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第三章

秘密

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 一連の事件が辰屋に何かしらの関連があると報道されて以来、表では新聞社や物見高い野次馬がうろうろしているが、森雪の部屋は母屋と距離を保っているので、相変わらず物音一つしない。
 森雪に呼び出された、いや、正確には脅された吉森は、森雪の部屋にいた。
 襖を後ろ手に閉めるなり、森雪は部屋の隅で膝を抱えて小さくなっている吉森の肩を軽く叩いた。怯えきっている吉森は、たったそれだけでさえびくっと痙攣する。
「体調はもうよろしいのですか」
「黙れ」
 吉森はぶっきらぼうに遮る。
 抱かれてしばらくは、寝床から起き上がれないほど消耗し、後孔の腫れ上がりはなかなか引かなかった。
 ようやく、この二、三日で回復してきたところだ。
 しかし、その話題は永遠に闇に葬ってしまいたい。
「いつから気付いていたんだ」
 ぼそりと吉森が問いかけた。
「最初からですよ」
 答えに、吉森はますます顔を青くした。
 王宜丸の製法など、清右衛門は死ぬまで教えてくれなかった。
 最初はちょっとした方便だったのだ。
 自分も跡取りとして認められているということを店の連中にわからせてやろうと、軽い気持ちで嘯いた。
 それが、あれよこれよと、いつしか後に引けなくなった。
「僕がその調合方法を引き継いだと言えば」
 ハッと吉森は息を呑んだ。
「まさか」
「信じる信じないは兄さん次第です」
 言いながら森雪は抽斗から海老茶色の巻き物を出した。
「寄越せ」
 吉森は取り上げようと手を伸ばす。
「おっと。簡単には渡せませんよ」
 寸でのところで森雪はさっと手を引いた。吉森は一息遅く、空振りする。
「あなたがこの巻き物をここに全て捻じ込むことが出来たら、差し上げましょう」
 ここに、と森雪は吉森の臀部の中心を指先で突いた。
「何っ」
「十年以上、部屋に籠っていたんだ。全てはあなたのため。その代償は大きいですよ」
「そんなもん、俺の知ったことか」
「誰のせいで、僕の貴重な年月を無駄にしたと」
 勿論、誰のせいでもない。森雪が勝手にしたことだ。
 あくまで言い張る吉森に対し、森雪は最終手段をとった。
「不思議に思いませんでしたが?減っていくはずの王宜丸の袋がなかなか底をつかないと」
 ぴくっと吉森のこめかみが動く。薄々と感じていたことを口にしてみた。
「お前が密かに作っていたのか? 」
「人の目を盗んでとは、なかなか骨の折れることですよ。香都子が協力者でないと、とても成し得たことじゃない」
「香都子が? 」
 そこに第三の名前が出て、吉森は素っ頓狂な声を上げた。
「ええ。妹の役目は、僕の作った王宜丸を調合室の麻袋に補充すること」
「香都子も全て知っていたというのか」
「彼女の弱みを握っていたのでね。容易いことですよ」
 つまり、不本意ながら共犯に加えられていたというのか。
 常に飄々とした掴みどころのない妹だが、森雪の方が一枚も二枚も上手だということか。
 一代で財を成した清右衛門翁の脈々と流れる血とは、何と恐ろしいことか。
 それが己の中にも通っているかと思うと、何とも奇妙な気分となる。彼ら兄弟とは全くの別物としか思えない。
「さあ、知りたいのでしょう。王宜丸の配合を」
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