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悪役令嬢の誘惑1
仮眠室は館の二階にある。
一階は広々した玄関ロビーと応接室。二階が執務室や書庫、そして仮眠室といった事務に関する部屋。五階建てのうち三階から上が娼婦らが寝泊まりする部屋だ。
貴族の屋敷へ女らを派遣しているから、第三者が二階以上に足を踏み入れることは稀だ。
二階の仮眠室は館の主人専用となっているが、月に何度かある会合が長引いたり、帳簿つけに時間をくって帰宅し損ねたりする以外、滅多に使用されない。
先日、ぬいぐるみ男が帳簿つけが終わらず寝泊まりしたと言っていたから、確かシーツは替えたてのはず。
そんなことを思い出しながら、ロイはそっとマチルダをベッドに横たえた。
仮眠室は階下のマホガニー製品を多様したネオクラシックスタイルとはまた違い、ウォルナットを使ったあまり凝ったデザインでない、必要最低限の家具が揃う。
二人並んで寝るとかなり窮屈なシングルベッドが中央に配置され、壁にはコートが数着掛けられる程度の小さなクローゼットがあるのみ。
装飾品なんて何もない。
確実に仮眠するためだけに用意された部屋だ。
「……ん? 」
いつになく硬いマットレスに違和感を抱いて、マチルダはうっすら目を開けた。
ここがどこであるのか。頭にもやが張り、うまく機能しない。
だが、どこからともなく聞こえてくる何者かの声が、一つの指令を出した。
指令は絶対だ。
逆らうなど出来ない。
絶対に従わなければならない。
彼女はその声に支配された。
「マチルダ。大丈夫か」
ぼんやりした視界に入ってきたのは、不安そうに覗き込んできた漆黒の双眸。
その眼差しの主と名前を脳内で一致させたマチルダは、頭の中で繰り返す命令にすぐさま従う。
ロイの首に手を回したかと思えば、おもむろに引き寄せた。
「な、何だ? 」
不意打ちに抵抗が遅れ、彼の上半身はベッドへと傾いた。
すかさずマチルダは、喉仏へ熱い息を吹きかける。
「ま、待て。冷静になれ、マチルダ」
熱い息が喉から顎へと伝っていき、慌ててロイが引き止めた。
「ロイはお嫌? 」
不服そうに目を伏せるマチルダ。
「いや。私にとっては願ったり叶ったりだがな。しかし」
「それなら問題ないでしょ」
言うなり、顎に口付ける。まるで小鳥が啄むような軽さで。
「急にどうしたんだ? 」
幾ら媚薬を飲まされたといえど、これは、あまりの変わりようだ。
マチルダは、媚びるように目線を上に向けた。
「誰かが頭の中で命令しているの」
「は? 」
「ロイと今すぐセックスしろって」
「レディが軽々しくそんな台詞を吐くんじゃない」
杓子定規の品行方正なマチルダからは、絶対に飛び出さないであろう台詞に、ロイは嫌そうに顔をしかめた。
「無理矢理、私にキスをしたくせに」
今更、とマチルダは拗ねて顔を背ける。
ロイは忌々しいと言わんばかりに舌を打った。
「あ、あれは、つい衝動的に…………忘れろ」
切れ長の琥珀色の瞳に食い入るように見つめられ、ロイは言葉に窮する。
「嫌よ。またキスして欲しいわ」
「キスが好きなのか? 」
「ええ」
強烈な媚薬の効果は、マチルダから「体裁」「恥じらい」「品性」といった、彼女が着込んでいた鎧を取っ払った。
口中で何事か罵り、ロイの目が荒々しく尖った。
「そんなに好きなら、何度でもくれてやる。この先どうなっても知らないからな」
不気味な警告を発する。
しかし、マチルダの耳には届いていない。
唇に重なった柔らかさは、彼女の根底が求めていたもの。
今までと違って強引に押し入ってきた彼の舌で、縦横無尽に弄られる。粘膜を這い、歯の裏や奥歯まで撫で回され、舌の付け根にまで絡まされる。
息継ぎのタイミングを失ったマチルダは、あまりの苦しさに喉をくぐもらせた。
だが、許されない。
彼の誘導に従うしかない。
酸素が欠乏して、くらくらする。
飲み損ねた唾液が口端から溢れたが、それすら彼は舌先で捉え、マチルダの全てを取り込もうとする。
マチルダの魂までもを吸い上げようとしているかのように。
マチルダは脳裏に、獲物の肉を食い破る荒々しい獣を思い浮かべた。
