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母と息子の会話
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イザベラが何とかフルーツを口に出来るようになった頃、ドロシーは王都の屋敷に戻ることとなった。
「あちらをいつまでも空けておくことは出来ません」
イザベラは寂しくて堪らない。
ドロシーは、実の母を知らないイザベラの「母親像」そのものだった。もし、自分に母親がいたならば……空想の人物が、現実のドロシーと被る。
また、ドロシーもイザベラを娘同然に扱った。時に助言し、時には叱りつけ。実の息子であるルミナス以上に、その関係は親密だった。
しかし、それにも期限がある。
仕方ない。いつまでも義理の母に頼ってはいられないし。
イザベラはルミナスの妻であり、アリアの母である。また、間もなく生まれてくる子供の母となる。
いつまでも娘のままではいられない。
そんなふうに無理矢理、自身を納得させた。
「アークライト。こちらへ」
ドロシーの帰る日が明日に迫った夕暮れ時、母は息子を自室へと呼び寄せた。
また小言か。ルミナスは顔をしかめたものの、以前のような居心地悪さは薄れている。イザベラの件で、母に対する気持ちに多少の変化があった。
ドロシーは神妙な顔つきで窓辺に立つ。
「幾ら妻が元気になったといえど、今はまだ、いつ急変するかわからない身」
「はい。肝に銘じます」
「性欲に負けて、ほんの少しくらいなら……なんて、以ての外ですよ」
「なっ! 」
ルミナスは絶句する。
母の前では清廉潔白を演じていたが、全てお見通しだったようだ。
あたふたとする息子を無視して、ドロシーは続ける。
「あくまで、イザベラと子供を第一に」
「は……はい……」
「アリアのことも、頼みましたよ。多感な時期ですからね」
「はい。勿論」
冷や汗を拭いながら、ルミナスは深々と頭を下げる。
そんなルミナスを眺めながら、ドロシーは目を細め、嬉しいとも切ないとも取れる微妙な笑みを口元に浮かべた。
「私にも、ようやく血の繋がりのある孫が出来たのね」
そのとき、ガタンと何かがぶつかる音が室内に響いた。
「イザベラ! 」
ルミナスが目を見開く。
イザベラは扉の取手を掴んだまま、硬直していた。顔面は青ざめ、小刻みに唇が戦慄く。
いつも鉄面皮のドロシーも、このときは目をこれでもかと開いたきり、瞬きすら出来なかった。
「あ、あの……お義母様にお礼をと」
二人同時の鋭い視線を受け、イザベラは目を泳がせながら、しどろもどろに言葉を繋ぐ。喉がカラカラで、唇が乾いてひび割れる。二人の視線があまりに痛くて、イザベラは目を伏せるしかなかった。
唾を飲み込んだ後、ルミナスは静かに尋ねた。
「聞いていたのか? 」
「い、いえ。立ち聞きするつもりは」
「聞いたのだな。母上の言葉を」
そのイザベラの態度から確信を得たルミナスは、目を眇める。怒りというよりも、この会話をどう着地すべきか思案しているようだった。彼の目が不安定に左右に動く。
「構わないわ、アークライト」
落ち着き払ったドロシーの声は、何やら腹を括ったようにさえ思えた。
「イザベラもアークライト家の一員です」
きっぱりとドロシーは言い切る。
「彼女には知る権利があります」
「し、しかし。彼女を巻き込むつもりは」
「いつまでも隠し通せるはずがありません」
ルミナスの迷いを断ち切るかのように、ドロシーの声は淀みない。
「あちらをいつまでも空けておくことは出来ません」
イザベラは寂しくて堪らない。
ドロシーは、実の母を知らないイザベラの「母親像」そのものだった。もし、自分に母親がいたならば……空想の人物が、現実のドロシーと被る。
また、ドロシーもイザベラを娘同然に扱った。時に助言し、時には叱りつけ。実の息子であるルミナス以上に、その関係は親密だった。
しかし、それにも期限がある。
仕方ない。いつまでも義理の母に頼ってはいられないし。
イザベラはルミナスの妻であり、アリアの母である。また、間もなく生まれてくる子供の母となる。
いつまでも娘のままではいられない。
そんなふうに無理矢理、自身を納得させた。
「アークライト。こちらへ」
ドロシーの帰る日が明日に迫った夕暮れ時、母は息子を自室へと呼び寄せた。
また小言か。ルミナスは顔をしかめたものの、以前のような居心地悪さは薄れている。イザベラの件で、母に対する気持ちに多少の変化があった。
ドロシーは神妙な顔つきで窓辺に立つ。
「幾ら妻が元気になったといえど、今はまだ、いつ急変するかわからない身」
「はい。肝に銘じます」
「性欲に負けて、ほんの少しくらいなら……なんて、以ての外ですよ」
「なっ! 」
ルミナスは絶句する。
母の前では清廉潔白を演じていたが、全てお見通しだったようだ。
あたふたとする息子を無視して、ドロシーは続ける。
「あくまで、イザベラと子供を第一に」
「は……はい……」
「アリアのことも、頼みましたよ。多感な時期ですからね」
「はい。勿論」
冷や汗を拭いながら、ルミナスは深々と頭を下げる。
そんなルミナスを眺めながら、ドロシーは目を細め、嬉しいとも切ないとも取れる微妙な笑みを口元に浮かべた。
「私にも、ようやく血の繋がりのある孫が出来たのね」
そのとき、ガタンと何かがぶつかる音が室内に響いた。
「イザベラ! 」
ルミナスが目を見開く。
イザベラは扉の取手を掴んだまま、硬直していた。顔面は青ざめ、小刻みに唇が戦慄く。
いつも鉄面皮のドロシーも、このときは目をこれでもかと開いたきり、瞬きすら出来なかった。
「あ、あの……お義母様にお礼をと」
二人同時の鋭い視線を受け、イザベラは目を泳がせながら、しどろもどろに言葉を繋ぐ。喉がカラカラで、唇が乾いてひび割れる。二人の視線があまりに痛くて、イザベラは目を伏せるしかなかった。
唾を飲み込んだ後、ルミナスは静かに尋ねた。
「聞いていたのか? 」
「い、いえ。立ち聞きするつもりは」
「聞いたのだな。母上の言葉を」
そのイザベラの態度から確信を得たルミナスは、目を眇める。怒りというよりも、この会話をどう着地すべきか思案しているようだった。彼の目が不安定に左右に動く。
「構わないわ、アークライト」
落ち着き払ったドロシーの声は、何やら腹を括ったようにさえ思えた。
「イザベラもアークライト家の一員です」
きっぱりとドロシーは言い切る。
「彼女には知る権利があります」
「し、しかし。彼女を巻き込むつもりは」
「いつまでも隠し通せるはずがありません」
ルミナスの迷いを断ち切るかのように、ドロシーの声は淀みない。
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