうだ」
「何ですって! 」
「本当のことではないか! このヒステリーが」
「な、何て言い草! この、年甲斐もない悪ガキが」
「何だと! 取り消せ! 」
「いいえ。取り消しません! 」
 仕舞いに唾を飛ばしかねない言い合いに発展し、二人の間にバチバチと青白い火花が散った。
 ぐっと近づいた距離はあくまで平穏な中でのことであり、窮状では犬猿の仲が復活である。
「もう、やめて! 二人とも! 」
 そして、決まって割って入るのが、娘のアリア。
 今回も展開を簡単に読めていたので、同席していた。
「今日の三時に到着するのよ。幾ら準備したからって、まだ最終チェックは残ってるのよ」
 非難じみたアリアに、二人はしゅんとおとなしくなる。
「取り乱してすまない」
 冷静さを取り戻したルミナスは、やや乱れた前髪を指で直しながら、大きく肩で息をついてから椅子に腰掛ける。
「母がこちらに来るなど、実に五年ぶりだったものでね」
「お爺様とミレディお母様の葬儀以来なんでしょ」
「そうなるな」
 ルミナスは話題にしたくないようで、困り顔で頷く。
「小さかったから、お婆様のことはよく覚えてないの」
 つまり、覚えがないほど、ルミナスは母に会っていないということだ。
 まるで互いを避けているような。
 ルミナスのゆとりのない態度は異常過ぎる。
 だが、イザベラは聞いてはいけないと判断し、口を噤んだ。
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