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御曹司の末路
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不意にアンサーの動きが止む。
急に大人しくなったアンサーは、不自然なくらいに目を泳がせた。
「そ、それは……」
「答えろ」
猛禽類の睨みに、アンサーは身を竦ませる。
何とか適当に繕おうと頭を捻っていたようだが、なかなか思考が纏まらず、諦めたように柵から離れて両手を広く開けた。
「イメルダが言ったんだよ。ちょっと混乱するけど、大事にはならない。多少、伯爵が困るだけだと」
「苛性ソーダを父親の会社から盗んだのだな? 」
「ち、ちょっと借りただけだよ」
「お前は苛性ソーダが何か知っているのか? 」
「な、何だよ。それ? 」
薬品の用途すら、危険性すらわからずに、アンサーは女に命じられるまま行動したのか。
「お前は本当に工場の跡取りか? 」
跡取りとしての自覚があるなら、絶対に安易に持ち出したりはしない。
ましてや、人の口に入るものに混入するなど。
そもそも、取り扱いを間違えれば、下手をすれば自身に被害が及んでいた可能性もある。
「そ、それより! 早くここから出せ! 」
ロイからの詰る視線に耐え切れず、アンサーは唾を飛ばしながら訴えた。
「話が違う! イメルダ! イメルダが駄目なら父さんを! 父さんを呼んでくれ! 」
婚約者が宛てにならないとわかるや、今度は父を呼び出させる。
「弁護士を呼んで、今すぐここから出せ! 」
アンサーはそうやって、父の威厳の下で好き放題していた。
姉の婚約者は何と愚かな男だろうかと、マチルダは最早、呆れるしかない。
それまでは世間知らずの純朴な青年だとの印象を持つだけだったが。
世間知らずとは、経験の浅さ。
自ら学ぼうともせず、いつだって誰かを頼ることでしか先に進めない。善悪の良し悪しも、判断出来ない。
アンサーの責任だけではない。
彼と言う人物を作り上げてしまった、周囲の関わりも一旦を負っている。
「無駄だ」
ロイは冷淡に吐き捨てた。
「お前は父に見捨てられたぞ」
ふと、アンサーの大袈裟な身振りが止んだ。
「何だって! 」
たちまち柵に張り付き、眼をめいいっぱい広げる。
「父親からの伝言だ。今後一切、トールボットを名乗ることは許さないと」
「な、何だよ! それ! 」
「跡取りは、秘書を養子にさせるそうだ」
「ぼ、僕はどうなるんだよ! 」
「さあな」
ロイは静かに首を横に振った。
「そんな……」
途端に全身の力が抜けたアンサーは、がくりと膝をつくや、四つ這いになる。
アンサーという男を作り出した張本人は、彼の父親だ。
自分の目の届く範囲で好き勝手させておきながら、手に負えないとわかると早々に切り捨てる。
自業自得ではあるものの、マチルダはアンサーに同情すらする。
そんなアンサーに、イメルダの姿を重ね合わせてしまうマチルダ。
姉イメルダの性格も、周囲が必要以上に顔色を伺った結果だ。
「せいぜい、獄中で後悔していろ」
すでに気力を失くしたアンサーには、ロイの捨て台詞など届いていない。
己の世界に閉じこもり、四つ這いのままぶつぶつと何かを繰り返している。完全に精神の糸が切れてしまっていた。
急に大人しくなったアンサーは、不自然なくらいに目を泳がせた。
「そ、それは……」
「答えろ」
猛禽類の睨みに、アンサーは身を竦ませる。
何とか適当に繕おうと頭を捻っていたようだが、なかなか思考が纏まらず、諦めたように柵から離れて両手を広く開けた。
「イメルダが言ったんだよ。ちょっと混乱するけど、大事にはならない。多少、伯爵が困るだけだと」
「苛性ソーダを父親の会社から盗んだのだな? 」
「ち、ちょっと借りただけだよ」
「お前は苛性ソーダが何か知っているのか? 」
「な、何だよ。それ? 」
薬品の用途すら、危険性すらわからずに、アンサーは女に命じられるまま行動したのか。
「お前は本当に工場の跡取りか? 」
跡取りとしての自覚があるなら、絶対に安易に持ち出したりはしない。
ましてや、人の口に入るものに混入するなど。
そもそも、取り扱いを間違えれば、下手をすれば自身に被害が及んでいた可能性もある。
「そ、それより! 早くここから出せ! 」
ロイからの詰る視線に耐え切れず、アンサーは唾を飛ばしながら訴えた。
「話が違う! イメルダ! イメルダが駄目なら父さんを! 父さんを呼んでくれ! 」
婚約者が宛てにならないとわかるや、今度は父を呼び出させる。
「弁護士を呼んで、今すぐここから出せ! 」
アンサーはそうやって、父の威厳の下で好き放題していた。
姉の婚約者は何と愚かな男だろうかと、マチルダは最早、呆れるしかない。
それまでは世間知らずの純朴な青年だとの印象を持つだけだったが。
世間知らずとは、経験の浅さ。
自ら学ぼうともせず、いつだって誰かを頼ることでしか先に進めない。善悪の良し悪しも、判断出来ない。
アンサーの責任だけではない。
彼と言う人物を作り上げてしまった、周囲の関わりも一旦を負っている。
「無駄だ」
ロイは冷淡に吐き捨てた。
「お前は父に見捨てられたぞ」
ふと、アンサーの大袈裟な身振りが止んだ。
「何だって! 」
たちまち柵に張り付き、眼をめいいっぱい広げる。
「父親からの伝言だ。今後一切、トールボットを名乗ることは許さないと」
「な、何だよ! それ! 」
「跡取りは、秘書を養子にさせるそうだ」
「ぼ、僕はどうなるんだよ! 」
「さあな」
ロイは静かに首を横に振った。
「そんな……」
途端に全身の力が抜けたアンサーは、がくりと膝をつくや、四つ這いになる。
アンサーという男を作り出した張本人は、彼の父親だ。
自分の目の届く範囲で好き勝手させておきながら、手に負えないとわかると早々に切り捨てる。
自業自得ではあるものの、マチルダはアンサーに同情すらする。
そんなアンサーに、イメルダの姿を重ね合わせてしまうマチルダ。
姉イメルダの性格も、周囲が必要以上に顔色を伺った結果だ。
「せいぜい、獄中で後悔していろ」
すでに気力を失くしたアンサーには、ロイの捨て台詞など届いていない。
己の世界に閉じこもり、四つ這いのままぶつぶつと何かを繰り返している。完全に精神の糸が切れてしまっていた。
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