【完結】華麗なるマチルダの密約

氷 豹人

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屈辱的な会話

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「で、何でまた気位の高いお嬢様が、男を買いたいんだ? 」
 男はしゃあしゃあと個人的事情に侵出してきた。
 高級娼婦を派遣する娼館「ローレンス」は、守秘義務が徹底されているからこそ、マチルダのような貴族御用達として繁栄しているはず。
 顧客といえば、貴族院の重鎮を始め、王家に直結する血筋の者、裕福な上流貴族、稀に貴婦人と、いづれもおおっぴらに名を明かせない者ばかり。
 彼らは人目を忍んで、王都でも一等地にある白亜の建物に入るのだ。
 花崗岩で造られたその建物は、両脇を太い円柱が支え、その柱には見事な蔦飾りが彫られている。一見すると、何処かの城に迷い込んだのかとさえ思うほど豪奢な造りだ。
 売春宿のイメージがいっぺんに吹き飛ぶくらい、趣味が良い。
 淫らな絵画やいかがわしい彫刻など一切なく、時間配分が徹底されているのか、客や娼婦の姿は見当たらない。さすが、予約した者しか受け付けないだけのことはある。
 入り口をくぐり、館の主人に予め示されていた応接室へと長い廊下を進んでいく。
 言われた通りに中央のドアを開いたら、だらしなく長椅子で眠りこける主人と出会でくわした。
 その時点で回れ右して帰るべきだった。
 流行のダマスク柄の壁紙はモスグリーンで落ち着いており、マホガニー製の家具で占められた室内が娼館らしくなく、むしろ図書室のようにあんまり居心地良さげだったから、つい、足を止めてしまった。
 それに、館の主人がマチルダの知るどの男よりも知的でハンサムだったから。
 この、絵本に登場する騎士と話がしてみたい。
 ほんの少しの欲が、そもそもの間違いだったのだ。
 まあ、掛けてくれ。なんて偉そうに促されるまま、今しがたまで男が寝そべっていた長椅子に腰を下ろした。
 そして男は、一人掛けの方にどかっと座り込んだ。
 マチルダは、数分前の自分の脳天に拳骨を振り下ろしたくて仕方ない。
「ローレンスの評判も見掛け倒しのようね」
 男の質問には答えず、マチルダは率直に述べた。
「何だと? 」
 ひょい、と男の細い眉が上がる。
「だってそうでしょ。個人の私的な事情をずけずけ聞くなんて」
 マチルダお得意の睨みを男に呉れてやる。
 大抵は、マチルダの睨みに怯んで口を噤むのだが。
「特殊な案件だからな。当然のことだ」
 さすが、一癖も二癖もある貴族を相手にしているだけある。男を臆させるどころか、興味深さに余計に火を点けてしまったらしい。漆黒の瞳に輝きが生まれた。
「ローレンスは主に男性が顧客だ。勿論、女性の相手も請け負っているが。そうある話じゃない」
「私が変わり者だと言いたいの? 」
「端的に言えば、そうだ」
 惑うことなく、男は頷く。
 カーッとマチルダの血圧が上昇した。
「し、失敬な! 」
 バン、とテーブルを平手で叩いて立ち上がった。
「話にならないわ! こんな侮辱をされて! 」
 

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