【完結】華麗なるマチルダの密約

氷 豹人

文字の大きさ
81 / 114

籠の鳥1※

しおりを挟む
「まるで籠の鳥ね」 
 マチルダが零した声は、ロイの唇に拾われていく。
 ロイはマチルダのドレスの背中に並ぶ留め金を手際良く外していく。やがて、緩んだ布地がするっと滑り落ちた。
 彼女の黄金色の髪が腰元で波打つ。
 シュミーズ、コルセット、それからズロースと、幾層も包んでいたマチルダの鎧が取り払われていく。
 ロイはマチルダのうなじを軽く吸いながら、目だけ窓の方へと向けた。
「イメルダと共に逃げた男は警官だ。銃を携帯している」
 アニストン邸の周囲を、物々しく警官が囲っている。
 正午を過ぎたあたりに、警察署からお触れが出た。
 凶悪犯が近辺をうろついている可能性が高い。
 たちまち一帯に包囲網が張られ、付近の住人は一歩も外に出ないように、また、出入りの業者も近づくことが禁止された。
 隣家の主人は、警告が出されてから二階の窓に張り付きっぱなしだ。
「私が狙われているのね」
「万が一だ」
 ロイは素早い手つきでマチルダの靴を片方づつ脱がせると、続けて靴下と靴下留めも剥ぎ取り、絨毯に放り投げる。
 だんだん動作に余裕がなくなっていっている。
「何だか頭がおかしくなりそうだ」
「何故? 」
「まるで御伽話に紛れ込んだような」
 ロイはニヤニヤしながら、彼が初めて目にするマチルダの寝室への感想を述べた。
「悪かったわね。少女趣味で。不釣り合いと言いたいのでしょ」
 ピンクを基調とした部屋には、チッペンデールの家具が設えられている。
 天蓋ベッドに横たわりながら、マチルダは頬を膨らませ、ぷいとそっぽ向いた。
「いや。可愛らしい奥さんだと、褒めているんだ」
「嘘ばっかり」
 マチルダの派手派手しさから、異国情緒溢れるシノワズリなどが好みだと思われがちだが。
 姉とは真逆だ。
 姉が好むのは、シンプルなシノワズリといった、簡素なスタイル。純白のドレスも、マチルダのような派手な装飾などない。彼女こそ、大振りなリボンや華美なレースといった、愛らしいスタイルが似合うのに。
「何故、お姉様はそれほど私を目の敵にするのかしら? 」
 マチルダが持ち得ないものを手にしているイメルダ。
「確かに、ご病気されていたお姉様の実のお母様から、お父様を横取りした女とその娘よ。それでも……」
 マチルダを目の敵にするほどだろうか。実際に姉は、母親を眼中にも入れていない。
「君が魅力的過ぎるからだ」
 ロイは断言する。
「君を一目見たら、どんな男でも狂わされる」
「そんなこと、あるわけないじゃない」
「君は何もわかっていないな」
 いつの間にかフロックコートを脱ぎ、シャツのボタンを全て外していたロイは、荒々しい動作で脱ぎ捨てる。
 たちまち露わになる筋肉質な胸板。割れた腹筋。
 マチルダの喉が上下する。
「どのような境遇でも凛と前を向く力強さ。壁の花だろうと、誰しもが目を奪われる絢爛さ。艶めかしい美貌とその肢体」
「買い被り過ぎだわ」
「いや。君にしかない魅力だ」
 ロイが大真面目に答えるから、マチルダはつい笑ってしまった。
「本気で言っているんだ。君は私の好みの原点そのままだ。まさしく、理想が形を成したといえる」
「ロイったら」
 マチルダは覆い被さってきたロイの首筋に手を回すと、自ら引き寄せて口づけをねだる。
 ほんの数ヶ月前まで、キスをねだることはおろか、指先が触れ合うことさえ、いちいち体をびくつかせていたというのに。
 ロイは満足そうに目を細めると、彼女の要求に応える。
 薄く色づいたマチルダの唇を舌先でロイが開ければ、待ちかねたようにマチルダは侵入してきたものに己の舌を絡める。舌の根本を丹念に這って、呼吸ごと吸えば、ロイが喉奥で声をくぐもらせた。
 マチルダは、ロイのキスをそっくりそのまま真似ているに過ぎない。
 自分が仕掛けた罠に自ら嵌まり込んだロイは、マチルダに翻弄されるまま、彼女の舌の動きに乗った。
 ひとしきりキスを繰り返した後に、どちらからともなく名残惜しげに唇を離す。
 ロイは彼女を潰さないよう気をつけながら覆い被さると、その白く透き通る首筋に顔を埋めた。
「君の姉上は、自分がどうあがいても手に入らないものに、妬ましさから憎悪へと転換させていったのだろうな」
「お姉様の方が、何もかも持っているわ。可愛らしい容貌も、繊細な体つきも、誰もが手を差し伸べたくなる儚さも。社交的な性格も」
「互いにないものねだりか」
 マチルダの耳朶を甘噛みする。
 そんなわけないじゃない。マチルダの反論は、しかし喉から先へは出てこなかった。
 なぜなら、ロイの淫猥な手が彼女の太腿を弄り始め、喘ぎ声に取って変わらせたから。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...