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第六章
暴露
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松子は事実を暴露していく。
明るみにされていくことに、大河原の目が見開いていく。
「高柳は私に毎日のごとく乱暴狼藉を働き、生傷が絶えませんでした。この痕も、そのときのものです」
松子は着物の肩を落とし、肌を見せ、後ろを向いた。
あっと、誰もが息を呑む。
彼女の首元から肩甲骨にかけて、深い切り傷が広範囲に何本も入っていた。おそらくは鋭利な刃物で皮膚を引き裂いたのだろう。縫った痕は、年月をかけた再生能力のために、醜く皮膚が盛り上がり、生々しく残っている。
「始末の悪いことに、そういう男に限って外面はいい」
着衣の乱れを直すと、松子は居住まいを正す。先程までの取り乱しようが嘘のように、凛としている。
「そのことを見抜いたのが、清右衛門です。清右衛門は世間に何と言われても構わない、私の救いになるならと、自分の評判を顧みず手を差し伸べてくれました」
世間の評判と違う清右衛門翁の人物像に、大河原は目を瞠る。
「病没された奥様を慮って、ずっと独身を貫いていたというのに。たかだか呉服屋の奉公娘の私を救ってくれたのです」
松子は遠い目をして、過去に思いを馳せた。当時はその美貌に目が眩んだ清右衛門が年甲斐もなく若い娘を手籠にしたと、息子の代の現在にまで話が届くくらいなので、余程悪評が立っていたのだろう。それすらも宣伝になると、翁は知らん顔だったらしい。その堂々っぷりが、忌み嫌う者の数を上回って、数多の顧客の心を掴む結果となった。
「あの床の間の刀傷は」
森雪が口を開いた。
「高柳です。二十四年前、私を返せと乗り込んで、刀を振り回して。何とか是蔵と音助が捕らえて、無理矢理貨物船に乗せて日本を出させました。最早、戻ることはないと踏んでいたのに」
松子から語られたのは、口外出来ないほどのスキャンダルだった。
やはり、高柳は溺死などしていなかった。
しかも、音助と是蔵の手によって、死よりもなお酷な道を辿らされていたのだ。
生きている可能性が極めて高くなったことに、大河原は言葉を失い、しきりにハンカチで額の汗を拭っている。
「三年前のあの日、大陸から戻ってきたあの男が、清右衛門を殺した。二十四年前と同じ過ちを犯すどころか、さらに酷く……今度は斧で主人を……」
毅然とした松子の姿はやはり建前のものであり、両手で顔を覆ったかと思えば、喉をひくつかせて嗚咽を漏らす。声を詰まらせ、むせび泣く。そのあまりにも悲痛な姿から、彼女がどれほどの情愛を亡夫に手向けていたのかを皆が理解した。
啜り泣きが、しんと静まり返った室内で唯一の音であり、誰もが苦しみを堪えるかのように顔をしかめて俯いている。
その中で、ただ一人、違った反応を見せた者がいた。
「あいつが、偉そうに俺に説教なぞするからだ」
不意に第三者の声が割って入った。
「探偵?」
がらがらした、まるで獣の唸り声かと疑うほどに恐ろしく低い声だ。そこには、いつもの人懐こい雰囲気など丸きりない。善人の仮面が剥がれたかのように、悪巧みをするきつい眼差しがあった。
明るみにされていくことに、大河原の目が見開いていく。
「高柳は私に毎日のごとく乱暴狼藉を働き、生傷が絶えませんでした。この痕も、そのときのものです」
松子は着物の肩を落とし、肌を見せ、後ろを向いた。
あっと、誰もが息を呑む。
彼女の首元から肩甲骨にかけて、深い切り傷が広範囲に何本も入っていた。おそらくは鋭利な刃物で皮膚を引き裂いたのだろう。縫った痕は、年月をかけた再生能力のために、醜く皮膚が盛り上がり、生々しく残っている。
「始末の悪いことに、そういう男に限って外面はいい」
着衣の乱れを直すと、松子は居住まいを正す。先程までの取り乱しようが嘘のように、凛としている。
「そのことを見抜いたのが、清右衛門です。清右衛門は世間に何と言われても構わない、私の救いになるならと、自分の評判を顧みず手を差し伸べてくれました」
世間の評判と違う清右衛門翁の人物像に、大河原は目を瞠る。
「病没された奥様を慮って、ずっと独身を貫いていたというのに。たかだか呉服屋の奉公娘の私を救ってくれたのです」
松子は遠い目をして、過去に思いを馳せた。当時はその美貌に目が眩んだ清右衛門が年甲斐もなく若い娘を手籠にしたと、息子の代の現在にまで話が届くくらいなので、余程悪評が立っていたのだろう。それすらも宣伝になると、翁は知らん顔だったらしい。その堂々っぷりが、忌み嫌う者の数を上回って、数多の顧客の心を掴む結果となった。
「あの床の間の刀傷は」
森雪が口を開いた。
「高柳です。二十四年前、私を返せと乗り込んで、刀を振り回して。何とか是蔵と音助が捕らえて、無理矢理貨物船に乗せて日本を出させました。最早、戻ることはないと踏んでいたのに」
松子から語られたのは、口外出来ないほどのスキャンダルだった。
やはり、高柳は溺死などしていなかった。
しかも、音助と是蔵の手によって、死よりもなお酷な道を辿らされていたのだ。
生きている可能性が極めて高くなったことに、大河原は言葉を失い、しきりにハンカチで額の汗を拭っている。
「三年前のあの日、大陸から戻ってきたあの男が、清右衛門を殺した。二十四年前と同じ過ちを犯すどころか、さらに酷く……今度は斧で主人を……」
毅然とした松子の姿はやはり建前のものであり、両手で顔を覆ったかと思えば、喉をひくつかせて嗚咽を漏らす。声を詰まらせ、むせび泣く。そのあまりにも悲痛な姿から、彼女がどれほどの情愛を亡夫に手向けていたのかを皆が理解した。
啜り泣きが、しんと静まり返った室内で唯一の音であり、誰もが苦しみを堪えるかのように顔をしかめて俯いている。
その中で、ただ一人、違った反応を見せた者がいた。
「あいつが、偉そうに俺に説教なぞするからだ」
不意に第三者の声が割って入った。
「探偵?」
がらがらした、まるで獣の唸り声かと疑うほどに恐ろしく低い声だ。そこには、いつもの人懐こい雰囲気など丸きりない。善人の仮面が剥がれたかのように、悪巧みをするきつい眼差しがあった。
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