【完結】華麗なるマチルダの密約

氷 豹人

文字の大きさ
29 / 114

悪役令嬢の誘惑1 

 仮眠室は館の二階にある。
 一階は広々した玄関ロビーと応接室。二階が執務室や書庫、そして仮眠室といった事務に関する部屋。五階建てのうち三階から上が娼婦らが寝泊まりする部屋だ。
 貴族の屋敷へ女らを派遣しているから、第三者が二階以上に足を踏み入れることは稀だ。
 二階の仮眠室は館の主人専用となっているが、月に何度かある会合が長引いたり、帳簿つけに時間をくって帰宅し損ねたりする以外、滅多に使用されない。
 先日、ぬいぐるみ男が帳簿つけが終わらず寝泊まりしたと言っていたから、確かシーツは替えたてのはず。
 そんなことを思い出しながら、ロイはそっとマチルダをベッドに横たえた。
 仮眠室は階下のマホガニー製品を多様したネオクラシックスタイルとはまた違い、ウォルナットを使ったあまり凝ったデザインでない、必要最低限の家具が揃う。
 二人並んで寝るとかなり窮屈なシングルベッドが中央に配置され、壁にはコートが数着掛けられる程度の小さなクローゼットがあるのみ。
 装飾品なんて何もない。
 確実に仮眠するためだけに用意された部屋だ。


「……ん? 」
 いつになく硬いマットレスに違和感を抱いて、マチルダはうっすら目を開けた。
 ここがどこであるのか。頭にもやが張り、うまく機能しない。
 だが、どこからともなく聞こえてくる何者かの声が、一つの指令を出した。
 指令は絶対だ。
 逆らうなど出来ない。
 絶対に従わなければならない。
 彼女はその声に支配された。
「マチルダ。大丈夫か」
 ぼんやりした視界に入ってきたのは、不安そうに覗き込んできた漆黒の双眸。
 その眼差しの主と名前を脳内で一致させたマチルダは、頭の中で繰り返す命令にすぐさま従う。
 ロイの首に手を回したかと思えば、おもむろに引き寄せた。
「な、何だ? 」
 不意打ちに抵抗が遅れ、彼の上半身はベッドへと傾いた。
 すかさずマチルダは、喉仏へ熱い息を吹きかける。
「ま、待て。冷静になれ、マチルダ」
 熱い息が喉から顎へと伝っていき、慌ててロイが引き止めた。
「ロイはお嫌? 」
 不服そうに目を伏せるマチルダ。
「いや。私にとっては願ったり叶ったりだがな。しかし」
「それなら問題ないでしょ」
 言うなり、顎に口付ける。まるで小鳥が啄むような軽さで。
「急にどうしたんだ? 」
 幾ら媚薬を飲まされたといえど、これは、あまりの変わりようだ。
 マチルダは、媚びるように目線を上に向けた。
「誰かが頭の中で命令しているの」
「は? 」
「ロイと今すぐセックスしろって」
「レディが軽々しくそんな台詞を吐くんじゃない」
 杓子定規の品行方正なマチルダからは、絶対に飛び出さないであろう台詞に、ロイは嫌そうに顔をしかめた。
「無理矢理、私にキスをしたくせに」
 今更、とマチルダは拗ねて顔を背ける。
 ロイは忌々しいと言わんばかりに舌を打った。
「あ、あれは、つい衝動的に…………忘れろ」
 切れ長の琥珀色の瞳に食い入るように見つめられ、ロイは言葉に窮する。
「嫌よ。またキスして欲しいわ」
「キスが好きなのか? 」
「ええ」
 強烈な媚薬の効果は、マチルダから「体裁」「恥じらい」「品性」といった、彼女が着込んでいた鎧を取っ払った。
 口中で何事か罵り、ロイの目が荒々しく尖った。
「そんなに好きなら、何度でもくれてやる。この先どうなっても知らないからな」
 不気味な警告を発する。
 しかし、マチルダの耳には届いていない。
 唇に重なった柔らかさは、彼女の根底が求めていたもの。
 今までと違って強引に押し入ってきた彼の舌で、縦横無尽に弄られる。粘膜を這い、歯の裏や奥歯まで撫で回され、舌の付け根にまで絡まされる。
 息継ぎのタイミングを失ったマチルダは、あまりの苦しさに喉をくぐもらせた。
 だが、許されない。
 彼の誘導に従うしかない。
 酸素が欠乏して、くらくらする。
 飲み損ねた唾液が口端から溢れたが、それすら彼は舌先で捉え、マチルダの全てを取り込もうとする。
 マチルダの魂までもを吸い上げようとしているかのように。
 マチルダは脳裏に、獲物の肉を食い破る荒々しい獣を思い浮かべた。
 




感想 5

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜

abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。 シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。 元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。 現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。 "容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。 皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。 そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時…… 「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」 突然思い出した自らの未来の展開。 このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。 「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」 全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!? 「リヒト、婚約を解消しましょう。」         「姉様は僕から逃げられない。」 (お願いだから皆もう放っておいて!)