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一族の奇跡
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ロイは不機嫌を隠しもせず、ギロリと鋭い視線でマチルダを雁字搦めにする。
マチルダはここが貴族領の穏やかな湖畔ではなく、猛禽類の徘徊するサバンナではなかろうかと錯覚した。
彼の双眸はそれほど獰猛だ。
「つまらないことで悩んでいるんだな」
ガラガラした擦れた声は、まさしく獣を想起させる。
「君は『ブライス一族の奇跡』なのに」
ロイはマチルダに奇妙な渾名をつけた。
「え? 」
聞いたこともないその渾名に、マチルダは不審極まりなく細眉をこれでもかと中央に寄せる。
「親類縁者、誰もが君にひれ伏すさ」
仰々しくロイはマチルダの手を取ると、その甲に触れるか触れないかの際で軽く息を吹いた。
手の甲は尊敬の証。
彼は彼女にかしづく。
「ど、どうして? 」
何故、一介の子爵令嬢に、位の高い人々がひれ伏すのか。その意図が読めない。
「この私を難なく受け入れる女性だからだ」
「何だか卑猥に聞こえるわ」
「そう聞こえたなら正しい」
あっけらかんとロイは言う。
猛禽類の鋭さは消えて、彼の眼差しからは欲に塗れた妖しげな匂いがぷんぷんしている。
「しかも、この私を子宮内に直に入り込ませる名器」
この男は会話の中で下品な台詞を口にしなければならない制約でも課しているのだろうか。
マチルダはこめかみを押さえた。
「ほ、他の女性は違うの? 」
「ああ。君が初めてだ」
「よくも妻の前で躊躇いもなく過去の女性との情事を口に出来るわね」
「褒め言葉なのに」
「うれしくない称号だわ」
ブライス一族の奇跡などと物々しい渾名の、その理由に、マチルダはますますこめかみを痛める。
「君のような名器は、曽祖母様以来。実に百年ぶりだ」
どうも揶揄ではない。目が本気だ。ロイの口調から、曽祖母様をかなり尊敬しているのは明らか。
「そ、そんなことで身分差は相殺されるの? 」
「勿論。我が一族は子孫繁栄に何より重きを置く」
ことあるごとに「子孫繁栄」を口に出してきたロイ。一族の信条のようだ。長い歴史により積み重ねられてきたその教えを、ロイは忠実に守っている。
「ちなみに、曽祖母様は元はメイドだ。彼女は子供を十七人産み、九十八歳で大往生するまで、一族の長として君臨した」
曽祖母様は彼にとって絶対的な存在なのだろう。彼だけではない。一族全ての。
今でこそ身分差に関する考えは変わりつつあるが、百年前といえばかなり締め付けが厳しい時代だった。同じ貴族でさえ、上下関係を重んじる時代。そのような時代に、メイドを娶るなんて。とてもじゃないが、考えられない。
「私も六十手前で子供を作った曽祖父にあやかりたいものだ」
ロイの喉がくっと鳴った。
「バカ! 」
マチルダは顔を真っ赤にしていきりたち、握り込んだ拳にこれでもかと青筋を立てる。だん、と靴先を踏み出した。
「これから親類の集まりでどんな顔をしろと言うの! 恥ずかしくて仕方ないわ! 」
「堂々としていたら良いんだ」
「そ、そもそも、どうしてご親戚が私のことを……その……め、名器……だと知っているのよ! 」
「言い淀む姿は可愛いな」
「うるさい! 」
「あれは隣の部屋から親戚の重鎮一同、揃って観察していて」
骨の軋む音が夜空をつんざく。
マチルダは迷いなくロイの鳩尾に拳を打ち込んだ。
マチルダはここが貴族領の穏やかな湖畔ではなく、猛禽類の徘徊するサバンナではなかろうかと錯覚した。
彼の双眸はそれほど獰猛だ。
「つまらないことで悩んでいるんだな」
ガラガラした擦れた声は、まさしく獣を想起させる。
「君は『ブライス一族の奇跡』なのに」
ロイはマチルダに奇妙な渾名をつけた。
「え? 」
聞いたこともないその渾名に、マチルダは不審極まりなく細眉をこれでもかと中央に寄せる。
「親類縁者、誰もが君にひれ伏すさ」
仰々しくロイはマチルダの手を取ると、その甲に触れるか触れないかの際で軽く息を吹いた。
手の甲は尊敬の証。
彼は彼女にかしづく。
「ど、どうして? 」
何故、一介の子爵令嬢に、位の高い人々がひれ伏すのか。その意図が読めない。
「この私を難なく受け入れる女性だからだ」
「何だか卑猥に聞こえるわ」
「そう聞こえたなら正しい」
あっけらかんとロイは言う。
猛禽類の鋭さは消えて、彼の眼差しからは欲に塗れた妖しげな匂いがぷんぷんしている。
「しかも、この私を子宮内に直に入り込ませる名器」
この男は会話の中で下品な台詞を口にしなければならない制約でも課しているのだろうか。
マチルダはこめかみを押さえた。
「ほ、他の女性は違うの? 」
「ああ。君が初めてだ」
「よくも妻の前で躊躇いもなく過去の女性との情事を口に出来るわね」
「褒め言葉なのに」
「うれしくない称号だわ」
ブライス一族の奇跡などと物々しい渾名の、その理由に、マチルダはますますこめかみを痛める。
「君のような名器は、曽祖母様以来。実に百年ぶりだ」
どうも揶揄ではない。目が本気だ。ロイの口調から、曽祖母様をかなり尊敬しているのは明らか。
「そ、そんなことで身分差は相殺されるの? 」
「勿論。我が一族は子孫繁栄に何より重きを置く」
ことあるごとに「子孫繁栄」を口に出してきたロイ。一族の信条のようだ。長い歴史により積み重ねられてきたその教えを、ロイは忠実に守っている。
「ちなみに、曽祖母様は元はメイドだ。彼女は子供を十七人産み、九十八歳で大往生するまで、一族の長として君臨した」
曽祖母様は彼にとって絶対的な存在なのだろう。彼だけではない。一族全ての。
今でこそ身分差に関する考えは変わりつつあるが、百年前といえばかなり締め付けが厳しい時代だった。同じ貴族でさえ、上下関係を重んじる時代。そのような時代に、メイドを娶るなんて。とてもじゃないが、考えられない。
「私も六十手前で子供を作った曽祖父にあやかりたいものだ」
ロイの喉がくっと鳴った。
「バカ! 」
マチルダは顔を真っ赤にしていきりたち、握り込んだ拳にこれでもかと青筋を立てる。だん、と靴先を踏み出した。
「これから親類の集まりでどんな顔をしろと言うの! 恥ずかしくて仕方ないわ! 」
「堂々としていたら良いんだ」
「そ、そもそも、どうしてご親戚が私のことを……その……め、名器……だと知っているのよ! 」
「言い淀む姿は可愛いな」
「うるさい! 」
「あれは隣の部屋から親戚の重鎮一同、揃って観察していて」
骨の軋む音が夜空をつんざく。
マチルダは迷いなくロイの鳩尾に拳を打ち込んだ。
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