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鬼の隊長ライナード

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 ロベルト公爵家私設騎士団陸戦隊。
 計十五人で構成されるその隊は、それぞれ三組に分かれ、交代制で公爵家を守っている。
 現在は護衛に重きを置いているが、かつて戦争が繰り広げられていた頃には公爵家の護衛の他、諜報、暗殺など任務とならば命さえ厭わない闇の組織だったとか。
 そんな騎士団にレイノリアが三番員として配属されて間もなく一年。
 年頃の娘らの縁談話を横目に、今日もレイノリアは剣を振るう。
 隊長のライナード・シュルツ。一番員ワドルフ・ベイカー、二番員のケイン・キャリー、救護員のセディ・グラハム。そしてレイノリアを含めた五人で隊は構成されている。


 大きく生まれてはバチンと弾ける泡をぼんやりと眺めながら、体の三分の一くらいはある大鍋の前で、レイノリアは棒立ちになっていた。炎が静かに揺らぐ。
「おいおい、何をぼんやりしてんだ? 鍋、焦がしちまうだろ? 」
 湯気をまともに食らって吹き出した額の汗を手の甲で拭いながら、隊長のライナードは困ったように目尻を下げた。
「わっ、ライナード隊長」
 弾かれたようにレイノリアの体が痙攣する。
「何だ、何だ。大丈夫か? 何か悪いもんでも食ったか? 」
 ライナードは胡散臭そうに横目で睨んできた。
 凛々しく太い眉に、琥珀の三白眼、鷲鼻で、男らしい顔立ちだ。百九十センチに届くかどうかという背の高さに見合う、肩幅の広い逞しい肉体の持ち主で、がっしりした骨格は、現役の拳闘士を連想させる。一般的よりも遥かに広めに設えられた調理場でさえ、ライナードは腰を折り畳んで窮屈そうにしていた。
 公爵家には勿論、一流のコックが常駐している。
 だが、毒を盛られた際の万が一のことを想定し、騎士団は基本自炊だ。お陰で料理の腕は上達した。
「ちょっと、記憶が飛んでました」
 馬鹿正直にレイノリアは述べた。
 今日の訓練はいつになくきつかった。
 つい先日までの梅雨は鬱陶しい空模様が続いたものの、気候は涼しく過ごしやすかった。
 それが明けた途端、吹き抜ける風は熱気を孕み、気温以上の暑さだ。
「おいおい。体調管理、しっかりしてくれよ」
「はい」
 レイノリアは素直に返事する。
 よしよし、とグローブを彷彿させる大きな掌で、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き乱された。
「何か、未だに夢見てるみたい」
 レイノリアはこっそりと呟く。
 倍率二十二倍の筆記試験に合格し、三百五十人もの志願者のある選抜試験に挑んだ。
 ロベルト公爵家の騎士団といえば、在役中の破格の給金は勿論、引退後も安泰を約束され、特に人気が高い。騎士を目指す若者の最終目標といっても過言ではない。
 学科試験、面接、体力試験。特に曲者の体力試験は熾烈なことで有名であり、腹筋は一分間に五十回以上、懸垂は三秒に一度のペースで十五回以上、腕立てが二秒に一度のペースで六十回以上、千五百メートル走は五分に十秒以内など。
 三回目のチャレンジでやっと念願果たしたのは、ひとえに、目の前の人物に少しでも近づきたかったからだ。
「ん? 何か言ったか? 」
 レイノリアの内心にはちっとも気付かず、ライナードは呑気に首を傾げる。
 陸戦隊の称号を得たからといって、すぐに配属されるとは限らない。空きが出て、初めて配属先が決まる。
 運が良かった。レイノリアは思わずにはいられない。すぐに配属先が決まって、しかも憧れのライナードの下についているのだ。
「レイノリア・リュー。太れよ」
 またもや、ぐしゃぐしゃと髪の毛を乱される。配属初日からのライナードの口癖だ。
 レイノリアといえば、騎士認定範囲に何とか入っている身長百六十五センチで、ライナードと並べば体格差がますます際立った。
 しかも、母親譲りの切れ長の双眸に、整った鼻筋、薄い唇という、学生時代は細面。癖のないさらさらとした髪が拍車を掛けている。
 さすがに屈強な騎士団の一員となり、勘違い野郎に遭遇することはなくなったが、未だに仲間内から妙な心配をされる。
「また、ケインあたりから嫌味言われるなぁ」
 今日の献立はごろごろ野菜の煮込みだ。不格好にごろごろした野菜が鍋の中で踊っているだけの料理。塩胡椒しながら、レイノリアは苦笑した。
「ケイン、凝り性ですからね。騎士にならなかったら、調理師になってたって豪語するくらいだし」
 ぐつぐつ沸騰したら完成。鍋を無作為に掻き混ぜ、レイノリアは匂いを嗅ぐ。何の変哲もない煮込み料理だ。
 交代制の食事当番は、料理の腕によって出来上がりが随分と違う。配属二年目のケインの仏頂面が過る。
 元旅芸人で、率先して食事当番をかって出るほどの料理好きだったらしく、それゆえ、なにかと味にうるさい。
 『鬼のライナード』の隊長も、現場を一旦離れると、すっかり部下にやりこめられる気のいいオッサンだった。
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