一階は広々した玄関ロビーと応接室。二階が執務室や書庫、そして仮眠室といった事務に関する部屋。五階建てのうち三階から上が娼婦らが寝泊まりする部屋だ。
貴族の屋敷へ女らを派遣しているから、第三者が二階以上に足を踏み入れることは稀だ。
二階の仮眠室は館の主人専用となっているが、月に何度かある会合が長引いたり、帳簿つけに時間をくって帰宅し損ねたりする以外、滅多に使用されない。
先日、ぬいぐるみ男が帳簿つけが終わらず寝泊まりしたと言っていたから、確かシーツは替えたてのはず。
そんなことを思い出しながら、ロイはそっとマチルダをベッドに横たえた。
仮眠室は階下のマホガニー製品を多様したネオクラシックスタイルとはまた違い、ウォルナットを使ったあまり凝ったデザインでない、必要最低限の家具が揃う。
二人並んで寝るとかなり窮屈なシングルベッドが中央に配置され、壁にはコートが数着掛けられる程度の小さなクローゼットがあるのみ。
装飾品なんて何もない。
確実に仮眠するためだけに用意された部屋だ。
「……ん? 」
いつになく硬いマットレスに違和感を抱いて、マチルダはうっすら目を開けた。
ここがどこであるのか。頭にもやが張り、うまく機能しない。
だが、どこからともなく聞こえてくる何者かの声が、一つの指令を出した。
指令は絶対だ。
逆らうなど出来ない。
絶対に従わなければならない。
彼女はその声に支配された。
「マチルダ。大丈夫か」
ぼんやりした視界に入ってきたのは、不安そうに覗き込んできた漆黒の双眸。
その眼差しの主と名前を脳内で一致させたマチルダは、頭の中で繰り返す命令にすぐさま従う。
ロイの首に手を回したかと思えば、おもむろに引き寄せた。
「な、何だ? 」
不意打ちに抵抗が遅れ、彼の上半身はベッドへと傾いた。
すかさずマチルダは、喉仏へ熱い息を吹きかける。
「ま、待て。冷静になれ、マチルダ」
熱い息が喉から顎へと伝っていき、慌ててロイが引き止めた。
「ロイはお嫌? 」
不服そうに目を伏せるマチルダ。
「いや。私にとっては願ったり叶ったりだがな。しかし」
「それなら問題ないでしょ」
言うなり、顎に口付ける。まるで小鳥が啄むような軽さで。
「急にどうしたんだ? 」
幾ら媚薬を飲まされたといえど、これは、あまりの変わりようだ。
マチルダは、媚びるように目線を上に向けた。
「誰かが頭の中で命令しているの」
「は? 」
「ロイと今すぐセックスしろって」
「レディが軽々しくそんな台詞を吐くんじゃない」
杓子定規の品行方正なマチルダからは、絶対に飛び出さないであろう台詞に、ロイは嫌そうに顔をしかめた。
「無理矢理、私にキスをしたくせに」
今更、とマチルダは拗ねて顔を背ける。
ロイは忌々しいと言わんばかりに舌を打った。
「あ、あれは、つい衝動的に…………忘れろ」
切れ長の琥珀色の瞳に食い入るように見つめられ、ロイは言葉に窮する。
「嫌よ。またキスして欲しいわ」
「キスが好きなのか? 」
「ええ」
強烈な媚薬の効果は、マチルダから「体裁」「恥じらい」「品性」といった、彼女が着込んでいた鎧を取っ払った。
口中で何事か罵り、ロイの目が荒々しく尖った。
「そんなに好きなら、何度でもくれてやる。この先どうなっても知らないからな」
不気味な警告を発する。
しかし、マチルダの耳には届いていない。
唇に重なった柔らかさは、彼女の根底が求めていたもの。
今までと違って強引に押し入ってきた彼の舌で、縦横無尽に弄られる。粘膜を這い、歯の裏や奥歯まで撫で回され、舌の付け根にまで絡まされる。
息継ぎのタイミングを失ったマチルダは、あまりの苦しさに喉をくぐもらせた。
だが、許されない。
彼の誘導に従うしかない。
酸素が欠乏して、くらくらする。
飲み損ねた唾液が口端から溢れたが、それすら彼は舌先で捉え、マチルダの全てを取り込もうとする。
マチルダの魂までもを吸い上げようとしているかのように。
マチルダは脳裏に、獲物の肉を食い破る荒々しい獣を思い浮かべた。
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