【完結】死に戻り令嬢リリアーナ・ラーナの恋愛騒動記

氷 豹人

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逢引きのお誘い

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 ロナルド家所有の馬車は黒塗りのラッカーで、立派な芦毛の二頭立てだ。箱車には、ロナルド家の紋章である茉莉花ジャスミンが図案化されていた。
 上流階級であるどの貴族でも馬車は所有しているが、それには莫大な費用がかかる。馬の世話をする馬丁、馬を操作する御者を雇う金の他、馬の餌代も馬鹿にはならない。
 ハッサム家でも所有はしているものの、管理するだけで一苦労だ。
 そのような馬車を遥かに凌ぐ、最上級の馬車がハッサム家の門前に停車したのは、ある晴れた昼下がりのこと。
 茶色の漆塗りの三頭だてで、箱車に描かれているのは勿忘草。ブライス伯爵家だ。
 ブライス伯爵は、リリアーナを生垣迷路に誘った。
 生垣迷路とは、その名の通り生垣を壁や道に見立てた複雑な迷路のことで、貴族の娯楽の一つとなっている。
 とある男爵が庭に拵えたその迷路に、伯爵が誘ってきた。
「この間の詫びだよ」
 招待を受けなければ、迷路を楽しむことなど出来ない。金銭的にあまり余裕のないハッサム家には、生垣迷路を造るくらいの財産家とは、関わり合うことなど出来なかった。
 だから伯爵の誘いに、リリアーナは歓喜した。
 伯爵家所有の馬車は広々としており、設えられたクッションまで羽毛が詰まり、ゴージャス。御者も一流を雇っているのか、全く揺れない。
「君、迷路が好きそうだろ」
「はい! 一度、行ってみたかったのです! 」
 生垣迷路の話は、壁の花となっていたときにそこら辺の貴族から聞こえる噂話として知っていた。
「うんうん。素直だな。可愛い、可愛い。ロナルドが執心するはずだ」
「ザカリス様は私を邪険に扱います」
「何故だ? 」
「私があんまりしつこく迫るものですから」
 リリアーナは、泣き出しそうに顔を歪めた。
 伯爵の眉間に皺が寄る。
「しかし、あの後、抱かれたんだろ? あの野郎に? 」
「はい」
 誤魔化しはきかない。
 リリアーナは即答した。
「ですが、それはザカリス様の気の迷いです」
 リリアーナは奥歯を噛んで涙が零れ落ちないように耐えた。
「私のことは、あくまで鬱陶しい幼馴染みとしか思っておられません」
 こうして言葉にすれば、尚更つらい。鼻がツンとして、鼻水が垂れる。
「お見合いも勧められましたし」
 リリアーナはハンカチーフで鼻をごしごし拭くなり、声を絞り出した。
「あの野郎」
 たちまち伯爵が渋い顔となり、舌打ちする。
「それより。君がつけていた、あの下着。一体、どこで手に入れたんだ? 」
 これ以上続ければ、さらにリリアーナが傷つく。彼はそう判断したのだろう。話題を変えた。
「あれは、ザカリス様の妹からいただきました」
「妹? あいつに妹がいたのか? 」
「はい。私と同い年です」
「ふうん。あの野郎とは、寄宿学校から知る仲だが。妹がいたとは、初耳だ」
「あまり仲がよろしくない兄妹ですので」
「成程な」
 納得したように伯爵は頷く。
「是非、その妹君に購入した店を聞き出してくれ」
 伯爵の目は、どうしても欲しい玩具を手に入れたい子供のように煌めいている。
 その少年のような無邪気さに、思わずリリアーナは微笑んでしまった。
「王都では扱いのない素材でな。しかも、どのデザイナーも思いつかない大胆なデザイン。私の力をもってしても、なかなか店が探せないんだ」
「伯爵はどなたかにそれを身につけさせようと? 」
「実は目をつけている令嬢がいてな」
 彼は悪戯っぽくウィンクする。
 経験豊富な彼を魅了するのだ。きっと素晴らしい女性に違いない。
 あの卑猥な下着を身につける美しい女性とは、どのような方だろうか。嫌がらずにつけるだろうか。リリアーナは伯爵が平手を受ける顔を想像し、くすくす笑った。




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