【完結】華麗なるマチルダの密約

氷 豹人

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火急の事情

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「で、先程の質問にはまだ答えていない。金で男を買う動機は? 」
 なかなかしつこい男だ。
 マチルダの眉が中央に寄る。
「その質問は必要ですか? 」
「おおありだ」
 彼は下手くそな舞台役者のような大袈裟な身振りで肩を竦めてみせた。いちいち癇に障る。
「隅々まで事情を把握した上で、君にピッタリの相手を見繕うからな」
 いい加減なことを尤もらしく言う男だ。
 彼の内心はマチルダに筒抜けだ。
 お堅い悪役令嬢が娼夫を欲している、その理由を単に知りたいだけのくせに。
 それはマチルダの捻くれた思考ではない。
 実質、彼の漆黒の瞳はさらに輝きを宿している。興味本位があからさまだ。
 マチルダは深呼吸し、イライラをどうにかこうにか抑え込むと、思い切ったように口を開いた。
「私の名誉のためです」
「と、言うと? 」
「私が望むのは、一夜限りの欲望を満たす相手ではありません」
 これだけは、どうしても言わねばならぬ。
 マチルダは前のめりになって、きっぱりと言い切った。
「何だと? 」
 男の表情は、マチルダの予想した通り。
 細い眉を吊り上げ、訝しげに首を傾げて。瞬き一つせず凝視するのさえ、マチルダが思い浮かべた、そのまんま。
「家族の誤解を解くために、恋人を演じてくれる方です」
 これが、マチルダが人目を忍んで娼館に足を踏み入れた理由だ。
「私が姉の婚約者を誘惑したという誤解を解くためです」
「……へえ」
 男の眼差しは、まるで新しい玩具を与えられた子供のように輝いている。
「話だけでは解決しなかったのか? 」
「そのように簡単に済んだなら、このような場所を訪れたりはしません」
「確かに」
 男はニタニタ笑いで顎を撫でながら頷いた。白くて綺麗な歯並びだ。


 派手な身なりとは裏腹に男性関係はからきしのマチルダとは違って、姉のイメルダは恋多き女性だ。男に見境がないと言っても良いくらいに。
 ちょっとしたことで惚れて、関係を結んだかと思えば「思っていた殿方とは違う」などとあっさり別れ、もう別の相手にのぼせ上がっている。
 毎度毎度、それの繰り返し。
 社交デビューデビュタント前の年端のいかぬ子供の時分から、二十三歳の現在に至るまで。
 年がら年中恋をしていると言っても、過言ではない。
 大人しい見た目からは考えられないくらい、奔放な部分がある。
 本人曰く「運命の相手に出会うためのプロセス」だとか。
 そんな、毎日毎日、明け暮れることなく夢見心地の姉に、ついに「運命の相手」とやらが現れた。
 その「運命の相手」は、石鹸会社の跡取り息子アンサー・トールボット。
 焦茶色の髪は天然パーマで、鼻にそばかすが少々散っている純朴そうな青年は、イメルダより五つ上の二十八歳。父の会社を継ぐため、どこにも属さず勉強中だとか。
 身長はマチルダより五センチ以上低いが、小柄なイメルダと並べば丁度良い。
 洒落たグレーのフロックコートに、赤いタイがよく似合って、年よりも遥かに幼く見える。
 ビスクドールを彷彿させる姉にピッタリの相手だ。
 出会いは先々月の、どこぞの伯爵が主催した夜会。
 相も変わらずその夜も姉の周りを常に羽蟻のように群がる男共。その羽蟻の中から姉自らが選別したらしい。
 貴族なら父親がこれといった相手を見繕うのが定石だが、姉は例外。父の威を借りずとも、充分イメルダの魅力が男らを呼び寄せる。
 気の強さから誰にも声を掛けられず、壁の花と化すマチルダとは大違い。
 貴族の次男三男といった若者から、妻に先立たれた爵位のある年配者、会社経営者、学者、研究者。世の中のあらゆる職種の男らがこれでもかとイメルダに群がる。
 まさに、甘い密を振り撒いて呼び寄せる花。
 イメルダには、男性を惹きつけてやまない魅力がある。
 母は違えど、同じ父の血を引く姉妹でありながら、意図せず鉄壁を作る自分とは真反対。
 そんな魅力溢れる姉を射止めたのが、アンサーだ。
 
 
「で、その姉の婚約者が、どのような誤解を与えたんだ? 」
 姉の婚約者について訥々と語るマチルダに、痺れを切らしたのか館の主人は気怠そうに先を促す。
 欠伸を噛み殺し、長い脚を持て余し気味に組み替えるその態度にムッとしつつ、マチルダはさらに話を進めた。










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