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不手際
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貴族のしきたりに倣って、アンサーはアニストン子爵へ、イメルダに求婚したい旨の手紙を送った。
平民と違って、貴族はしきたりにうるさい。
いきなり貴族の子女へ求婚するのは、この国では無礼にあたる。
手紙を送り承諾をもらえば、次は相手の父親を通して、意中の相手をデートに誘う。
それを何度か繰り返してから、食事に招かれ、本格的な婚姻話へと進んでいく。
爵位はないが、アンサーの家は財産持ちだ。トールボット石鹸会社といえば、今や国で一、二を争うほどの破竹の勢い。
そこに両家の思惑が透ける。
即ち、アニストン家は相手方がもたらす財産を、トールボット家は貴族と縁続きになる格式を。
この国では何ら不思議ではない。
むしろ、当然のこと。
婚姻話は、最早、当人だけの問題では済まないのだ。
発端は先週の食事会でのこと。
「マチルダ様。相談があるんです」
神妙な面持ちのアンサーは、玄関先で出迎えたマチルダに耳打ちした。
本来ならイメルダが未来の夫を出迎える手筈だが、化粧直しに時間をくい、妹が代理を務めるのがいつものお決まりだ。
その日、アンサーの様子はいつになく不自然極まりなかった。
出迎えたマチルダを見るなり表情を固くさせ、どことなく落ち着かない。所在なげにステッキの先でいじいじと床面を小突いた。
「イメルダ様のことで」
コツコツと大理石の床を叩くステッキ。これ以上、床を傷まみれにされては敵わない家令は、素早くアンサーからステッキを預かる。
すると今度は貧乏揺すり。
どうもアンサーの様子がおかしい。
マチルダは眉根を寄せた。
「お姉様のこと? 」
姉と何やら拗れているのだろうか。
偉ぶった貴族のドラ息子らと違って、アンサーは神経衰弱気味で、いつも何かにビクビクと怯えた素振りをしている。それが今夜は特に顕著だ。
「ええ。彼女と婚姻を結ぶ前に、どうしても確認したいことがあって」
慣例に則れば、今夜、彼は結婚を申し込む。
今更、何を確かめることがあるのだろうか。
しかも、婚約者にではなく、その妹に。
マチルダの目つきが鋭くなった。
「食事の前に少々時間がありますよね」
アンサーはモゾモゾと膝を擦り合わせながら窺う。
「ええ。お姉様の化粧直しは時間をくうから」
「そのとき、あなたの寝室に行っても良いかですか? 内密にしておきたい相談事が」
問題ごとなら、さっさと解決してもらわないと。
アンサーの、いちいちびくついた態度は、気のきついマチルダには我慢ならない。
とにかく、早く話をお仕舞いにしてしまいたかったのだ。
わざとらしくマチルダは深く息を吐き出すと、頷いた。
「わかりました」
アンサーの言うところの「確認したいこと」をてっとり早く終わらせることで頭がいっぱいで、肝心なことがすっかり思考から抜け落ちてしまっていた。
そのことが、この後、マチルダにとんでもない悪夢となって襲い掛かってくるとは、まだ知る由もない。
平民と違って、貴族はしきたりにうるさい。
いきなり貴族の子女へ求婚するのは、この国では無礼にあたる。
手紙を送り承諾をもらえば、次は相手の父親を通して、意中の相手をデートに誘う。
それを何度か繰り返してから、食事に招かれ、本格的な婚姻話へと進んでいく。
爵位はないが、アンサーの家は財産持ちだ。トールボット石鹸会社といえば、今や国で一、二を争うほどの破竹の勢い。
そこに両家の思惑が透ける。
即ち、アニストン家は相手方がもたらす財産を、トールボット家は貴族と縁続きになる格式を。
この国では何ら不思議ではない。
むしろ、当然のこと。
婚姻話は、最早、当人だけの問題では済まないのだ。
発端は先週の食事会でのこと。
「マチルダ様。相談があるんです」
神妙な面持ちのアンサーは、玄関先で出迎えたマチルダに耳打ちした。
本来ならイメルダが未来の夫を出迎える手筈だが、化粧直しに時間をくい、妹が代理を務めるのがいつものお決まりだ。
その日、アンサーの様子はいつになく不自然極まりなかった。
出迎えたマチルダを見るなり表情を固くさせ、どことなく落ち着かない。所在なげにステッキの先でいじいじと床面を小突いた。
「イメルダ様のことで」
コツコツと大理石の床を叩くステッキ。これ以上、床を傷まみれにされては敵わない家令は、素早くアンサーからステッキを預かる。
すると今度は貧乏揺すり。
どうもアンサーの様子がおかしい。
マチルダは眉根を寄せた。
「お姉様のこと? 」
姉と何やら拗れているのだろうか。
偉ぶった貴族のドラ息子らと違って、アンサーは神経衰弱気味で、いつも何かにビクビクと怯えた素振りをしている。それが今夜は特に顕著だ。
「ええ。彼女と婚姻を結ぶ前に、どうしても確認したいことがあって」
慣例に則れば、今夜、彼は結婚を申し込む。
今更、何を確かめることがあるのだろうか。
しかも、婚約者にではなく、その妹に。
マチルダの目つきが鋭くなった。
「食事の前に少々時間がありますよね」
アンサーはモゾモゾと膝を擦り合わせながら窺う。
「ええ。お姉様の化粧直しは時間をくうから」
「そのとき、あなたの寝室に行っても良いかですか? 内密にしておきたい相談事が」
問題ごとなら、さっさと解決してもらわないと。
アンサーの、いちいちびくついた態度は、気のきついマチルダには我慢ならない。
とにかく、早く話をお仕舞いにしてしまいたかったのだ。
わざとらしくマチルダは深く息を吐き出すと、頷いた。
「わかりました」
アンサーの言うところの「確認したいこと」をてっとり早く終わらせることで頭がいっぱいで、肝心なことがすっかり思考から抜け落ちてしまっていた。
そのことが、この後、マチルダにとんでもない悪夢となって襲い掛かってくるとは、まだ知る由もない。
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